車の最新技術
更新日:2021.11.26 / 掲載日:2021.08.06

ホンダ三部社長に聞くホンダのこれから【石井昌道の自動車テクノロジー最前線 第17回】

文●石井昌道 写真●ホンダ

 2016年に発売された2代目NSXが2022年中で生産終了するというニュースを聞いて「またか」と思った人は少なくないだろう。

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ユニークな商品や新技術を生み出す力がある一方で、全体の最適化に疑問がある

 そもそもホンダのスポーツカーおよびスポーツモデルは長続きしない。直近では2015年発売のS660が2022年3月での生産終了が発表。S2000は1999年から2009年まで。シビック・タイプRは続いているほうだが、2012年から2015年までは途切れ、また現行モデルもこの7月に生産終了した。来年には新型シビックをベースにしたタイプRが登場するはずだが、NSXはハイパフォーマンスバージョンのタイプSの日本割り当ては30台のみで、S660はすでに完売。先代フィットにはあったRSは現行モデルでは消滅し、いま現在、新車で買えるホンダのスポーツカー、スポーツモデルは事実上ゼロということになる(かろうじて軽自動車のN-ONEにRSはあるが)。

 もともとホンダは、技術へのこだわりが強く、進取の気性に富んだメーカーだ。それが独自のユニークな商品を生み出し、日本メーカーのなかでは明るくて小洒落た雰囲気を創り上げてきたように思う。F1をはじめとするモータースポーツ、スポーツカーやスポーツモデルに対しての情熱もほとばしるほどで、一度取り組みを始めれば、時には「やりすぎでは?」と思うほどに突き詰める。その、極端なまでに刺激的な姿勢にファンが魅了されてきたのも事実だが、何ともバランスがとれていないということも引き起こすのだった。

 2012年から2015年にかけてはスポーツカー・スポーツモデルがゼロに近い状態だったが、そこからS660、NSX、シビック・タイプRの3車種を発売してファンを安心させた。けれども、NSXは3モーターのハイブリッド・スーパースポーツということで新しさがあったものの高価で手が届きづらく、シビック・タイプRも旧来のイメージからするとパフォーマンスと価格が上に行きすぎた。何しろ純正の20インチ・タイヤは1本あたり10万円超なので、オーナーになってもおいそれとサーキット走行できないというのがもどかしい。S660は比較的に身近で面白いモデルだが、実用性はほとんどないのであまり人気が出なかった(生産終了を聞いて注文が殺到したが)。

 この3車、それぞれは称賛されるべきモデルなのだが、ちょうどいいのがないのだ。そこはフィットRSが受け持つ領域だったはずだが、スズキ・スイフトスポーツやトヨタ・ヴィッツ(いまではヤリス)のほうが人気は高く、純粋なスポーツカーというよりもグラスルーツ(みんなのもの)としての存在感が高い。少し前にはCR-Zが、ハイブリッドだけれど運転が楽しく、デザインも洒落てる和製ミニのような存在を目指したが、これも上手くいかなかった。

 どのモデルも、技術的な興味深さやユニークさなどがあり、1台1台は悪くないのに、全体として上手くいかない。ホンダはスポーツカーに限らず、1台のモデルに対してチーフエンジニアをトップとするチームごとに、独自に開発していくスタイル。だから他メーカーでは思いもよらないユニークなモデルが出てきたりして面白いのだが、四輪事業の利益率が2%を切る状態になってしまったということは、もう少し統一した見解を持ちつつ全体最適を図る必要があるだろう。

 これは余談になるが、2010年に2代目フィットがハイブリッド追加を含むビッグマイナーチェンジを行ったときの記者会見で「エンジン車にアイドリングストップを採用しないのは何故ですか?」と質問したことがある。その頃はコンパクトカーでも半ば常識化されてきていたので、燃費にこだわるフィットが採用しないのは不思議だなと思ったからだ。すると「小排気量のエンジンでアイドリングストップを採用しても燃費の取り分はわずか。それでバッテリーやスターターなどによるコストアップはお客様のためにならない」という主旨の、毅然とした答えが返ってきた。それは確かに一理あり、メーカーによって考え方は違うのだと納得させられたのだが、翌2011年に発売された軽自動車のN-BOXにアイドリングストップが付いていたことに、椅子から転げ落ちるほどに驚かされた。メーカー統一の考え方はなく、モデルごとに違うのがホンダなのだと再認識することになった。

 その他にも、いち早く新技術を投入したモデルを世に出しながら、継続することなく葬り去られることも少なくない。初代NSXのアルミボディ、後輪操舵システムの4WS、可変ステアリングギアレシオのVGSなどが代表例で、最近になって欧州車がこぞって使い始めた技術を、ホンダは遙か昔に実用化していながら、いまは使っていない。また、例えばトランスミッションなどは種類が豊富すぎる。MTにCVT、2ペダルの有段ギア(AT、DCT)では7速、8速、9速、10速がある。それを開発して実用化する技術力にはあっぱれだが、販売台数に対して過剰なのは明らかで、経営効率的にはよろしくないだろう。あらゆる面で、全体最適を図る必要があるのだ。

ホンダ新社長三部敏宏氏にたずねるホンダのこれから

 そこで期待がかかるのが、2021年4月に社長に就任した三部敏宏氏だ。就任記者会見ではTank to Wheelでのカーボンフリーを達成するため、先進国全体でのEV、FCVの販売比率を2030年に40%、2035年に80%、さらに2040年にはグローバルで100%を目指す(四輪事業)として、早くも大なたを振るった。エンジン屋のイメージが強いホンダが、国内でいち早く脱エンジンを宣言。しかも三部社長はエンジンおよびパワートレーンのエンジニア出身であるからなおさら言葉の重みがあり、衝撃的だった。昨年、F1撤退の理由にカーボンニュートラルに向けてのリソースを確保するためとあげたときには「本当にそれだけが理由?」と少し疑っていたが、本気だったわけだ。

 先日行われたラウンドテーブルでは、三部社長からもう少し掘り下げた話を伺うことができた。パワートレーン開発に携わっているなかで、いつかはEV、FCVの時代が来ると思ってきたが、まさにそのタイミングが迫ってきたということだという。電動化に対して欧州は積極的な姿勢で、日本はエネルギー事情などもあって少し遅いと見えているが、ガラパゴスにならないよう、あえて具体的な数値目標を掲げた。社内の意思統一を図るという意味もあるのだそうだ。少なくとも2-3年前には構想し、1年ほど前からは、いつ発表しようかという段階だったという。

 「自分のなかでははっきりと腹をくくっています」と語っていたから、電動化の意志に迷いはないようだ。

 EVは、よく言われるようにエンジン車に対して差別化が難しい。モーター駆動によるパワートレーンの特性、バッテリー搭載位置が大半を決定付けるシャシー特性ともに、どのメーカーが作っても似てくるからだ。そこでホンダらしさを出すアイデアのひとつが、移動中の空間価値の多様化。ハードウエアだけではなく、ソフトウエアによる魅力を高めるのだ。ホンダeはそういった方向性を示す一つの具体例でもあり、開発段階ではかなり力を入れてきたつもりだが、こういった分野は進化が早く、開発スピードをさらに高めていく必要があるという。こういった差別化の道を探ることは、他の自動車メーカーも取り組んでいる。

 興味深いのは、電動化時代のタイプRの研究・開発を進めていることで、すでに特許もかなりの数にのぼるという。3モーターのNSXとレジェンドは引退が決まっているが、パイクスピーク・ヒルクライムのエキシビションに登場した4モーターが実用化されるのだろうか。

 また、eFUELの可能性にも言及した。再生可能エネルギー由来の合成燃料であるeFUELは、エンジンで使用してもカーボンニュートラルとなるので、モータースポーツやスポーツカーで注目されている。ポルシェは、歴代911オーナーやレースのために、シーメンスエナジー(ドイツのエネルギー企業)やエクソンモービル(合成燃料開発)と手を組んで、風力発電が盛んで余剰電力が豊富な南米チリで新たなeFUELサプライチェーンを開発している。

 三部社長もeFUELの可能性は検討していて、だからこそエンジン開発部門は縮小こそするものの完全に止めることはないという。ただし、コストは現状で数十倍、下がっても3倍程度と見積もっているので、マジョリティになることはないだろうとも言う。やはり一部のスポーツカーやモータースポーツでの使用が妥当なところなのだろう。また、水素燃焼エンジンについては、量産化が難しいということで2009年に開発を中断しているという。いずれにせよ、EVとFCV以外のカーボンニュートラル技術の可能性も捨ててはいないということは確かだ。

 日本におけるEV普及の鍵となりそうなのが、2024年に発売を表明している軽自動車だ。これが受け入れられれば一気に広がっていくものと、三部社長もみている。鋭意開発中だが、価格や航続距離、利便性などのバランスをどうとるかは悩みどころだという。

 そこで、中国の安価なEVで流行っているFLPバッテリー(リン酸鉄リチウムバッテリー)についてたずねてみると、検討はしているものの具体的にはなっていないそうだ。

 ちなみにFLPバッテリーは安価で安全性が高く、コバルトフリーでもある反面、エネルギー密度が低くてEVに向かないと言われてきたが、ペンシルバニア州立大学が発表した技術では、60℃まで自己発熱して使用することで、低温時充電の熱劣化がなくなり長寿命。急速充電の効率も高い。10分で400km走行分の充電ができて、320万kmの寿命になるといわれているので、注目されている技術だ。

 カーボンニュートラルに本気で取り組む三部社長だが、一方で現状の商品ラインアップに問題があるのも事実だと認めている。フィットRSに相当するようなリーズナブルで身近なグラスルーツは、ホンダ・ファンのために必要であろうし、NSXやS660、さらにはFCおよびPHEVのクラリティ、自動運転レベル3のレジェンドなどが軒並み生産終了が発表されたものの、その先を示せていない。またもや、新しい技術やスポーツカーが葬り去られるかに見えているのが現状だが、後継に相当するモデルの準備は着々と進めているそうで四輪事業を縮小するつもりはないという。ただ、残念ながらそれらを発表する段階にはまだなく、一時的に消滅するカタチになっているとのこと。全体の商品構成を見直し最適化している段階とカーボンニュートラルへの準備が重なっていて、時間がおしているようだ。

 衝撃的なカーボンニュートラルへの戦略発表、あいつぐ生産終了の暗いニュースが続くホンダだが、三部社長の手腕に期待したい。健全に利益をあげつつ、ワクワクするモビリティを生み出してもらいたいものだ。

執筆者プロフィール:石井昌道(いしい まさみち)

自動車専門誌の編集部員を経てモータージャーナリストへ。国産車、輸入車、それぞれをメインとする雑誌の編集に携わってきたため知識は幅広く、現在もジャンルを問わない執筆活動を展開。また、ワンメイク・レース等への参戦も豊富。ドライビング・テクニックとともに、クルマの楽しさを学んできた。最近ではメディアの仕事のかたわら、エコドライブの研究、および一般ドライバーへ広く普及させるため精力的に活動中。

【石井昌道の自動車テクノロジー最前線】は週刊連載です。どうぞお楽しみに!

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石井昌道(いしい まさみち)

ライタープロフィール

石井昌道(いしい まさみち)

自動車専門誌の編集部員を経てモータージャーナリストへ。国産車、輸入車、それぞれをメインとする雑誌の編集に携わってきたため知識は幅広く、現在もジャンルを問わない執筆活動を展開。また、ワンメイク・レース等への参戦も豊富。ドライビング・テクニックとともに、クルマの楽しさを学んできた。最近ではメディアの仕事のかたわら、エコドライブの研究、および一般ドライバーへ広く普及させるため精力的に活動中。

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