車の最新技術
更新日:2021.11.26 / 掲載日:2021.08.27
JAGUAR I-PACEの走りを深掘する【石井昌道の自動車テクノロジー最前線 第20回】

文●石井昌道 写真●ユニット・コンパス
ジャガー初のBEVとして2018年に発表、2019年には日本でも走り始めたI-PACE。急伸するテスラに続けとばかり、こぞってハイパフォーマンスかつラグジュリーなBEVを開発した欧州プレミアム勢のなかでもいち早くリリースした。しかも、既存エンジン車をベースにするのではなく専用プラットフォームを仕立てたのだから力が入っている。ほんの数年前までは、カーガイのブランドであるジャガーは電動化からもっとも遠いイメージがあったのだから驚いたが、2021年2月には完全なEV専用ブランドになることを発表した。
ジャガー・ランドローバーから発表されたReimagine戦略は、サステナビリティに富んだモダンラグジュアリーの再構築であり、2039年までに排出ガス実質ゼロが目標。ジャガーはBEVブランドとなるという。2030年にはジャガーは100%、ランドローバーは60%がテールパイプのない(ゼロエミッション)のパワートレーンを搭載する予定。ランドローバーではFCV(水素燃料電池車)もスコープに入っているようだ。
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EV時代では、クルマの個性には走りやデザインが大きく影響する

I-PACEでもっとも感心するのは、ジャガーらしさが濃厚なことだ。ジャガーのフィロソフィーは「美しく、速い」であり、BEVでもそれを最大限に表現している。
様々なメーカーのカーデザイナーに、「自社のモデル以外で個人的に好きなクルマは?」と訪ねると「ジャガーEタイプ」という答えがかえってくることは少なくない。ロングノーズ・ショートデッキの典型例だ。フロントにパワフルなエンジンを搭載するためノーズが長くなり、キャビンを後退させて、デッキは短くなる。高性能FRスポーツの基本的なフォルムでもある。ジャガーといえばロングノーズというイメージさえあるのだが、BEVのI-PACEは当然ながらエンジンはないから極端にも思えるショートノーズだ。もっとも嵩張るのはバッテリーで、これを床下に敷き詰めているから背が高めのSUVスタイルは理にかなっている。機能がカタチに表れているのは高性能FRスポーツのロングノーズ・ショートデッキと同じで、それを美しくまとめあげているのはさすがだ。サイドから眺めていると、ミドシップのレーシングカーである往年のグループCカーを背高にしたようにも見える。
147kW(200PS)のモーターを前後にもつAWDでシステム最大出力は294kW(400PS)。大容量バッテリーを搭載するので2250kgの重量級だが0-100km/h加速は4.8秒と俊足だ。3秒を切るテスラのルーディクラスモード(=馬鹿げたモード)ほどではないが、公道を走る分には十二分に速く、これ以上は非現実的な世界に入っていく。
絶対的な速さよりも感動的なのは、加速にジャガーらしいフィーリングがあることだ。ゼロ回転から最大トルクを発生できるモーターは出足が鋭いのが特徴であり、その反面、速度が上がっていくほどに加速感が薄くなっていくものだが、I-PACEは伸びやかさもしっかりある。ジャガーの往年の名車の気持ちいい加速フィールをデータ化してBEVに落とし込んだのだろうか? そんな思いがするほどだ。賛否両論があるアクティブサウンドデザインだが、これも個人的には気に入っている。ほぼ無音のBEVは加速感やスピード感が薄く、運転している実感が持ちづらい。そんなことを言うと、エンジン車育ちの古い世代の戯れ言と思われるかもしれないが、マツダのBEVのエンジニアは、人間は音からも力の向きや強さを感じ取っているという研究結果から、MX-30 EVにやはり擬似的サウンドを採用しているから、一体感を高めるためにもサウンドは重要であるはずだ。
シャシー性能もジャガーに相応しいものだった。サスペンションはしなやかで、タイヤが路面を捉えているさまが明確に伝わってくるが、フラットライド感もある。ジャガー=猫足がBEVでも表現できているのだ。
BEVは、エンジン車に比べて個性や他との差が出しづらいとよく言われており、様々なモデルに乗ってみてもそれを実感する。エンジンだったら気筒数や直列、V型などでフィーリングが大きく違うが、それに比べるとモーターは画一的。ほとんどのBEVがバッテリーを床下配置するので、シャシー性能を決定付ける重量配分もかわらない。
だから多くのメーカーはソフトウエア開発に力を入れて、エンターテイメント系やスマホのような新たなユーティリティなどで差別化を図ろうとしており、それはそれで新たな個性を獲得できるかもしれないが、やはり本質的な競争領域は乗り味になっていくのではないかとI-PACEに乗ると実感する。差を付けづらいからこそ、これまで養ってきた技術や感性性能を徹底的に磨き上げて個性を獲得するべきなのだろう。ジャガーのBEV専用ブランド化が見事成功するかどうかはまだわからないが、少なくともBEVの走りやデザインの可能性を追求する姿勢には見習うべきところがあるのだ。

執筆者プロフィール:石井昌道(いしい まさみち)
自動車専門誌の編集部員を経てモータージャーナリストへ。国産車、輸入車、それぞれをメインとする雑誌の編集に携わってきたため知識は幅広く、現在もジャンルを問わない執筆活動を展開。また、ワンメイク・レース等への参戦も豊富。ドライビング・テクニックとともに、クルマの楽しさを学んできた。最近ではメディアの仕事のかたわら、エコドライブの研究、および一般ドライバーへ広く普及させるため精力的に活動中。
【石井昌道の自動車テクノロジー最前線】は週刊連載です。どうぞお楽しみに!