新車試乗レポート
更新日:2022.06.24 / 掲載日:2022.06.24

GRMNヤリス 伝説が生まれた日【池田直渡の5分でわかるクルマ経済】

文●池田直渡 写真●トヨタ

 今年の1月14日、東京オートサロンでお披露目されたGRMNヤリスに袖ケ浦フォレストレースウェイで試乗してきた。サーキットのみならず、ダートでも走った。

 というところまで書いてしばし固まってしまった。どうしよう。要するに良かったを通り越してスゴかったということなのだけれど、そのスゴさ具合が他の良いクルマレベルと隔絶してしまって、簡単には伝えられない。毎年出て来る今年最高に良かったクルマを富士山の高さだと思えば、エベレスト。なんてもんじゃなく成層圏のかなたくらいに良い。これは歴史に残る一台だと思う。

 例えばマクラーレンF1とか、ポルシェ935とか、ランチア・デルタシリーズの様な後に伝説になるクルマが新車で発売されたという話である。

まあもう言葉なんていらないから超絶にスゴいということだけ言って終わりにしたいくらいなのだが、それでは読者の皆様もモヤモヤするだろうから蛇足の文章を連ねる。

 こういう本物のクルマは、性能がスゴいだけでなく、極めて乗りやすい。そして単純な硬さだけではなく総合的に見れば、普通のヤリスハイブリッドよりも乗り心地も良い。気むずかしい所が皆無であるのに高性能。バカみたいに速いのに快適で欠点が無い。

 サーキットでも、異様にオールマイティだ。ターンインひとつ取っても、ヘアピンにオーバースピードで放り込んで、強めのブレーキを掛ければ、落ち着いた挙動でリヤがスムーズに出ていくし、予め制動を終えて、舵角依存で鋭角的かつ短時間で曲がることもできる。

 脱出でも、姿勢が変わってから一気に全開で鋭く最大加速を稼ぐこともできれば、無理矢理早めに踏み始めて、外に膨らんで行くのをステアリングで強引にねじ伏せることもできる。競技的なシーンなら、ラップライム的に最速かどうかより相手の前に出られるかどうかの方が優先される場面もあるので、このあたりの自在度の意味は極めて大きい。

 因みにダートコースではもう少しエラーに厳しい部分が出て来る。タイヤ限界が低いのでリバース的挙動が少しは出て来る。それと一度アンダーを出すと基本的には踏んで回り込むのは厳しいので、進入の減速でしっかりリヤを振り出す形を作ってあげられるかどうかが上手く回れるかどうかの境目であったりする。ただし、それでも圧倒的に乗りやすい。

 余談を挟めば、こういうダートで速度が遅く、クルマが横を向いた風が当たりにくい状態でも冷却が不足しないように、冷却系のキャパを上げてあるそうで、こういうあたりにこそ、実戦を積み重ねた凄みがある。

 評価の様なことを言えば、基本は軽くて、小さくて、ボディが硬い。サーキットにおいては、何をやっても挙動のリバース的変化が穏やかにしか起こらないから、無茶苦茶のやり放題でもクルマがなんとかしてくれる。そんな領域でもリカバー操作が全くと言っていいほど要らないのでロスも少ない。何しろ、それだけ滅茶苦茶をやったのに、タコ踊りはもちろん、大きくカウンターを当てた記憶すらない。

 だからと言ってドライバー不在系というか、クルマに乗せられているような印象は皆無で、やりたい様にやらせてくれる。そもそものスイートスポットが巨大で、かつピーク値が落ちて行く裾野の角度が緩いのだ。

 何故そんなクルマが作れるのだと言う話になるだろう。クルマを作った人に聞けば、そういう特性を狙って作り込んで行ったということなのだが、それはモータースポーツで必要だったからだ。S耐に出ている車両はカローラスポーツではあるが、そこからのフィードバックが大きい。

 耐久だからドライバーは交代制。ドライビングスタイルの違いをクルマが飲み込んでくれないと困る。特にトヨタワークスの一流プロドライバーと、モリゾウ選手(豊田章男社長)の様なハイアマチュアが一台のクルマを乗り換えて一緒に走るとなると、その幅を確保しなくてはならない。参戦初期においては、モリゾウ用セッティングに合わせ込んだクルマをプロが乗りこなしでカバーしてくれていたという。

 そこを、どちらのドライバーでも最速で走れる様にしていこうと、先に書いた様な裾野の穏やかさを意識しながらクルマを詰めて行くと、結局の所ボディ剛性が極めて大事だと言うことがわかった。話だけ聞くと、「まあそりゃそうだろう」という話なのだが、ざっくりとイメージする話とレースの現場でリアルに100分の1秒を詰めていく上で、やはりソコだと確信する話の間には結構な差がある。

 で、何をやったかと言えば、スポット溶接を545箇所増やし、構造用接着剤の塗布長さを12m増やした。細かく言えば重心位置から離れたルーフやフードのカーボン化や、空力による前後グリップバランスの調整なども効いているのだが、そういう諸々は全部目的を達成するための手段であって、その根本は「どういうクルマに仕立てるか」というリファレンスである。そして市販車として恐らくそのリファレンスの空前かつ孤高の高さこそがGRMNをGRMNたらしめている部分である。

 これを作ったということひとつを持ってトヨタを尊敬できる様な、そういうクルマである。

 で、お値段はどんなものかと言うと、以下の様なことになっている。

■GRMN YARIS 税込731万7000円
・主な追加パーツ
なし

■GRMN YARIS CIRCUIT PKG 税込846万7000円
・主な追加パーツ
BBS製GRMN専用18インチホイール
18インチブレーキ
ビルシュタイン製 減衰力調整式ショックアブソーバー
カーボン(綾織 CFRP)製リヤスポイラー
サイドスカート
リップスポイラー他

■GRMN YARIS RALLY PKG 税込837万8764円
・主な追加パーツ
GRショックアブソーバー&ショートスタビリンクセット
GRアンダーガードセット
GRロールバー(サイドバー有)

 「ヤリスが850万円とは高い」と驚く人は多分いるのだろうが、クルマ好きの世界で言えば、現時点でトップエンドの戦闘力を持つ、このほぼワークスマシーンがその値段で買えるのは奇跡と言って良い。仮にワークスのスペアカーを売ってもらえるとしたら10倍はするだろう。

 ということは皆さんご存知で、すでに500台限定のこのクルマは完売。いくら良くてももう指をくわえて見ていることしかできない。

 ということで買おうとするともうどうにもならないが、一方でひとりのクルマ好きとしては、こういうクルマが世に生まれた瞬間に立ち会えたということでもあると思う。GRMNヤリスはそれだけのクルマである。

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池田直渡(いけだ なおと)

ライタープロフィール

池田直渡(いけだ なおと)

1965年神奈川県生まれ。1988年企画室ネコ(現ネコ・パブリッシング)入社。取次営業、自動車雑誌(『カー・マガジン』『オートメンテナンス』『オートカー・ジャパン』)の編集、イベント事業などを担当。2006年に退社後スパイス コミニケーションズでビジネスニュースサイト「PRONWEB Watch」編集長に就任。2008年に退社。以後、編集プロダクション、グラニテを設立し、クルマのメカニズムと開発思想や社会情勢の結びつきに着目して執筆活動を行う。

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1965年神奈川県生まれ。1988年企画室ネコ(現ネコ・パブリッシング)入社。取次営業、自動車雑誌(『カー・マガジン』『オートメンテナンス』『オートカー・ジャパン』)の編集、イベント事業などを担当。2006年に退社後スパイス コミニケーションズでビジネスニュースサイト「PRONWEB Watch」編集長に就任。2008年に退社。以後、編集プロダクション、グラニテを設立し、クルマのメカニズムと開発思想や社会情勢の結びつきに着目して執筆活動を行う。

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