車の最新技術
更新日:2022.06.30 / 掲載日:2021.11.26

「変化を拒むな!」日本の5社が挑むCN内燃機関【池田直渡の5分でわかるクルマ経済】

文●池田直渡 写真●トヨタ
 11月13日。スーパー耐久シリーズの最終戦が行われた岡山国際サーキットで、川崎重工業株式会社(以下、カワサキ)、株式会社SUBARU(以下、スバル)、トヨタ自動車株式会社(以下、トヨタ)、マツダ株式会社(以下、マツダ)、ヤマハ発動機株式会社(以下、ヤマハ)の5社の社長が待ち構えていた。取材に行った筆者も知らされていないサプライズである。
 そこで発表されたのは、5社が真剣に取り組むカーボンニュートラルエンジンの発表だった。繰り返すが、「エンジン」つまり「内燃機関」である。念のために断っておくが、どの社もBEVを否定してはいない。ただ、日々の開発を通じて、BEVだけで全てをカバーすることは難しいことを肌身で感じていればこその「選択肢を広げる」活動として、カーボンニュートラル内燃機関の開発に挑んでいるのだ。

内燃機関に秘められた可能性を探る日本メーカーの舞台裏

 トヨタは5月に行われた同シリーズの第3戦、富士SUPER TEC 24時間レースに、GRヤリスのパワートレインを移植したカローラスポーツを持ち込んだ。このクルマはなんと、水素燃料をシリンダーで燃やして走る「水素エンジン」搭載のレーシングカーだった。
 実は水素エンジンは最近発見された仕組みではなく、ずっと以前から研究は進んでいた。しかしながら、HEVやBEV、FCEVなどに押されて、実質的には傍流技術扱いを受け、もはや消えゆく運命かと思われた。
 そこに2回のミラクルが発生した結果今回の大きな流れが発生した。一度目の奇跡の引き金を引いたのはトヨタのGAZOO Racing Company Presidentである佐藤恒治氏だ。2020年11月、佐藤氏は、コロナ疎開で蒲郡の研修センターに滞在していた豊田章男社長を訪ねた。携えて行ったのは、水素エンジンの実験車である。もちろん豊田社長はこのクルマに乗った。
 そこで2つ目のミラクルが発生する。たまたま居合わせたレーシングドライバーの小林可夢偉選手が、テスト車両に乗って、「これでレースに出ましょう」と提案したのだ。豊田社長が「出るなら5月の富士24時間(スーパー耐久シリーズ2021 Powered by Hankook 第3戦 NAPAC 富士SUPER TEC 24時間レース)だ」と言い出して、佐藤プレジデントは慌てることになるが、それは後の祭り。すでに鶴の一声は発せられてしまった。
水素エンジンを搭載するトヨタ カローラ。「SUZUKA S耐」では出力向上や水素充填時間の短縮といった改良を施して挑戦した
 こうしてたった7ヶ月で、日の目を見なかった実験車両が、突然まばゆいスポットライトを浴びることになる。もちろんそれは、期待もされない中で、コツコツと開発を続けた開発陣がいればこそだが、その日を境に、コツコツなどとは言っていられなくなった。突然、レースの世界の開発スピードでクルマを仕上げなければならなくなった。市販モデルなら発売延期も可能かもしれないが、レース本番は待ってはくれない。その日に走れなければ終わりである。
 綱渡りの開発の結果、トヨタは24時間レースを完走で終えた。これが日本中の内燃機関屋に衝撃的な希望を与えたのだ。水素エンジンが打ち切り間際の細々した開発だったのは各社似たようなもの。しかしトヨタの快挙で、突如、世間も社内も見る目が変わった。「おい。ウチの水素エンジンはどうなっているんだ?」。うらぶれていた水素エンジン開発のチームは当然意気が上がる。「俺たちもやってやる」。そうなったのは水素担当だけではない。「内燃機案はオワコン。これからはBEV以外要らない」という心ない言葉に打ちひしがれていた全内燃機関のエンジニア達が、それぞれに希望を取り戻した。「水素だけじゃない。カーボンニュートラル燃料を使えば、内燃機関は次の100年も自動車産業の中心にいられるかも知れない」。
 マツダの丸本社長は言う。「一ヶ月半位前、豊田社長から岡山に遊びに来ない? と言われまして。こりゃ手ぶらでは行かれんぞと、社内の技術でどれなら次の岡山に間に合うのか、調べさせました。2015年からデミオディーゼルでS耐に参戦しているレーシングチームNOPROさんにバイオ燃料を提供すれば、燃料のキャリブレーションだけで何とか走れますと言うもんで、すぐやれと(笑)」。

マツダはバイオマス合成燃料を使用できるディーゼルエンジンを搭載した「MAZDA SPIRIT RACING Bio concept DEMIO」でスーパー耐久に挑む
 スバルの中村社長は、2022年度のスーパー耐久シリーズに、BRZのバイオマス合成燃料車両を投入することを発表した。同時にトヨタの豊田社長は現在参戦中のスープラに代えて、BRZと共同開発関係にあるGR86のバイオマス合成燃料仕様で参戦することを発表。要するに基本シャシーを分けた2台がこれからS耐で毎戦ガチバトルを繰り広げていくわけだ。GRの佐藤プレジデントは「もういっそのこと、このシリーズでBRZと86が戦うことを、次世代モデルの公開開発のつもりでやっていこうと考えています」と。
ヤマハが開発したV8水素エンジン。水素の燃焼特性により低速トルクが向上しレスポンス。さらにサウンドも魅力的だという
 ヤマハは、トヨタ向けに開発した2UR-GSEベースの四輪用のV8水素エンジンも持ち込んだ。これはバンク間排気のクロスプレーンV8で、スペックは335kW/6800rpm、540N・m/3600rpmと発表されている。その排気管の取り回しから言って、ミッドシップでしか使えない。今後については一切発表はないが、どのレースに参戦するつもりなのか考えるとそれは楽しい。サルトサーキットにV8水素エンジンの快音が響き渡る日が来るかもしれない。
 そうやって、トヨタの仲間作りがカーボンニュートラル内燃機関でも実を結んで行く。BEVはおそらく乗用車の本流の1つにはなるだろう。しかし、原材料の問題やインフラの問題など、まだまだ越えるべきハードルは多く、世界で売られる新車乗用車、約1億台を全部BEVにするのはバッテリーの生産量から見て相当に難しい。さらに稼働時間の長い商用車の領域では充電時間が取りにくく、ことにエネルギー消費量の多い大型トラックはおそらくBEVでは成立しないだろう。
 解決すべき個々の問題は各社それぞれに異なる。カワサキやヤマハ、スズキが見ているのは大型二輪車だ。125ccまでの実用領域の二輪に向けては、ホンダを含む国内二輪メーカー4社全てが合意し、共同でバッテリーの規格化を進めている。BEVの二輪車である。しかし大型二輪となると話は別だ。実用のために乗る125cc以下と違い、乗ること、操ること自体が目的である大型二輪からエンジンを摘出してしまって、果たして商品に成り得るのか? 二輪のスペシャリスト達は「エンジンは不可欠」という結論に達した。かと言って、カーボンニュートラルの規制もまた待ったなし。だからそこにカーボンニュートラル内燃機関が必要になる。
 今、我々に課せられているのはカーボンニュートラル社会の達成であって、EV社会の達成ではない。数多くのモビリティが、それぞれに異なるインフラ環境の中でそれぞれに活用されている現在の延長として、カーボンニュートラル技術もまた多くの選択肢がそれぞれに持つ長所短所を、適材適所で相互にカバーし合いながら、社会を回して行く以外に本当の出口は見付からないだろう。目的と手段を取り違えてはいけない。
 そして内燃機関技術がカーボンニュートラルを達成できれば、誰に恥じることなく正しい未来を切り拓きながら、国内自動車業界で働く550万人の雇用を可能な限り守ることに繋がる。
 「BEVだけを革新」として、それ以外を拒絶する姿勢は「変化の拒絶」であり、「過去にしがみついていてはいけない」という言葉を天に向かって唾していることに気付かない。
 多くの選択肢が競い合い、切磋琢磨して行く中で何が淘汰されていくかはまだ誰にもわからない。変化を拒んでいては未来は無いのだ。

今回のまとめ

  • ・国内5社が内燃機関によるカーボンニュートラルへの取り組みを発表
  • ・カーボンニュートラル達成に向けてEV以外の選択肢についても模索を進める
  • ・内燃機関によるカーボンニュートラルが達成すれば雇用面でのメリットも大きい
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池田直渡(いけだ なおと)

ライタープロフィール

池田直渡(いけだ なおと)

1965年神奈川県生まれ。1988年企画室ネコ(現ネコ・パブリッシング)入社。取次営業、自動車雑誌(『カー・マガジン』『オートメンテナンス』『オートカー・ジャパン』)の編集、イベント事業などを担当。2006年に退社後スパイス コミニケーションズでビジネスニュースサイト「PRONWEB Watch」編集長に就任。2008年に退社。以後、編集プロダクション、グラニテを設立し、クルマのメカニズムと開発思想や社会情勢の結びつきに着目して執筆活動を行う。

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1965年神奈川県生まれ。1988年企画室ネコ(現ネコ・パブリッシング)入社。取次営業、自動車雑誌(『カー・マガジン』『オートメンテナンス』『オートカー・ジャパン』)の編集、イベント事業などを担当。2006年に退社後スパイス コミニケーションズでビジネスニュースサイト「PRONWEB Watch」編集長に就任。2008年に退社。以後、編集プロダクション、グラニテを設立し、クルマのメカニズムと開発思想や社会情勢の結びつきに着目して執筆活動を行う。

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