車の最新技術
更新日:2022.03.04 / 掲載日:2022.03.04

雪の氷の走り方【池田直渡の5分でわかるクルマ経済】

文と写真●池田直渡

 日産が毎年信州蓼科の女神湖で開催している氷上ドライブテストに呼ばれた。

 主役はノートe-POWERとノートオーラe-POWER。つまり動力源が純モーターの車両である。さらに両方にFFとAWDが用意された。日産の思惑は想像が付く。電気モーター駆動力制御の緻密さとレスポンスの高さを氷上というμの低い場所で感じてもらおうという話だ。

 すでに知られている様に、内燃機関に比べて、電気モーターは単位時間あたりの制御回数が段違いで多くできる。内燃機関の出力制御は1サイクル、つまりクランク軸2回転に1回しかできないので、仮にエンジン回転が6000rpmであったとしても3000回/分。つまり50回/秒が限界だ。氷上のクリティカルな路面でそんなにぶん回すとは考え難いから、仮に2000rpm時ならその1/3。計算上は0.06秒に1回ということになる。

 対するモーターは0.01秒を苦も無くこなす。ずいぶん前に日産のエンジニアに聞いた時には「やろうと思えば1万分の1秒でも制御可能です」とのことだった。だから、滑りやすい路面での制御能力は理論的に電気モーターの方が有利である。

 では、それはドライバーが実感できるのかという話だが、結論としては、多分分かる。少なくとも筆者も、この試乗会に参加した同業者数名に聞いても同じ意見だった。特に制御のレスポンス速度が違うので、運転のしやすさに表れると思う。

 ならば、特定の路面で、電気モーターなら走れるが内燃機関だと走れないくらいの差になるのかと言われると、そこはNOである。

 この日、内燃機関車両の代表として、GT-Rがテスト車両として加わっていたが、GT-Rも十分以上に運動能力を発揮し、クローズドコースで積極的な走りを堪能するだけのコントロール能力を備えていた。むしろ面白いという点ではこうした路面に不利なはずの内燃機関なのにGT-Rに軍配が上がるかもしれない。そこは総合力の差ということだろう。

 ただし、内燃機関と電気モーターではそれだけの制御を行うコストが異なる。より安価で手軽に駆動力制御ができるという意味で、安価な乗用車に低μ路走破性を与えたいなら、電気モーターは明らかに有利である。

緻密な電子制御は、人間の限界を超えるような困難な状況でもドライバーを助けてくれる。だが、それを過信するのは危険だ

 と書いたところで、蛇足でもあり重要でもある話を加えたい。少々説教臭くなるが許して欲しい。

 実用上で低μ路の話をするならば、それは少なくとも「どれだけヤバい路面をどれだけハイスピードで走れるか」という話ではない。安全に走り曲がり止まることが最優先である。どれも命に関わるリスクがあるが、特に曲がることと止まることは、極めて重要である。

 今回のコースは、数日間にわたって多くのクルマが周回するので、コーナー部の路面はほぼミラーバーンの様に磨き上げられている。進入時に減速し、すでにヨーを立ち上げ、旋回姿勢に入ったクルマがミラーバーンに差し掛かった瞬間フロントグリップを失って外へはらんで行く。わずかでも雪が残っている路面とアイスバーンのグリップ差はおおよそ誰が想像するよりも大きい。

 何が言いたいのかと言えば、その路面変化に対して、駆動力制御が緻密だのレスポンスが速いだのと騒いでも、全く通用しない。AWDだから、あるいは電気モーターだから大丈夫などというレベル差ではないのだ。

 今から20年近く前、スバルの試乗会で氷上テストに行って、WRCドライバーの新井敏弘選手が運転するクルマの助手席に乗せてもらった。その時の衝撃が忘れられない。

 雪の上での新井選手の加減速は凄まじく、特に減速ではシートベルトで体を支えるほどのGを出して見せた。つまり筆者はまだまだグリップの余裕があるにも関わらず、雪の上ではアクセルもブレーキも全く踏めていなかったということである。

 しかし、本当に驚いたのはアイスバーンの上だった。このクリティカルな路面を、筆者の方が遙かに速いスピードで通過していたのだ。本人的には時速30km以下まで落として減速は十分なつもりだが、新井選手はそこで徒歩速度までスピードを落として言った「アイスバーンの上では何をやってもダメなので速度を落とすしかありません」。

 後で冷静に振り返ると、筆者は落としたつもりの速度でアイスバーンに乗り上げて、一度完全にコントロールを失い。ドリフトアウトして行った先の路肩に溜まった雪塊でタイヤサイドに土手を作ってスライドを止めていたわけだ。それは実質的にはコースアウトと同じだ。後で止められるからと言って、コントロールを失っている瞬間を作ってはいけない。

 次の周回で、新井選手は「では今みたいな所を、現実の道路ならどう走るかやってみますね」と言って、コースのイン側ギリギリを通った。イン側のタイヤは完全に轍を外れた雪の上、アウト側のタイヤはアイスバーンの上である。先ほどよりずっと速い速度で、かつ安定したまま車両はそのコーナーをクリアした。つまり例え片輪だけでも、雪の上に乗せて走ることこそが、安全な運転に繋がるということだ。

 本来こういう場面で、左右のグリップ差に姿勢を乱したりしないためにこそ緻密な駆動力制御も、AWDも存在するのである。機構的素晴らしさ、あるいは能力向上を持って、無茶ができるという話と直結することだけは戒めなくてはならないと思う。

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池田直渡(いけだ なおと)

ライタープロフィール

池田直渡(いけだ なおと)

1965年神奈川県生まれ。1988年企画室ネコ(現ネコ・パブリッシング)入社。取次営業、自動車雑誌(『カー・マガジン』『オートメンテナンス』『オートカー・ジャパン』)の編集、イベント事業などを担当。2006年に退社後スパイス コミニケーションズでビジネスニュースサイト「PRONWEB Watch」編集長に就任。2008年に退社。以後、編集プロダクション、グラニテを設立し、クルマのメカニズムと開発思想や社会情勢の結びつきに着目して執筆活動を行う。

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1965年神奈川県生まれ。1988年企画室ネコ(現ネコ・パブリッシング)入社。取次営業、自動車雑誌(『カー・マガジン』『オートメンテナンス』『オートカー・ジャパン』)の編集、イベント事業などを担当。2006年に退社後スパイス コミニケーションズでビジネスニュースサイト「PRONWEB Watch」編集長に就任。2008年に退社。以後、編集プロダクション、グラニテを設立し、クルマのメカニズムと開発思想や社会情勢の結びつきに着目して執筆活動を行う。

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