車の最新技術
更新日:2021.11.26 / 掲載日:2021.08.13
なぜ欧州ブランドはBEVを選択したのか【石井昌道の自動車テクノロジー最前線 第18回】

文●石井昌道 写真●メルセデス・ベンツ、トヨタ
7月14日に欧州委員会が発表した気候変動政策パッケージの「Fit for 55」は、2030年の温室効果ガス排出量は1990年比で55%削減するものであり、自動車のCO2排出量規制はこれまでよりも強化されることになる。
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欧州ブランドが続々とフルEVへの転換を表明

メルセデスは8月電動化時代のフラッグシップモデルEQSを欧州などで発売開始した
従来は2030年のCO2排出量を、2021年(95g/km)比で37.5%削減する案だったが、これを55%に引き上げ、さらに2035年には100%を目標とすると改められたのだ。燃費に優れたフルハイブリッドカーでも2030年規制案を達成するのは非現実的であり、2035年にはプラグインハイブリッドカーも排除されるということになる。BEV(電気自動車)かFCV(水素燃料電池車)以外は生き残るのが難しく、ガソリンやディーゼルといった内燃機関を搭載した新車の販売は実質的には禁止だ。
7月14日以前に、ジャガーは2025年から全モデルをBEVに切り替え、ボルボは2030年にすべての新車をBEVに、アウディも2026年以降の新車はすべてBEVに、GMは2035年までに100%電動化を打ち出した。ボルボは中国のジーリー傘下、ジャガーはインドのタタ傘下、アウディはフォルクスワーゲングループの、それぞれ一高級車ブランドであり販売台数も多くはないから実現はそう難しくないかもしれないが、GMなどは大胆な計画だ。また、日本のホンダも2040年にBEVおよびFCVの販売比率100%を目指すとしており、ノンプレミアムブランドとしてはチャレンジングといえる。その他、ルノーは2030年に9割をEVへ、フォルクスワーゲンもEVを収益の柱とし2035年には脱エンジンを標榜している。
7月14日を過ぎると、自動車を発明したメルセデス・ベンツまでもが、10年後にすべての新車をBEVにする準備をしていると表明した。同社はジャガー、アウディ、ボルボと同じく高級車ブランドだが、ダイムラーのなかで唯一の乗用車であり、決断するのは重いだろう。
BEVは駆動用バッテリーの製造時にエネルギーを多く使うから、環境負荷が下げられるかどうかに疑問符が残るところではあるが、2024年からは製造時のCO2排出量の表示が義務づけられ、将来的には排出量規制がかかる見込み。再生可能エネルギーの比率が高い製造方法でなければ販売できない、あるいは罰金が課せられる可能性もある。リサイクルに関しても規制・義務化などが課されることになりそうだ。
その他、「Fit for 55」では高速道路での60kmごとの急速充電器や150kmごとの水素充填器といったインフラ整備も要求されている。
「Fit for 55」が成立すれば欧州市場では脱エンジンが決定的になる

トヨタはBEV以外の可能性として水素を燃焼させる水素エンジンの開発を続けている
eFuelなど再生可能エネルギー由来の液体燃料によってエンジン車が生き残る可能性はまだ残されているが、燃料生産のコストを考えると今のところはコストダウンが進むであろうBEVの対抗馬にはなりにくく、一部の特殊な車両や地域によって使われるぐらい、というのが大方の見立てとなっている。
「Fit for 55」は案であり、これがそのまま議会に承認されるかはまだわからない。欧州の自動車工業会などは非常に厳しい目標であり、合理的ではないと反発。その一方で、環境団体などはこれでも手緩いとみている。たしかに2050年のカーボンニュートラルという目標からバックキャスティングで考えれば「Fit for 55」はギリギリの通過点なのだ。
ハイブリッドを含む内燃機関の見直しが図られるかもしれないし、さらにBEVシフトを前倒しするべきだとの議論も行われるだろう。いずれにせよ、「Fit for 55」が通れば、欧州市場で自動車を販売するメーカーは脱エンジンに行かざるを得ない。
BEVはゼロエミッションではありTank to WheelではCO2排出量がゼロだが、何から電気を作り出したかを考えるWell to Wheelでは排出量は変動する。さらに、現在の規制や議論されているのは、モード燃費・電費といったカタログ上のものであり、実質的なCO2排出量や環境へのインパクトはわからないところではある。だが、たとえば日本では2023年から燃費・電費を表示・記録できる装置の義務化が始まるから、それをビッグデータとして収集・分析すれば、実質的なCO2排出量やあるべき電源構成などが見えてくるだろう。バックキャスティングで規制をかけるのも戦略的だが、現在の真の姿を見極め、どう積み上げていけば目標に到達できるのか? そういった本質的な議論も見てみたいものだ。
執筆者プロフィール:石井昌道(いしい まさみち)
自動車専門誌の編集部員を経てモータージャーナリストへ。国産車、輸入車、それぞれをメインとする雑誌の編集に携わってきたため知識は幅広く、現在もジャンルを問わない執筆活動を展開。また、ワンメイク・レース等への参戦も豊富。ドライビング・テクニックとともに、クルマの楽しさを学んできた。最近ではメディアの仕事のかたわら、エコドライブの研究、および一般ドライバーへ広く普及させるため精力的に活動中。
【石井昌道の自動車テクノロジー最前線】は週刊連載です。どうぞお楽しみに!