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更新日:2022.01.14 / 掲載日:2022.01.14

ところで水素はどうなった?(中編)【池田直渡の5分でわかるクルマ経済】

文●池田直渡 写真●川崎重工

 さて、2021年12月23日掲載の前編では、ポスト化石燃料には様々な候補があり、電気だけに決まったわけではないし、エネルギーはそれぞれの国が抱える地勢的な事情に依存するので、事情の違う国々を見渡せば、どれかひとつには決まらないはずだという話をした。砂漠の国もフィヨルドの国も同じ条件なわけがない。当たり前のことだ。

理想主義から現実主義へと路線転換しつつある再生可能エネルギー政策

 さて、再生可能エネルギーは、基本的に水力、風力、太陽光が現在の主流で、それ以外に地熱や超小型水力など様々な開発中案件がある。1月1日に発表された欧州委員会でのアナウンスでは、これに原子力と天然ガスを加えて全て「グリーンエネルギー」と定義する草案が出されており、ついこの間までの熾烈な原理主義はどこへやら、長らく予想してきた通りとは言え、エネルギー危機でのど元が熱いと掌はクルッと裏返るものである。

 同発表によれば、原子力も天然ガスも「再生可能エネルギーを主体とした未来」への移行を促進する手段であるとし、「石炭など、より有害性が高いエネルギー源からの段階的な脱却を加速させ、低炭素で環境に優しいエネルギーミックスへの移行を早めるだろう」としている。なるほど、トヨタがずっと主張しているハイブリッドの役割と瓜二つの話だ。現実的な認識だろうが、その前にこれまでの非現実的認識に基づいて極めて攻撃的に行ってきた発言について謝罪とまでは言わないので、せめて訂正はあってしかるべきなのではないか?

再生可能エネルギーを都市部で生産するのはナンセンスだ

 さて、水力、風力、太陽光の3つの主力再生可能エネルギーのひとつの特徴は、どれも人口密集地、つまり大量エネルギー消費エリアでの稼働は難しいという点だ。

 隅田川の河口付近、例えば勝鬨橋(かちどきばし)や佃大橋(つくだおおはし)辺りにダムが造れるわけはないし、風車をボンボン立てる場所もなければ、太陽光パネルを敷き詰める空き地もない。

 都知事は建物の屋根にパネルの設置を義務づけるのだと言うが、個人資産に公共物を設置するのは筋が悪い。義務付けるパネルは公的資産なのか個人資産なのかの問題が発生する。しかもそれは設営と運営、修繕の費用負担に直結する話だ。公費でパネルを設置した家主が、例えば火事をだして、太陽光パネルを毀損したら、それを家主が弁済するのかみたいなことを考えていけば、恐らく家主が金を払っての個人の資産として設置してもらうしかない。

 しかし、義務付ける以上、何らかのリターンを得られる筋道を付けてやらなければ合意が得られない。「屋根をタダで貸せ。そして維持費と修繕費を負担せよ」では、財産権の侵害である。結局、設備投資負担の融資に加えて、またぞろFIT(固定価格買取制度)みたいな筋悪の支援制度に傾いて行くのだ。

 すべてのしわ寄せは電力価格となって選択の余地も無く国民が負担し、そこで儲けるヤツが出て来る。都内で戸建てを新築する富裕層に、庶民の電力料金(再エネ付加金)がジャブジャブ投入される素晴らしい仕組みになるだろう。

 すでにFIT制度は無理筋の話をゴリ押しだったことがはっきりしており、サステイナブルではなかったというのが結論で、結局は維持出来ずに早く荷物を降ろしたくて躍起になっているにも関わらず、類似制度をまた始めるつもりだろうか?

 要するに再エネ発電は人口密集地には向かない。人のいない広大な土地がある国こそが、これからの再生エネルギー大国になっていく。例えばオーストラリアだ。東岸から海沿いに南へ回り込んだアデレードまでと、バースを中心をした西南のごく一部にを除くと、広大な国土の8割が過疎地であり、山岳地や国定公園を除いても4割近くは太陽光パネルを設置し放題(景観の話はさて置く)。イニシャルコストを無視すれば、こういった地代がロクに発生しない地域ならエネルギーコストの削減効果は大きなくなる可能性があるのは確かだ。

 しかしながら、人のいないところで作ったエネルギーをどうやって人のいるところまで運ぶのかが問題だ。「電線はどこにでもある」と思っている人が多いようだが、そんなエネルギー需要も無い所に大容量の電力線が引っ張ってあるはずもなく、結局送電インフラは再エネのために新規に開発することになる。土地が安いほどランニングコストで有利だが、安いほどイニシャルコストで不利なのだ。

 国内だけでも大変なのに、仮にオーストラリアが日本にエネルギーを輸出するとすれば、海を渡る大容量の送電線構築という巨大事業が必要で、それに見合う巨額の投資が必要になるのは明らか。だったらもう、グレートビクトリア砂漠に太陽光パネルを設置して、その電力を現地で水素にするか、e-fuelなどの合成燃料にして物理的に輸出した方がよほどハンドリングが良い。

人口過疎地の豊富な再生可能エネルギーを水素にして都市部へと移送する「水素サプライチェーン」

川崎重工はオーストラリアで水素を製造し、日本へと液化水素運搬船で運ぶ実用実験を行っている(資料:川崎重工)

 そういう選択肢のひとつが水素なわけだ。すでに川崎重工が水素運搬船の実用実験に入っており、少なくとも水素を日本に陸揚げするところまでの設備は社会実装実験の段階まで進んでいる。

 もちろんそこから国内輸送のインフラという大きな課題はある。ただし、乗用車がどこに行っても水素を充填できるというゴールを一気に目指すから難しくなるのであって、大口利用者に限定した話であれば、そう高いハードルではない。例えばトヨタの燃料電池車(FCEV)MIRAIの燃料電池スタックを利用した鉄道車両や、大型バス、大型トラックなどがすでに数多く実証実験に入っているが、こうした車両は、経路での水素充填は必要ない。限られた専用ターミナルまでの輸送で事足りるし、運行は基本定期制のものなので、需要予想も明確だ。いつどれだけ必要かが把握でき、かつその拠点数が限られていれば、供給はそんなに難しい話ではない。その先に拡大余地があるなら段階を踏んで拡大していけば良い。

今回のまとめ

  • ・再生可能エネルギーの生産できる場所は過疎地で利用者である人口密集地と離れている
  • ・BEVとミックスして需要をまかなう次世代エネルギーには候補がいくつもある
  • ・水素の利用には障壁もあるが、それはどの次世代エネルギーにも言えることだ
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池田直渡(いけだ なおと)

ライタープロフィール

池田直渡(いけだ なおと)

1965年神奈川県生まれ。1988年企画室ネコ(現ネコ・パブリッシング)入社。取次営業、自動車雑誌(『カー・マガジン』『オートメンテナンス』『オートカー・ジャパン』)の編集、イベント事業などを担当。2006年に退社後スパイス コミニケーションズでビジネスニュースサイト「PRONWEB Watch」編集長に就任。2008年に退社。以後、編集プロダクション、グラニテを設立し、クルマのメカニズムと開発思想や社会情勢の結びつきに着目して執筆活動を行う。

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1965年神奈川県生まれ。1988年企画室ネコ(現ネコ・パブリッシング)入社。取次営業、自動車雑誌(『カー・マガジン』『オートメンテナンス』『オートカー・ジャパン』)の編集、イベント事業などを担当。2006年に退社後スパイス コミニケーションズでビジネスニュースサイト「PRONWEB Watch」編集長に就任。2008年に退社。以後、編集プロダクション、グラニテを設立し、クルマのメカニズムと開発思想や社会情勢の結びつきに着目して執筆活動を行う。

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