車の最新技術
更新日:2021.11.22 / 掲載日:2021.04.16

世界バッテリー戦争のいま【池田直渡の5分でわかるクルマ経済 第2回】

文●池田直渡 写真●フォルクスワーゲン、ユニット・コンパス、自然エネルギー財団

 猫も杓子も電動化のご時世である。念のために説明しておくけれど、電動化とEV化はイコールではない。ハイブリッド(HV)やマイルドハイブリッド(MHV)、あるいは燃料電池車(FCV)も含めて、要するに動力用モーターを備えている車両は全部電動化である。モーターを使う以上、電源が必要で、細かい話を飛ばして乱暴に言えば電力を蓄えるために電動化にはバッテリーは不可欠なのである。

 さて、そうやって世界中でバッテリー需要が高まった結果、現在は供給が追いついていない。原因は2つある。まずレアメタルの産出量がそもそも足りない。そして原料があったとしてもバッテリーを作る工場のキャパも足りない。その結果、今生産されているバッテリーの激しい争奪戦が始まっているし、その先を睨んで、工場建設戦争もまた火ぶたが切られているのだ。

日本がトヨタに見捨てられる日【池田直渡の5分でわかるクルマ経済 第1回】

バッテリーを制するメーカーがEV時代の覇権を握る

バッテリーの生産は今後の自動車産業で重要な役割を果たすが、製造国の電力のクリーン度によっては、高関税により実質的に輸出できなくなってしまう

バッテリーの生産は今後の自動車産業で重要な役割を果たすが、製造国の電力のクリーン度によっては、高関税により実質的に輸出できなくなってしまう

 そもそも、電動化、特にEV化を政治問題化したのはフォルクスワーゲン(VW)を中心とした欧州だ。前回詳細に書いたように、環境問題の原点はパリ協定なのだが、パリ協定に対応した規制として欧州のCAFE規制(Corporate Average Fuel Efficiency)が作られた。これはメーカーが販売したクルマ全てのCO2排出量平均値が、年度毎の目標に達していることが求められ、未達に対しては1gあたり95ユーロという高額の罰金が課せられる。

 18年の規制値は1台1キロ走行あたりCO2排出量130グラムだったが、20年にこれが95グラムに引き下げられた。30年はちょっと計算方法が異なるが、概ね63グラム程度、つまり18年の約半分ということになる。

 仮に10グラム未達で規制地域内販売が100万台であれば、9億5000万ユーロ(約1240億円)という途方も無い罰金を受けることになる。域内で最も多い400万台近くを販売するVWにとっては死活問題になり得る。しかも問題は欧州だけではない。CAFEを範に取った規制は北米、中国、インドなど他のマーケットでも始まっており、事態は極めて深刻だ。※参照:資料1

 欧州は規制の緩和措置として、20年から22年に渡ってスーパークレジット制度を施行させた。(※参照:資料2)CO2排出量50グラム以下のクルマ、つまりハイブリッドでは届かず、実質的にEVのみがクリアできるラインを引いて、それをクリアしたクルマは台数を水増しカウント出来る制度を作った。20年には1台を2台に、21年は1.67台に、22年には1.33台にカウントできる。この緩和制度がなければ、つまり本来の規制値で20年の規制をクリアできたのはトヨタだけだったと思われる。

 なぜそんなことになるかと言えば、30年目標をクリアするには可能な限り早急にCO2排出量を半減させることが大事で、これには安価で普及させ易いHVが最適だからだ。

 ところがパリ協定の50年目標と連動するはずのCAFE50年目標(規制値は検討中)は、CO2排出量を可能な限りゼロに近づけなければならないはずなので、当然HVではクリアできない。現状の延長線ならばEVかFCVでない限り不可能だ。しかし、欧州はいきなり50年目標に向けて走り出してしまった結果、30年目標をクリアするのが難しい。だからこそ、目の上のたんこぶであるトヨタのHVをなんとか排除するための作戦を練り上げて、「EV以外は環境車じゃない」というムードを一生懸命作り上げて来たのだ。

 欧州が戦略的にEV化を進めたはずが、蓋を開けてみると、バッテリーの生産は中国、韓国、日本の3カ国のメーカーが圧倒してしまった。バッテリーが無ければEVは作れない。つまり欧州は生命線をアジア勢に握られていることにハタと気付いたのだ。そもそも需給が逼迫して売り手市場のバッテリーをわざわざ安く出荷するメーカーはない。つまり欧州の自動車メーカーがEV化を進めれば進めるほど、アジア勢に足下を見られる。それでは労多くして実り少ない。

 そこで欧州はバッテリーの域内生産に大きく舵を切った。この作戦がまた巧妙なのだ。前回書いた通り、欧州は、CO2の排出基準算定を、「タンク to ホイール」から「ライフサイクルアセスメント(LCA)」へと切り替えを図っていて、新しい計算方式では、生産時や廃棄時のCO2負荷もカウントされる仕組みだ。LCAになると何が変わるかと言えば、クルマの生産時に使用するインフラ電力のクリーン度がCO2排出量に大きく影響を与える様になる。※参照:資料3

 加えて、カーボンプライシング(CO2関税)を施行して、CO2排出量の割合に応じて、国境を越える際に課税して価格競争力を奪う戦略である。バッテリー生産には多大な電力が必要だから、LCAとカーボンプライシングの合わせ技により、先行するアジア勢の競争力を一気に削ぐことができるのだ。

資料1

資料1:環境省の資料「車体課税のグリーン化に向けた検討」から抜粋

資料1:環境省の資料「車体課税のグリーン化に向けた検討」から抜粋

資料2

資料2:環境省の資料「車体課税のグリーン化に向けた検討」から抜粋

資料2:環境省の資料「車体課税のグリーン化に向けた検討」から抜粋

資料3

資料3:自然エネルギー財団(https://www.renewable-ei.org/statistics/international/)「国別の電力」より

資料3:自然エネルギー財団(https://www.renewable-ei.org/statistics/international/)「国別の電力」より

VWの新バッテリー工場は、先行するアジア勢を抜き返す「会心の一撃」となりうる

フォルクスワーゲンが3月15日に開催したカンファレンス「POWER DAY」で発表されたバッテリー工場新設についてのスライド

フォルクスワーゲンが3月15日に開催したカンファレンス「POWER DAY」で発表されたバッテリー工場新設についてのスライド

 フォルクスワーゲンは3月15日、EU圏内に新たな車載バッテリーメーカー、「ノースボルト社」など、バッテリー工場を6カ所建設する計画を明らかにした。ひとつ目は電源構成の非化石化率がほぼ100%の優等生であるスウェーデンだ。ノースボルト社は、同時にドイツにも工場を立ち上げる。おそらくこれはドイツのEVシフトに伴うドイツ国内自動車産業のリストラに対する緩和策だ。そして恐らく、電源構成の良くないドイツで作ったバッテリーは輸出に回さない。

 6カ所の工場はまだ全てのロケーションが決まっているわけではないし、それがノースボルト社以外の新会社である可能性もある。候補はあと1カ所挙げられており、フランスとスペインとポルトガルのどこかとだけ発表されている。原発大国で9割以上が非化石発電のフランスは戦略通りなので理解しやすいが、なぜそこにスペインとポルトガルが入って来るか?

 実はかつてスペインとポルトガルは欧州の工場だった。しかしベルリンの壁が崩壊し、旧東側諸国がEUに組み入れられると、状況が一変する。人件費も地価も安く、教育水準が高く、ドイツ語が通じる国々が新たに欧州の工場の地位を得た。次に世界の工場として名乗りを上げたのは中国である。そして今回、ものづくりの制約条件が人件費と地価から、電源のクリーン度に切り替わったタイミングで北欧諸国がクローズアップされる。仕事を失って、財政が回らなくなったスペインとポルトガルにしてみれば、利用する時だけ利用しやがってと考えるのは当然だ。

 EU発足以来、ドイツ経済が好調だった理由は、統一通貨ユーロにある。これが旧来のドイツマルクだったら、ドイツの経済的成功によってマルク高が進行する。ところが、ユーロでは、域内の平均値までしか上がらない。つまりEU内で経済力トップのドイツは通貨が常に実力以下に評価されて、構造的に輸出産業が繁栄するのだ。一方でスペインやポルトガルは自国経済の実力以上に高い通貨レートで戦わなければならない。つまりドイツの繁栄はEU圏内の弱小国の犠牲の上に成り立っていることになる。

 ブレクジット後のEUにおいて、経済弱小国は常に離脱が検討されている状態だと言っても良い。しかしドイツにしてみれば、彼らが離脱してしまうと、ユーロの価値が上がって、従来の様に儲けられなくなるのだ。

 今回のノースボルト戦略の意図はまさに慧眼であり、アジア勢を一気に抜き返す会心の一撃となってもおかしくないが、すでにEUの政治的不協和音がそこから聞こえてきている。対アジア戦略と、EU内融和が対立してしまっているのだ。日本が体制を立て直すならそこにつけ込むべきである。つまり欧州がまとまりかねている間に急速に電源構成を向上させ、国内振興策としてバッテリー生産能力を上げるべきなのだ。

今回のまとめ

・今後各国のCO2規制をクリアするためにはEVは不可欠
・バッテリーの確保は自動車メーカーにとって生命線
・LCAやカーボンプライシングの導入はアジア製バッテリーつぶし
・国内振興策としてバッテリー生産能力を上げるべき

執筆者プロフィール:池田直渡(いけだ なおと)

自動車ジャーナリストの池田直渡氏

自動車ジャーナリストの池田直渡氏

1965年神奈川県生まれ。1988年企画室ネコ(現ネコ・パブリッシング)入社。取次営業、自動車雑誌(『カー・マガジン』『オートメンテナンス』『オートカー・ジャパン』)の編集、イベント事業などを担当。2006年に退社後スパイス コミニケーションズでビジネスニュースサイト「PRONWEB Watch」編集長に就任。2008年に退社。以後、編集プロダクション、グラニテを設立し、クルマのメカニズムと開発思想や社会情勢の結びつきに着目して執筆活動を行う。

この記事はいかがでしたか?

気に入らない気に入った

池田直渡(いけだ なおと)

ライタープロフィール

池田直渡(いけだ なおと)

1965年神奈川県生まれ。1988年企画室ネコ(現ネコ・パブリッシング)入社。取次営業、自動車雑誌(『カー・マガジン』『オートメンテナンス』『オートカー・ジャパン』)の編集、イベント事業などを担当。2006年に退社後スパイス コミニケーションズでビジネスニュースサイト「PRONWEB Watch」編集長に就任。2008年に退社。以後、編集プロダクション、グラニテを設立し、クルマのメカニズムと開発思想や社会情勢の結びつきに着目して執筆活動を行う。

この人の記事を読む

1965年神奈川県生まれ。1988年企画室ネコ(現ネコ・パブリッシング)入社。取次営業、自動車雑誌(『カー・マガジン』『オートメンテナンス』『オートカー・ジャパン』)の編集、イベント事業などを担当。2006年に退社後スパイス コミニケーションズでビジネスニュースサイト「PRONWEB Watch」編集長に就任。2008年に退社。以後、編集プロダクション、グラニテを設立し、クルマのメカニズムと開発思想や社会情勢の結びつきに着目して執筆活動を行う。

この人の記事を読む

img_backTop ページトップに戻る

ȥURL򥳥ԡޤ