車の最新技術
更新日:2021.11.22 / 掲載日:2021.09.24
カーボン問題完全解決の最初の一歩【池田直渡の5分でわかるクルマ経済】
文●池田直渡
この連載でも度々書いて来たように、いま世界の大きな関心事はカーボンニュートラルである。その解決方法はどれがベターかについては諸説あり、現状ではどれもが不完全である。
この方法が良いのではないか? という主張は人それぞれあっても良いだろうが、現時点で「これこそが完全な解決方法である」とか、他の方法について「その方法には可能性がない(可能性が低いという主張はあり得る)。」いう主張をする人がいたら九分九厘は疑って掛かった方が良い
ちなみに何度も書いている通り、筆者は技術には無限の可能性があり、時代やニーズとともに変化していくものだと考えるので、選択肢を増やすことこそが大事なポイントであり、その技術の効果とコストによって市場が自然に淘汰を進めて行く形で、その時々の勝者が決まって行くものだと考えている。それには常に自由な競争が行える環境さえあれば良いだけだ。
という中で、今回、従来余り知られていないユニークなソリューションを見つけた。これこそが最終解決方法だと言う気は全く無いし、まだまだ始まったばかりの技術なので、未来は皆目見当がつかない。けれども、もしこの技術が上手く成長すれば、この世界に激震を与えているカーボン問題は完全に解決できるかも知れない。少なくともその皮算用くらいはしていい状況になっていると思う。くどいかも知れないが、その解決が近づいているとは決して言っていない。その一歩目が始まったという話である。
大気中の二酸化炭素を回収し地中に埋蔵する技術が登場
その技術の名称をDAC(Direct Air Capture)と言う。極めて簡単に言えば、大気中の二酸化炭素を回収して、地中に埋蔵する技術である。
何がスゴいって、もしこれで人類が発生させている量と等量の二酸化炭素が回収できるのであれば、カーボン問題は完全に解決する。パリ協定どころか京都議定書まで遡って全部無しにできる。相当に極論というか、むしろインパクト勝負の誇張をすれば、化石燃料を燃やし放題に戻るかも知れない。
技術を開発したのは、ブリティッシュコロンビア州(カナダ)のカーボンエンジニアリング社(Carbon Engineering Ltd., )で、ハーバード大学のデビッド・キース教授によって設立された会社だ。
2022年には、パートナー企業と共に、スコットランド東北部で最初の商用プラントの建設が開始される予定である。このプロジェクトでは、年間最大100万トンのCO2を大気から回収できる見込みだと言う。
基本的なシステムは2種類あり、それぞれ「DAC+ストレージ」と「AIR TO FUELS」と名付けられている。前者は大気中からCO2を回収して、地中に埋めるシステムであり、後者は、CO2と水素(H2)を使ってe-FUELなどの合成燃料を生産する仕組みだ。
そのために、システム全体のエネルギーを賄う再生可能エネルギー発電、大気からCO2を回収するダイレクトエアキャプチャー、e-FUELなどの合成燃料の原材料となるグリーン水素生産、そして製品でもあり、発電のエネルギー源でもある燃料合成という、4つの成長分野を目的によって適宜統合して運用される。
全てを説明するのは文字数的に難しいので、カーボンエンジニアリング社の説明に沿って、CO2の貯蔵部分だけかいつまんで説明しよう。
スコットランドの新プラントでは、大気中から回収されたCO2は、約2.4キロの深さの、多孔質層に送り込まれる。ちょうどスポンジの様なものだ。この多孔質層の上層は岩盤が蓋をする形になっており、原則的に漏れ出すことはない。さらに多孔質層に送り込まれたCO2は、多孔質層にあるミネラルと化合して結晶化され、強固に固定される。この方法はすでに産業界で長年の実績があるメソッドなのだそうだ。
さてそうなると問題はコストである。「DAC+ストレージ」では、従来の処理コストを大幅に下回る1トンあたり100ドル以下を実現したのだが、この場合、排出権売買という形でしか利益回収できない。つまりカーボンエンジニアリング社は「DAC+ストレージ」で地中に貯蔵したCO2のクレジットを、例えば自動車メーカーなどのCO2排出企業に売るわけだが、「100ドル以下」ではまだ少し高い。
しかしながら、各国の排出量削減目標引き上げによって、CO2排出権の取引額は値上がりを見せており、直近の実勢価格で64ドルと言うところ。最初の商用プラントでの価格であることを考えると、全く届かない差ではないように思われる。もちろんCO2取引そのものが相場ものなので、上がる可能性も下がる可能性もある。短期的には需要が高まるので上がりそうに見えるが、中期になるとそこはわからないとしか言えない。
カーボンエンジニアリング社のもうひとつのビジネスの種が、e-FUELだ。回収したCO2をH2と化合させてe-FUELとして販売する。つまり回収したCO2は、状況によって、排出権と合成燃料のどちらか利益の有利な側に任意に振ることができる。
さて、年間100万トンという数字をどう見るか? 2018年の日本のCO2排出量は11億3800万トン。まあ「DAC+ストレージ」で日本のCO2排出量を打ち消したいと言っても、全く釣り合わない。焼け石に水という表現しかない。
しかしながらこのプロジェクトのポイントは、採算が合う可能性を内包しているところにある。平たく言えば、これが儲かる様になれば、同様の施設が雨後の竹の子の様に増え続けて行くわけだ。逆に言えばあと一息の価格低減ができるか、あるいはCO2取引の相場がどうなるかが大きな分岐路になるということだ。
世界では今後もCO2の発生を抑制するプロジェクトが進んで行くだろうが、それと同時にCO2を大気から回収するこうしたプロジェクトが並行して稼働すれば、トータルでのCO2削減が早まる可能性はある。そこに関しては望ましいとしか言いようがない。
だからこそ、技術の選択肢は多い方が良いのである。想像もしてみなかった技術が生まれてくるし、それは他にも影響を与える。例えばこのカーボンエンジニアリング社の取り組みによって、e-FUELに多少なりとも福音がもたらされる可能性があると言うことだ。多様性は生き残りの鉄則である。
参照URL
カーボンエンジニアリング社
今回のまとめ
・カーボンニュートラルの目的は地球温暖化につながるCO2の削減にある
・大気中のCO2を地中に埋蔵する技術「DAC」が実用化に向けて研究中
・DACが採算ベースに乗れば、CO2排出量削減への取り組みが見直される可能性も
執筆者プロフィール:池田直渡(いけだ なおと)
1965年神奈川県生まれ。1988年企画室ネコ(現ネコ・パブリッシング)入社。取次営業、自動車雑誌(『カー・マガジン』『オートメンテナンス』『オートカー・ジャパン』)の編集、イベント事業などを担当。2006年に退社後スパイス コミニケーションズでビジネスニュースサイト「PRONWEB Watch」編集長に就任。2008年に退社。以後、編集プロダクション、グラニテを設立し、クルマのメカニズムと開発思想や社会情勢の結びつきに着目して執筆活動を行う。