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更新日:2024.08.19 / 掲載日:2024.07.26
認証不正問題に決着を【池田直渡の5分でわかるクルマ経済】
文⚫️池田直渡 写真●トヨタ
さて、6月7日に認証不正問題に関する解説記事を書いた。各社の不正内容を解説した記事だったが、その後メディアやSNSでの議論の展開をずっと眺めてきて、筆者がどう考えたかをそろそろまとめてみたい。
まず、大原則を述べれば「ルールを破った」ということで、該当事案は全部不正だ。各メーカーもそれを認めて謝罪会見を開いている。基準と違う以上、これはもう不正であり悪いことだった。ここをどうこう言う気は全くない。
問題があるとすれば、意図的な不正も、ヒューマンエラーも区別なく、基準と違えば「不正」と一括りにされてしまう制度設計である。その区別がない以上、トヨタは自主申告で「不正がありました」と報告するしかないし、国交省も「不正として取り扱う」しかない。繰り返すが現行制度の上でヒューマンエラーだからと言って無罪放免にせよという主張ではない。
歩留まり100(不良率0)を前提に生産管理は立ち行かないのは製造業の常識であり、人間は必ずエラーを起こす。認証試験も、当然歩留まり100は無理だ。どうしたってヒューマンエラーは発生する。これから先、「未来の話」として、そういうヒューマンエラーを全部十把一絡げで「不正」と定義していくならば、今後も同じ問題は何度でも再発するだろう。人が間違いを犯す生き物である以上これを無謬にする方法はないからだ。
そういう前提に立って今回の歩留まりを見てみよう。例えばトヨタの認証不正は20万件の中で6件。これは30ppmであり、自動車工場の平均不良率と同等である。それは人のエラー率として避けられない比率を意味しているように思える。
そして、常識的に考えて、30ppmの不正でメリットは出せない。やるならもっと大規模でやらない限り手間もコストも減らせない。これが少なくとも数万件単位で発生したのであれば、不正を働く動機になり得るが、30ppmばかりの不正には利益がなく、対して、今回の件で明らかな様に、わずかな件数であっても露見した場合のリスクは極めて高い。経営を揺るがす問題が発生する。少なくとも動機の面から意図的なものとは考えにくいわけだ。
そう考えると、今回不正と言われている問題は、おそらくは、トヨタの認証試験の担当者が、たまたまルールの解釈を間違ったり、認証と別に行われるJNCAPなどの試験データと取り違えて提出したり、あるいは試験機材を認証用ではなくJNCAP用機材を使ってしまったというヒューマンエラーだと考える方が妥当だと思える。
30ppmでも不正は不正。それは現状仕方ないが、今後のことを考えると、無謬以外認めないシステムには無理がある。歩留り100という不可能に挑む気概は評価できても、歩留り100でなければ厳罰というのは無茶である。
今回トヨタは不正で火だるまだが、ちょっと調べてみると国交省の方も「自国の産業の足を引っ張るのか!」という厳しい弾劾を受けて同じく火だるまになっている。どちらも得をしていないどころか、大変な目に遭っている。今回は規定上やむなしとして、万が一これを再発させれば、再びトヨタも国交省も火だるまになる。しかも今回よりおそらく火力が上がる。
双方の今後のためには、ヒューマンエラーによるものは「不正」とは別分類にすべきだろう。そこはリコール制度を見習って、やり直せるシステムを組み込むべきだ。もちろん意図的なものは不正であることは変わらない。しつこいが今回の不正をお構いなしにしろということではなく、今後の制度において、ヒューマンエラーを組み込んだシステムにアップデートする必要があると言うことを言っているのだ。それは自動車メーカーと国交省双方にとってこんなことを繰り返したくないのであれば早急に取り組むべき問題である。
問題は、今回、不正とヒューマンエラーの区別がなく全部が「不正」となったことで、事態を把握していないマスコミや自称専門家がセンセーショナルに強く批判をした結果、真実が伝わらないことだ。そもそも話が難しいのである。
一番顕著なケースが、トヨタの後突実験の話である。法規では1100kg(±20kg)の所で、1800kgの台車をぶつけてしまったという話。余談だが、これは後突時の燃料タンクの安全確認実験であって、「台車がぶつかっても燃料が漏れない」ことを確認する試験。なので「軽い台車だとエアバッグが開かない可能性がある」と言う話は試験内容に対する勘違いである。そもそも乗員保護の試験ではない。そういう試験内容の無理解を前提にした批判が膨大に発生していて、もはや正しい話を伝えることさえ難しくしてしまった。
例えば、重い台車なら「より厳しい条件だからいいではないか。国交省は無意味に厳しい」とする議論があって、これも記者会見の内容を誤解している。あの時豊田章男会長が「より厳しい条件」に言及したのは、「だから咎めるな」と開き直ったのではなく。衝突安全の不正と聞いて、不安に思っているユーザーに対して、「ルール違反をしたのは事実だが、より厳しい条件をクリアしているので、安全上の心配は要りません」ということを伝えたかったのだ。
ついでに言えば「1800kg想定のテスト結果が1100kgで必ずしも安全であるとは言えない」という説もそこそこ見る。科学的にはそういうこともありうる話だが、その立場だと国の1100kg基準では900kgの衝突の安全性は証明できないことになる。国交省の基準は1.1tの場合に限った安全性試験だとでも言うのか。負荷でも速度でも耐久時間でも、およそ試験がモデルケースを取るのは普通の話であり、一般論としては厳しい条件の方が難しい。そういう意味では限りなく詭弁である。
ということで、不正というエモーショナルな言葉が独り歩きして問題を複雑にしている。その結果誰も得をしていない。そういう意味ではファクトをファクトとして伝えずにスキャンダルに仕立てようとする大手メディアの責任は重い。
けれども、彼らが理解することは今後もないと思うので、専門家であるメーカーと国交省で早急にヒューマンエラーを組み込んだ新しい制度にアップデートして、次の火だるまを回避することに専念して欲しい。