車の最新技術
更新日:2021.12.27 / 掲載日:2021.12.23

ところで水素はどうなった?(前編)【池田直渡の5分でわかるクルマ経済】

文●池田直渡 写真●トヨタ

 12月14日に怒濤のBEV16台発表で、世間の度肝を抜いたトヨタだが、ネットでその反応を聞いていると「ようやく水素を諦めたか」的な論調も時折見かける。

トヨタの「バッテリーEV戦略」は「トヨタの将来戦略」の一部でしかない

 先週も書いた通り、トヨタが2030年までにBEVを30車種デビューさせ、ニーズがあれば350万台を生産するという発表は、全体のごく一部に過ぎない。水素やカーボンニュートラル燃料のプロジェクトも粛々と動いている。

 まず一番最初にあらためなければならないのは「どれかひとつしか選べない」という考え方だ。お金も人も技術も潤沢にあるトヨタは、可能性のある技術をしらみつぶしで進めるつもりで、別に水素をやるからBEVが疎かになるわけではなく、30車種、350万台のBEVと並行して、他のものも開発を進めるということだ。

 逆に言えばしらみつぶしの中には、かすりもしない外れが入っていることは「最初からカウント済み」である。一発必中で狙い澄ますのではなく、ブローニングM2機関銃で弾幕を張ればどれかが当たるし、それでダメならB29爆撃機を持ち出して絨毯爆撃でも構わない。数は力だ。38式歩兵銃で一撃必殺と精神論やロマンを唱えても物量には敵わない。どれかが当たれば外れた分など軽く取り戻せる。

 まさに第二次大戦中の日本軍と米軍で、選択と集中では物量作戦に敵わなかったのは歴史がすでに証明している。

自動車向け代替燃料は電気に決まったわけではない

 ということで、BEVはたっぷり見せてもらったけれど、水素はどうなっているのかという話である。

 まず、確認しておかなければならないことがある。これも大いに勘違いされやすいのだが、水素こそが次世代の主流だなどと、トヨタは思っていない。もちろん筆者も同じだ。バッテリー供給問題を抱えるBEVは、世界の車両を全部担うのは無理だろうが、少なくともある程度は普及する。それが30%なのか50%なのかは分からないが、当然残りの補集合がある。

 ここしばらくの間ならそこを担うのはHEVだろう。しかしHEVが50年以降のカーボンニュートラル時代に生き残るためには、燃料がカーボンニュートラル化する必要がある。「そんなもの夢のまた夢」と言うなかれ、ブラジルでは1970年代からバイオエタノールの実用化が進んでいて、すでにほぼ全てのクルマがバイオエタノールとガソリンのデュアル燃料対応になっているし、バイオエタノールを輸出する資源輸出国になるのはかの国の長年の夢でもある。ちなみにブラジルでは現在国内で消費しているバイオエタノールの6倍程度の生産余力があるとされている。

 しかしBEVだけで全てを担うのは難しい様に、おそらくカーボンニュートラル燃料も残り全てを賄えるかどうかはわからない。そこを埋める可能性があるのが水素である。

 今後再生可能エネルギー発電が盛んになれば、必ず余剰発電が発生する。日本では発生しなかったとしても、太陽光や風力発電に適した環境の国では必ず余りが出る。というか余剰が出ない様なら再生可能エネルギー自体が使い物にならない。

 再生可能エネルギーで有利な国は、例えばオーストラリアである。余った電力をどうするか? オーストラリア大陸の外に電線を引っぱるのは無理だ。

 では、アースで地面に棄てるのか? そうはならないだろう。余剰が出たらそれを貯めたくなる。ところが電気は電気のままでは保存できない。一般的な保存方法は、バッテリーに貯めるか水素に変換して保存するかだ。

 バッテリーに関してはすでに述べた様に、BEVを作る分すら不足している中で、インフラ電力用にも使いたいとなれば、クルマのBEV化が遅れる。だったら水素というのが基本的な考えだ。もちろん変換効率は決して高くないが、どうせ余剰なのだ。少しでも貯めて、輸出できた方が良い。

 そのためには水素運搬船を用意しなければならないし、日本に陸揚げ後の輸送方法の確立も必要だ。簡単ではない。しかし簡単ではないという意味で言えば、年間1億台分のバッテリー生産だって途方に暮れるくらい簡単ではない。色んな方法に分散してでもカバーしていかないと、カーボンニュートラルは達成できない。スタートラインがカーボンニュートラルの達成にある以上、色んな技術を発展させて、総和を100%に持って行く以外ないのである。

 という所まで書いて、文字数がだいぶ良いところまで来てしまった。水素を日本でどう使うかの話はまた後編として続けて行こうと思う。

今回のまとめ

  • ・トヨタは水素を次世代エネルギーの候補としているが主流だと決め付けていない
  • ・BEVとミックスして需要をまかなう次世代エネルギーには候補がいくつもある
  • ・水素の利用には障壁もあるが、それはどの次世代エネルギーにも言えることだ
この記事の画像を見る

この記事はいかがでしたか?

気に入らない気に入った

池田直渡(いけだ なおと)

ライタープロフィール

池田直渡(いけだ なおと)

1965年神奈川県生まれ。1988年企画室ネコ(現ネコ・パブリッシング)入社。取次営業、自動車雑誌(『カー・マガジン』『オートメンテナンス』『オートカー・ジャパン』)の編集、イベント事業などを担当。2006年に退社後スパイス コミニケーションズでビジネスニュースサイト「PRONWEB Watch」編集長に就任。2008年に退社。以後、編集プロダクション、グラニテを設立し、クルマのメカニズムと開発思想や社会情勢の結びつきに着目して執筆活動を行う。

この人の記事を読む

1965年神奈川県生まれ。1988年企画室ネコ(現ネコ・パブリッシング)入社。取次営業、自動車雑誌(『カー・マガジン』『オートメンテナンス』『オートカー・ジャパン』)の編集、イベント事業などを担当。2006年に退社後スパイス コミニケーションズでビジネスニュースサイト「PRONWEB Watch」編集長に就任。2008年に退社。以後、編集プロダクション、グラニテを設立し、クルマのメカニズムと開発思想や社会情勢の結びつきに着目して執筆活動を行う。

この人の記事を読む

img_backTop ページトップに戻る

ȥURL򥳥ԡޤ