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更新日:2022.01.21 / 掲載日:2022.01.21
ところで水素はどうなった?(後編)【池田直渡の5分でわかるクルマ経済】
文●池田直渡 写真●トヨタ
さて、過去2回に渡って、ポスト化石燃料の話、再生可能エネルギー大国の可能性について説明してきた。ではそこで作られたエネルギーはどういう使われ方をするのだろうか?
ところで水素はどうなった?(前編)【池田直渡の5分でわかるクルマ経済】
ところで水素はどうなった?(中編)【池田直渡の5分でわかるクルマ経済】
水素内燃機関の可能性
3回目の今回は、ちょっと現実性をひとまず措いて、夢のある未来の話をしてみたい。これまであまり知られていない水素内燃機関の可能性である。
これまでわれわれが見聞きして来た水素内燃機関と言えば、トヨタがスーパー耐久に送り出したカローラスポーツの水素エンジンだ。これはトヨタ自身が明確に言っているのだが、水素エンジンの使い方としてとても厳しいもので、むしろ向いていない。
しかし、向いていない厳しいことにチャレンジするからこそ技術は磨かれ発展するのだ。将来において、乗用車の水素内燃機関が実現する日は来るかもしれないが、やはりそれはずっと先の話で、それより早くやってくるのは商用車の水素内燃機関システムである。
水素エンジンはある種可変排気量的な要素を持っている。現在のディーゼル10リッター級のエンジンは、2段階過給で予圧縮を高めて熱効率を上げる必要があったが、水素ではこのターボが要らない可能性が高い。基礎排気量を上げて必要となる最大ピークトルクを稼げる能力を設定したら、あとは省エネ運転し放題なところがあるのだ。巡航時の様に最大パワーを発揮する必要がない領域では、燃料をとことん絞ってしまって構わない。いわゆる希薄燃焼に強いのだ。生憎ガソリンとの比較しか知らないが、水素は着火感度で10倍敏感かつ、燃焼速度で7倍の速さを持っている。希薄燃焼させて燃費を稼ぎたいのに「薄くて燃えない」という従来のジレンマがかなり簡単に解決する。とにかく簡単に燃えるのだ。
水素内燃機関は、ピークパワーを絞り出してずっと運転し続けるケースでは、燃焼室にホットスポットができて、早期燃焼が発生しやすく、そうするとエンジンが壊れる。だからレースで使うなど、本来もっての外なのだ。むしろ高速道路で長距離便を担う大型トラックの様なケースでは、発進や登坂の時だけピークパワーを使い、それ以外のシチュエーションではリーンバーンで燃費を稼げるという特徴が大いに生かせるのだ。
この特徴をもっと活かすには、常時リーンバーンで定格運転させて、発電機を駆動し、電気モーターで走るシリーズハイブリッドにもとても向いている。発進と登坂はバッテリーで補助してやれば済んでしまい、エンジンの構造も単純化できるため、コストは大幅に安くなる。従来のディーゼルと価格で勝負できる可能性すらある。
では燃料電池とこの水素内燃ハイブリッドはどっちが良いかと言えば、イニシャルコストではおそらく燃料電池の方が高く、水素内燃ハイブリッドの方が安い。
ランニングコストはわからない。というのも、燃料電池の場合、水素の純度が求められる分高品質な水素が必要だ。その代わり燃費が良い。この品質に依存する単価と燃費の掛け合わせがランニングコストになるのだが、流石にそれを類推できるほどにはデータが揃わない。
一方水素内燃機関で使う水素は、有害な混じり物が入っていない限りさほど純度は求められない。製鉄所や製油所、原発などから発生する副生水素は国内だけで400万台の乗用車を稼働できるほどある。5年ほど前の数字なので、国内製鉄所の高炉がいくつか閉鎖された今はもう少し少ないかも知れないが、このエネルギーを再利用できるとすれば、廃棄物のリサイクルエネルギーである。
もちろん、水素は電気ほどではないが貯蔵がそれなりに難しく、輸送にコストが掛かるところはないではないが、製鉄所や精製所があるようなコンビナートや周辺の工業地帯には当然多くの物流車両が立ち寄るので、かなりの地産地消が期待できる。それならば輸送コストの問題も相当回避できるはずだ。
水素は終わって等いない。くれぐれも勘違いしてもらっては困るのだが「BEVの時代ではなく水素の時代になる」とは一言も言っていないし、実際そんなにすぐに水素の時代は来ない。どんなに早くても10年、順当に言えば20年以上は掛かると思う。
しかしながら、適材適所のマルチソリューションにおいていつかはある程度のシェアを持つことになると筆者は見ている。もちろんその時代にはBEVも選択肢になっているだろうし、少しずつ合成燃料のハイブリッドも普及し始めているだろう。