新車試乗レポート
更新日:2022.05.28 / 掲載日:2022.05.28
【ダイナミック セーフティ テスト】日本で唯一の「動的安全性能テスト」とは【石井昌道】

文●石井昌道 協力●Start Your Engines(https://www.startyourengines.net)
モータージャーナリストの仕事は、新型車に試乗してメディアに論評を載せること以外にも様々なものがあるが、なかでも自分が気に入っていて毎回楽しみにしているのがDST(ダイナミック・セーフティ・テスト)のコ・テスターだ。

DSTは同業者の大先輩である清水和夫さんがテスターとして20年以上にもわたって続けている独自の安全性能および限界性能テストで、自分は8年ほど前からテスト車両の助手席に乗って情報を伝えたりするラリーのコ・ドライバーのような役割をしている。もともと、清水和夫さんとは別の仕事でもご一緒する機会が多く、DSTには強い興味があったのでテスト車両の運搬役を志願して押し掛け、いつの間にか助手席に収まるようになった。
テストは最新モデルの動的な安全性能を検証するのがおもな目的。テスト項目は0-100km/h加速、100-0km/hのブレーキ、ダブルレーンチェンジ、高速周回路でのフィーリング、ウエット路面での旋回ブレーキなどとなる。ESC(横滑り防止装置)などは作動させたままでその働き具合も重要なチェックポイントであり、ドライビングモードが切り替えられるモデルでは基本的にはデフォルト(一部でスポーツモードなどを試すこともある)。自動車ユーザーが、一般道で何らかの要因でパニックブレーキを踏んでステアリング操作で危険回避行動を行ったときを想定したもので、クルマ選びの一つの指標になるように考えたテストだ。欧米では、メディアや消費者団体などが同様のテストを行っているが、日本ではDSTが唯一であって意義深いものだ。だから、ばかにならない予算がかかって苦しいながらも続けてきている。テストではデータを測っていてそれを公表してもいるが、数字はあくまで参考であり、テスターの感性評価がユーザーにお伝えするべき情報だ。
いまどきの自動車はどれも良くできていて、ESCなども標準装着されているからそれほどの差が出ないのでは? と思われるかもしれないが、実際にテストしてみるとそんなことはまったくなく、また想像していたのとは違った結果になることも珍しくない。
0-100km/h加速テストは停止状態からアクセル全開で加速し、100km/hに達するまでのタイムを計測するシンプルなものだが、トルクコンバーター式ATやDCT、MTなどによる駆動伝達、あるいはFWD、RWD、4WD、重量配分などで発進時の実力に差があり、またエンジンやミッションのフィーリングが気持ちいいかどうかも重要なチェックポイントとなる。ポルシェ911GT3やケイマンGTS4.0などいまでは希少な高回転型NAエンジンのフィーリングにシビれるのはもちろんのこと、最近ではハイパフォーマンスなBEV(電気自動車)の、エンジン車とは違った異次元の加速フィーリングも見物だ。エンジン車ならば、どんなに速いクルマでも、アクセルを踏み込んでからガソリンがエンジン内部で燃焼・爆発しつつクラッチやトルクコンバーターでタイヤへ駆動を伝えていく課程があってドライバーおよび乗員はそれを感じているので違和感がないが、ハイパフォーマンスBEVはアクセルを踏み込めば間髪いれずに恐ろしいほどの起動トルクで加速体制に入るので異様な感覚に襲われる。身体だけ前に進んでいくが、脳みそはまだスタート地点にいるままかのような違和感があるのだ。
フルブレーキのテストでは、ペダルを踏み込んだ初期のバイト感(ローターとパッドがどれだけ強く噛みこんでいるか)や、踏み込んでいるときのペダルストローク量の変化、ABSの作動感が気になるポイント。絶対的な制動力もさることながら、安心感のあるフィーリングかどうかが試される。

ダブルレーンチェンジは、高速走行中に障害物が現れ、それを避けるためにレーンチェンジして、また元にレーンに戻っていくテスト。古くはメルセデス・ベンツの初代Aクラスやファイアストンタイヤを履くフォード・エクスプローラーが、外部団体による同様のテストで問題があり、回収騒ぎになったこともあった。このテストでは基本的な運動性能の善し悪しのほか、ESCの作動状態などで大きな差がでる。自動車メーカーの考え方によって作動状態はかわってくるが、あまりESCを作動させないでもてる運動性能をギリギリまで引き出して機敏に危険回避させようというタイプだと、最初のステアリング操作では素早く避けられたとしても、次にレーンへ戻ろうとするときに、動きが大きくなりすぎて破綻しそうになったり、ESCを大げさに作動せざるを得なくなることもある。それに比べると、最初のステアリング操作が急激であることから素早くてドライバーが危険回避しようとしていると察知してクルマ側が先回りして、ある程度はESCを作動させて速度を落とさせるタイプでは、その後の動きに余裕があってドライバーは落ち着いて操作できるし、破綻にも近づかないなど賢い制御になっていたりする。そのへんの塩梅によって評価がわかれてくる。

高速周回路でのフィーリングチェックは、乗り心地や操縦安定性、ステアリングフィール、音・振動などがチェックポイントであり、グランドツアラー性能が試されるステージだ。
ウエット旋回ブレーキテストは、ウエット路面を100km/hで走行中に障害物など危険を避けるためにフルブレーキとステアリング操作を同時に行うテスト。ブレーキ開始区間から曲率40Rで設置したパイロンに沿って減速しながら曲がっていけるかを試す。データとしては、制動距離、停止したときに前輪と後輪がそれぞれパイロンからどれぐらい離れているかのライントレース性を測っている。制動距離は短いほうがいいが、パイロンから遠ざかっていってしまえば、障害物にぶつかったり崖から落ちたりするかもしれない。制動距離とライントレース性のバランス、あるいはどちらを優先しているかなどもチェックポイントだ。これが差が出やすく、クルマの基本的な運動性能、タイヤの性能、ABSの効かせ方などで結果がかわってくる。曲がりながらのフルブレーキでは、ABSが路面ミューを誤判定してブレーキ液圧を抜き気味にしてしまい、制動距離が大きく伸びたり、曲がる力が弱すぎて軌跡が大きく膨らんでしまうこともある。全体的な傾向としては欧州車のほうがラインとレース性を重視しているように思われる。また、最近では燃費を重視しすぎるあまり、タイヤのウエットグリップが心許なく、想像以上に成績が悪いモデルもあったりする。一般道で試乗する限りは、けっこう優秀に思えたモデルが馬脚を表すこともあるので、こういったテストをやってみないと正確なところはわからないと思い知ることも少なくないのだ。
このウエットテストでは、広い場所で水を撒き、水深を一定にコントロールすることが重要だが、日本のテストコースでもっとも優れた設備を持っているのが、いつもテストを行っている福島県いわき市にある曙ブレーキのAi-Ring(テストコース)だ。東日本大震災では大きな被害を受けて一時期テストも行えなかったが、いまでは見事に修復し、ワインディング路なども新設されている。
今後は当コラムでも過去のテストの結果や助手席からのフィーリングチェックなども機会をみてお伝えしていきたいと思う。じつはステアリングを握っていないからこそ、フィーリングチェックに集中できるから、助手席インプレッションは意外なほど有効だと確信している。動的な安全性能の真実を楽しみにしていてほしい。