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更新日:2022.06.03 / 掲載日:2022.06.03

軽自動車BEVをどう考えるか?【池田直渡の5分でわかるクルマ経済】

文●池田直渡 写真●日産

 日産と三菱から軽自動車規格のBEVが発売された。世の中はもちろんウェルカムムード。「これで一気にBEVが普及するのでは」という期待が盛り上がっている。ご存知だとは思うが、この2台は兄弟車であり、煩雑さを避けるために、以後、日産「SAKURA」を例に話を進めるが、三菱の「eKクロスEV」も基本同じものと考えて欲しい。

 現状のインフラやバッテリー価格を考えれば、BEVは自宅充電を基本にした小容量モデルを中心に、近距離移動用モビリティに最も適性が発揮されるのは元々明らかだった。高価な大容量バッテリーを搭載して、車両重量にもデメリットを負いつつ、わざわざ不得手な航続距離に無理して手当するよりも、そこは使い方として航続距離が要らない用途で運用した方がメリットを引き出しやすいわけだ。

 SAKURAの、商品企画で面白い部分を挙げれば、まずはBEV専用ボディを使っていないこと。デイズ用のボディを上手く流用し、コストを抑える工夫をしている。それが成立したのは、シート下などのデッドスペースにリーフ用に開発したラミネート型バッテリーモジュールを分散して上手くレイアウトし、本来効率が悪くなりがちな電池レイアウトを合理的にまとめてみせたからだ。これによって、下は239万9100から、上は294万300円という価格を達成している。

 すでにご存知の通り、この高い方のモデルを東京都で買う場合、約100万円の補助金が付く。まあざっくり言って300万円のクルマに100万円の補助金が付くわけである。補助金絡みの話は地域とグレードで複雑なので詳細はここでは書かないが、最安のケースだと130万円ちょっとで買えることになる。

 要するに環境のために良いことだから、多額の補助金を投入したという話である。さてこれをどう捉えるか。この制度が効力を発揮すれば、軽自動車のEVがどんどん増えるはずである。増えなければ制度そのものが不発ということだ。

 軽自動車の販売台数は乗用から貨物まで全部ひっくるめた雑な集計で年間約200万台ほど、仮にこの半分がBEVになった場合の補助金は1台100万円の単純計算で年間約1兆円。

 もちろんこうした補助金制度には上限が設定される場合がほとんどで、その上限は交付元によってそれぞれ違うし、大抵は年度で交付額が変わる。なので実際に1兆円まで到達することなく補助金は打ち切りになる。というかそんな財源はないのは誰の目にも明らかだろう。

 ではその補助金を外していく出口戦略はちゃんと立てられているのだろうか? 仮に、100万円をある時に一気に廃止したら、その瞬間に軽BEVマーケットは即死する。

 それでは役所もメーカーもユーザーも色々と困るので、おそらく段階的に交付額を減らして行くことになる。例えば半年毎に20万円ずつ、2年半掛けて廃止するとしたら、マーケットはどうなるだろうか?

 仮に4月と9月を切り替え時期とすると。当然補助金が減る3月末に大量の駆け込み需要が発生する。補助金は役所の制度なので、3月末日に遅れれば交付額が引き下げられる。

 なので、駆け込み需要分を生産するために生産ラインはフル稼働。販売店は納車遅れリスクを回避するために早期に期限内補助金利用の受付を打ち切る。その後で間に合うつもりで来店した客は多分そう簡単に納得してくれない。

 そして締め切りを過ぎた途端、需要がピタッと止まり、今度はフル稼働から一転、大減産。こういうのは製造業にとっては最も困るパターンだ。そしてこういうショックが何度も繰り返されることになる。

 もう一点、先に書いた通り、補助金の交付額には地域差がある。では中古車マーケットの査定基準はどこに設けられるのだろうか? 一般に市場価格は、新車の最安値を元に形成される。となると補助金が少ない地域で買った人は、補助金の差額分を、査定額で損をすることになる。これは市場形成次第の話ではあるが、またぞろBEVは下取りが悪いという評判を繰り返しかねない。

 こうした諸々が何を意味しているかと言えば、BEVの実力がまだ足りないという現実を端的に表している。本来、補助金を使わずに価格低減を進めなくてはならないのだが、既存のシャシーとバッテリーを流用して、必死にコストを圧縮してもまだ価格的には商品として成立していない。

 だからこそ補助金ということになるのだが、補助金はそもそも麻薬と同じ、一度使うとそこから抜け出すのがとても難しい。

 役所の資料を見ると、補助金で弾みを付けている間に、量産効果によってコストが下がって行く。その間の臨時措置として補助金を使うというスタンスである。

 「ムーアの法則でバッテリー価格の低減は進み、2021年には内燃機関車両を買うことに経済合理性を失う」などという与太記事を拡散していたインチキ学者とBEV信者の話を信じてしまったせいで判断を誤った形だ。

 半導体とバッテリーを一緒くたにして考えるからそういうことになる。半導体は集積率を上げることで性能が向上して、原材料価格が変わらないままコストが下がっていくが、バッテリーの能力を向上させようとすれば、能力に比例して原材料が必要で、結局原材料相場に支配される。みんなが一時期にバッテリーを作ろうとすれば、需要と供給の関係が変わって原材料費は高騰する。つまり「補助金で弾みを付けている間に、量産効果によってコストが下がって行く」どころか、むしろ「補助金で弾みが付いた結果、原材料供給不足でコストが上がって行く」のである。

 ということで、軽自動車のBEVは、商品企画の方向性は明らかに正しい。なのだが、現実の話として、まだまだ価格が高すぎる。それを解決するための補助金は必要なのだが、周到な出口戦略を立てておかないと、そのツケを後で払わせられることになり、場合によっては軽BEVの未来に暗い影を落としかねない。

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池田直渡(いけだ なおと)

ライタープロフィール

池田直渡(いけだ なおと)

1965年神奈川県生まれ。1988年企画室ネコ(現ネコ・パブリッシング)入社。取次営業、自動車雑誌(『カー・マガジン』『オートメンテナンス』『オートカー・ジャパン』)の編集、イベント事業などを担当。2006年に退社後スパイス コミニケーションズでビジネスニュースサイト「PRONWEB Watch」編集長に就任。2008年に退社。以後、編集プロダクション、グラニテを設立し、クルマのメカニズムと開発思想や社会情勢の結びつきに着目して執筆活動を行う。

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1965年神奈川県生まれ。1988年企画室ネコ(現ネコ・パブリッシング)入社。取次営業、自動車雑誌(『カー・マガジン』『オートメンテナンス』『オートカー・ジャパン』)の編集、イベント事業などを担当。2006年に退社後スパイス コミニケーションズでビジネスニュースサイト「PRONWEB Watch」編集長に就任。2008年に退社。以後、編集プロダクション、グラニテを設立し、クルマのメカニズムと開発思想や社会情勢の結びつきに着目して執筆活動を行う。

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