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更新日:2023.03.24 / 掲載日:2023.03.24

液体水素の超可能性【池田直渡の5分でわかるクルマ経済】

文●池田直渡 写真●トヨタ

 3月18日、19日の鈴鹿S耐を欠場した液体水素燃料を使ったGRカローラについて、前回その原因となった火災の顛末を記事化したが、今回は鈴鹿に出向いて水素関係のさまざまなエンジニアに聞いた液体水素燃料の可能性について書いてみたい。

 液体水素の採用については、ベーシックに、メリットは2つある。従来、気体水素で航続距離を伸ばすためには70MPa(≒700気圧)という超高圧に圧縮していた。それだけの高圧に耐えるためには、物理的に耐圧性能に優れた球形もしくは円筒形の特殊なタンクを使うしかなく、どうしても搭載性に難が出る。液体水素にすれば常圧(大気圧)で搭載できるため、タンクの形状が自由にでき、床下搭載であろうがトランク下であろうが、空きスペースを有効に使える。

東京オートサロン2023で公開された水素エンジンを搭載した「AE86 H2 Conept」
水素タンクはラゲッジルームに搭載されている

 GRカローラに使われている耐圧タンクは円筒形だが、それだと長さと径を具体的に確定しないと比較しにくいので、あくまで参考として、球の体積と、球が内接する立方体の体積を比較してみると以下の様になる。

球:4/3πR^3
立方体:(2R)^3

 比率としてはπ : 6、つまり概ね球の1.9倍程度の体積が得られる。加えて、常温水素に対する体積密度は70MPaの圧縮気体水素が700倍、対してマイナス253度の液体水素は約800倍なので約1.14倍向上する。よって同じ体積あたりの効率は約2.2倍に向上する。トヨタMIRAIの一充填航続距離が約750キロなので、ちと乱暴だが、上の計算に基づいてタンク形状の変更によるタンク容量の増加と、液化による体積密度の向上分を元に得られる航続距離を単純計算すれば1600キロを超えることになる。これにFCスタックの効率向上が加味されたら果たしてどういうことが起きるのだろう?

 とは言え、マイナス253度は尋常ではない。そんな極低温に維持するには莫大なエネルギーを掛けて冷却し続けなくてはならないではないか。と思って、川崎重工と岩谷産業のエンジニアに聞いたら、むしろ怪訝な顔をされた。話を端折ると、魔法瓶式の断熱で全然問題ないというのが彼らの主張だ。

 川崎重工の技術説明を見ると、「当社が建設した JAXA(宇宙航空研究開発機構)種子島宇宙センター向けの国内最大LH2タンク(容積600m3)の外観を図4に示す.本LH2タンクは低真空断熱のパーライト真空断熱を採用した二重殻式球形タンク形式で,蒸発率は0.18%/d以下である.米国NASAの世界最大3,200m3のLH2タンクも同断熱方法を採用した二重殻式球形タンクである」と言うこと。ちなみにLH2は液体水素、蒸発率の/dは1日あたりという意味だ。

 蒸発率を高いと見るか低いと見るかは人それぞれかもしれないが、筆者が想像するより遥かに低かった。しかし少量とは言え、街場で蒸発した水素を排出したら、危ない。先週の記事で書いた通り、それで車両火災が起きているではないか。

 と言う話をしたら、トヨタのエンジニアは「ボイリング(蒸発)した水素は、エネルギーなので、外に捨てずに小型の燃料電池で発電に使ってしまえばいいのです」とまたびっくりすることを言う。ああ、なるほど。BEVは駐車しているとバッテリー残量が減って行くが、液体水素+燃料電池だと少しずつバッテリー残量が増えて行くのかと。

 「それだけじゃ無いんですよ。これまでクルマにはいろんな発熱源はありましたが、冷却冷媒、それもマイナス253度なんて極低温のものが搭載されたことはないのです。これを使ったら、色んなものを冷やせます。例えば水素ICE、液水で冷やしてやればラジエターが要らなくなります。グリルが無くなってデザイン自由度も上がりますよね?」

 あ……、いや、待てよ、どうせ燃料電池を使うなら、最初から水素ICEではなく、液水FCVだったら、そのまま発電まで賄えてしまうではないか。しかもありがたいことに蒸発率は0.18%/dでちょっとずつちょっとずつ水素が発生してくれる。常時発電による電力常時供給なら、クルマは電源オフの時間が無くなる。コネクテッドも常時接続だから、OTAも全てリアルタイム。セキュリティにも電力を回せる。発想を転換すれば他にも使い道はいくらでもあるだろう。

 と言ったら、「そうですね。それともう一つ、マイナス253度だと、超伝導の世界がやってきます」。

 ……、ということはアレか、理屈の上ではコイルがあれば永遠に発電を続ける永久機関ができるかもしれない。液水FCVと超伝導コイルの永久機関によるハイブリッドの誕生である、超伝導モーターを使ったら、モーターのサイズが1/10に小型化できる

 モーターサイズが1/10になれば、インホイールモーターを各車輪に付けて、個別制御が可能になるかもしれない。同じサイズなら出力は3倍だ。クルマのパッケージは本格的に大変化を起こすし、駆動力のベクタリングで運動性能も異次元に変わるだろう。余談だが、トヨタが今駆動力制御に熱中しているのは、スバルとのbZ4X/ソルテラの共同開発で得た知見による部分も大きいが、電動化の未来を考えれば、各輪個別制御のベクタリングは絶対に視野に入ってくるからだ。

 ということで、今回はあえて細かいツッコミはせずに、未来へ向けた可能性をお届けしてみた。こういう原理的なアイディアの話と、それを具体化するエンジニアリングの間には深い溝がある。それは当たり前のことだ。単純に考えても、水素は水ほど熱容量がないから、本当にそこまで冷やせるのかとか、漏れたら面倒な水素をそんなにあちこち引き回して、漏れないようにできるのかと言った問題はあるのだ。

 ただ伝統的な自動車メーカーは、いつもそういう細かいことばかり言って、大衆に向けたわかりやすい技術の夢を発信する機会を逃してきたのも事実だ。その辺はテスラが抜群に上手い。大抵の発表は、すぐに思いつく様な重大なエンジニアリング的課題を積み残しているのだが、夢は大きいし何よりインパクトがある。

 先日発表された塗装済みのボディパネルを組み立てて車両を作ると組み立て効率が良いという話だって、誰でも思いつくレベルで、先に塗装したら溶接できないはずなのにどうやってパネルを接合するのかという肝心な部分には何一つ言及していない。

 あるいはギガプレスについては、かつて筆者がnoteにエンジニアリング的な疑義を書いている。

 「そういう細かい部分は言いなさんな」方式で、ファンの熱狂を誘い、投資を呼び込むことがもはやスタンダードになりつつある今、正直さと誠実さで全てをちゃんとしようとすると、後ろ向きだの出遅れだの言われるのだから、委細は構わず夢を語ってしまうことも大事なのかもしれない。

 なので、テスラのやり方をリスペクトして、その伝で言うと、液水は電動車の再発明であり、全てのBEVを時代遅れにする画期的な技術である、という話になるのだ。

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池田直渡(いけだ なおと)

ライタープロフィール

池田直渡(いけだ なおと)

1965年神奈川県生まれ。1988年企画室ネコ(現ネコ・パブリッシング)入社。取次営業、自動車雑誌(『カー・マガジン』『オートメンテナンス』『オートカー・ジャパン』)の編集、イベント事業などを担当。2006年に退社後スパイス コミニケーションズでビジネスニュースサイト「PRONWEB Watch」編集長に就任。2008年に退社。以後、編集プロダクション、グラニテを設立し、クルマのメカニズムと開発思想や社会情勢の結びつきに着目して執筆活動を行う。

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1965年神奈川県生まれ。1988年企画室ネコ(現ネコ・パブリッシング)入社。取次営業、自動車雑誌(『カー・マガジン』『オートメンテナンス』『オートカー・ジャパン』)の編集、イベント事業などを担当。2006年に退社後スパイス コミニケーションズでビジネスニュースサイト「PRONWEB Watch」編集長に就任。2008年に退社。以後、編集プロダクション、グラニテを設立し、クルマのメカニズムと開発思想や社会情勢の結びつきに着目して執筆活動を行う。

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