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更新日:2022.02.25 / 掲載日:2022.02.25
マレリの経営再建(見通し編)【池田直渡の5分でわかるクルマ経済】

文●池田直渡 写真●マレリ さて前回の記事では、マレリが統合されていった歴史的流れと、今回の経営再建とはどういうものかを俯瞰的に説明した。
マレリの事業がストップすると業界にどのような影響が及ぶのか
今回は、主に自動車業界におけるマレリの役割と、万が一の場合の影響範囲を押さえながら、未来への見通しを説明してみたい。 まずは、仮定の話として世界第7位の部品メーカーが事業を完全にストップさせた場合の影響だ。前回丁寧に解説したつもりだが、「事業再生ADR」による再建のケースでは、主要事業が継続できなくなることは一般的にはない。 それは前回書いた様な様々な救済制度があるからだが、ではそれらの救済制度が何故必要なのかと言えば、社会的影響があまりにも大きすぎるからだ。まずは取引先を見てみよう。マイナビの会社データによれば、マレリの主要取引先は50音順で以下の通りである。 アウディ社、いすゞ自動車(株)、GM社、GEELY社、スズキ(株)、(株)SUBARU、ダイハツ工業(株)、ダイムラー社、日産自動車(株)、日野自動車(株)、、フォルクスワーゲン社、プジョー社、本田技研工業(株)、マツダ(株)、三菱自動車工業(株)、UDトラックス(株)、ジャガー・ランドローバー社、ルノー社 他 仮に、マレリが部品の納品を止めると、これらのメーカーで車両生産が止まる。ここしばらくの部品不足で何が起こったかを考えれば、想像しやすいだろう。 各社のラインが止まれば、それらの車両生産に必要とされる他サプライヤーの部品もまた巻き添えを食って需要が止まる。それによって引き起こされるのは連鎖倒産の一種である。そうなれば多くの自動車メーカーと部品サプライヤーの経営を圧迫し、自動車産業全体にパンデミックの様にリスクが拡大してしまう。 そういうことを引き起こさないために、事業再生ADRでは発動後に発生した債権の回収に優先権を与える。さらに、一般的には、リスクプレミアムが上乗せされて、納品原価が引き上げられる。こうしたインセンティブの付与により、これまで悪化していた取引リスクは改善され、取引継続のメリットが与えられるわけである。 一方で、当然ながら過去の債権は回収のプライオリティが下がるわけだが、それを飲んででも、事業を再編しなければ、過去の債権が紙くずになってしまう。だから商流を止めず、債権者が一丸となって事業継続を応援する。というよりせざるを得ない状態になっているわけだ。 国や自治体、組合なども、自動車業界全体のクライシスを引き起こしても良いことはひとつもない。失業率の悪化による税収の落ち込みや、失業保険などの給付増に加え、組合も構成する人数が減る。彼らにとっても、当然予見しうる巨大リスクを回避するために、事業再生ADRを支援するスタンスを取ることに合理性があるのだ。誰もが再生に協力する状態にあるのが今回のケースである。 という話を理解すれば「すわ日産の危機」みたいな単純な勘違いは起こさずに済むだろう。 さて、ではマレリは、みんなのリスクを回避するためだけに蘇生されるのかと言うと、そうではない。マレリ自身に成長ビジョンはしっかりある。再生後に旧来的事業をただ進めていくわけではなく、未来に向けた事業計画がしっかり存在していることについて説明しよう。
マレリはすでに未来に向けて準備を整えていた

前回も書いた通り「淘汰されていく内燃機関の部品を作っているサプライヤーに未来はない」的なノイズにまどわされてはいけない。まずグローバルで見て97%のクルマには内燃機関が搭載されているという事実を直視するべきだ。現時点でBEV用部品の売り上げが内燃用部品の売り上げを上回る時がいつ来るかを予想できる人はいない。 マレリがこれまで作って来た商品は自動車産業の97%において主力であり、今すぐそれらから撤退するのは、時期尚早も良いところだ。例えて言えば「こどもが生まれたから、引退してこどもに大黒柱の座を譲ろう」みたいな話であり、生まれたてのこどもがこれから成長して独り立ちしていく長い道のりを養う話がすっぽり抜けている。 自動車メーカー各社の決算を見ていればわかるが、BEVにはまだまだ多額の研究開発費が必要であり、それを稼ぎ出すのは旧来の部品だ。もちろん次への投資をして次世代ビジネスを育てていくことは重要だが、それは現在のビジネスを止める話とは全く別である。こどもの未来を考える話は、自分が仕事を辞める話ではないのと同じである。 さて、ではマレリのその未来戦略だが、その象徴とも言えるのがハイリマレリだろう。ハイリマレリは、中国の海立(ハイリ)とマレリが2020年に調印し、2021年に合弁会社として設立した会社で、彼ら自身の説明を要約すると「ハイリとマレリの技術的・販売的強みを組み合わせて誕生した世界的な自動車システムサプライヤーであり、コンプレッサーとHVAC ( 暖房・換気・空調 ) の電動化、およびヒートポンプシステムに特化した事業を展開する」という。 前回も説明したが、恐らくは低価格BEV用のバッテリー熱マネジメントシステムと、空調の機能を統合した車両トータルの熱マネジメントシステムの専業社ということになる。そしてBEVの世界最大マーケットである中国を拠点のひとつとして、現地資本とのジョイントを済ませてあるわけだ。中国ではBEVは明らかに国策の一部なので、共産党とツーカーな関係にある中国企業なしに、事業を成功させることは難しい。 くどいようだが、これがマレリの稼ぎ頭になるにはそれなりに時間がかかるだろうが、今後の電動化時代に強く求められる技術と、最大マーケットである中国での展開に然るべき手を打ってあるという意味で、完成度の高いプランである。 ということで、マレリの現状を踏まえ、再建プランの概要と、再建後の発展可能性についてざっくりとまとめてみた。このニュースの理解の一助になれば幸いである。
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