電子機器に使われる電流には直流(DC)と交流(AC)があります。電気の使い道によりそれぞれ向き不向きがあり、両者を使い分けることで、私たちの暮らしはより便利なものへと進化してきました。
今回紹介するインバーターという電子機器は、DCをACに変換する部品です。ハイブリッド車では、インバーターの働きにより課題とされていた電力エネルギーによる長距離走行を可能にしています。
インバーターの重要性を知り、より長く使うために適切なメンテナンス方法を覚えましょう。
ハイブリッド車の高効率走行を実現するインバーター
近年は、再生可能エネルギーを由来とする自動車が急速に普及しています。中でも代表的なのが電力をエネルギーとした自動車で、電気自動車(EV)はもちろん、ガソリンと両立できるハイブリッド車(HV)やプラグインハイブリッド車(PHEV)も人気です。
電気をエネルギーとするには電気の貯蔵と使用の2段階で扱う必要があります。貯蔵局面では直流(DC)を利用し、使用局面では交流(AC)を利用することで、効率的なエネルギー活用が可能です。
このDC-ACの切り替えは、ハイブリッドシステムに搭載されているインバーターの働きによるものです。モーターを動力とする車の、まさしく核ともいえる部品で、電流の変換だけでなくモーターの回転制御の役割も担っています。
インバーターは交流電流を扱う装置
インバーターは、ACを扱う機器に取り付けられる部品です。DCをACに変換する機能を持ちます。
インバーターそのものは車以外にも洗濯機や冷蔵庫などの家電製品にも使われている部品です。電子機器ではACを扱うものが多いため、蓄えられたDCをACに変換する必要があります。
HV・PHEVでも走行時にはACを扱うため、車内にインバーターが内蔵されています。
効率的な送電のために使われるのが、電圧を変えられるACです。世の中の送電網はACが使われることを前提に整備されています。多くの電子機器は送電されたACをそのまま使えるよう、ACに対応した製品となっているため、DCにより蓄えられた電力でもACに変換するインバーターが重要な役割を果たします。
まずは、直流電流(DC)と交流電流(AC)の違いについて解説します。
DCとは、一定の方向にのみ流れる電気のことです。電池やバッテリーなどから得られる電気はDCです。電圧が常に一定であるため、電子回路やバッテリーによく使われています。
また、精密機器に使われる半導体チップは決められた電圧のもとでしか動作しません。使用中に電圧が変動すると誤作動やデータの破損に繋がります。このためスマートフォンやパソコンはDCを利用して作動しています。
安定した電圧を必要とする機器にはDCが向いているといえるでしょう。
常に一定の方向に電流が流れるDCに対して、ACは電流の向きが周期的に入れ替わります。プラスとマイナスも一定の周期で繰り返し入れ替わっており、電圧も常に変動しています。
電圧を変える手段が乏しい時代はDCにより送電網を整備しようとしていましたが、低電圧では遠くまでエネルギーに無駄が生じて遠くまで送電できず、高電圧では家庭用電力として安全に使えないという問題が生じていました。
しかし、変圧器の普及によりACの扱いが可能となり、電圧を変えることで長距離送電と安全な家庭用電源としての活用を両立できるようになりました。
発電所から送電される電力を使うコンセントではACが使われるため、家電などの家庭用電子機器はほとんどがACに対応しています。
ハイブリッド車におけるインバーターの役割
HV・PHEVで使われる走行に必要な電力エネルギーとして使われているのはACです。インバーターはガソリン車にも搭載されていますが、走行に必要なエネルギーとしては使われないため、せいぜいエアコンや内部機器の起動、ヘッドライトなどの点灯に限られます。
一方、HV・PHEVはACを使うことで航続距離の延伸のためより効率的にエネルギーを活用しなくてはなりません。ガソリン車に搭載されている電気よりも高出力、高電圧、高効率が求められるため、インバーターを使った高性能な電流変換のためのシステムが必要です。
ここではHV・PHEVにおいてのインバーターの役割について詳しく解説します。
HV・PHEVのインバーターは電動モーターで駆動する自動車用に作られています。供給源や発電源から車内で電力を貯めておく駆動用バッテリーに送られる電気はDCです。一方、走行や車内機器に使われる電気はACであるため、インバーターは駆動用バッテリーと電動モーターをつなぐ部品です。
このように直流バッテリーと交流モーターを動作させるためにDCとACを切り替えるインバーターを「DC-ACインバーター」と呼びます。
HV・PHEVでは、直流バッテリー・電動モーター・DC-ACインバーターの3つの機器により高効率電力エネルギーを生み出す「ハイブリッドシステム」が搭載されています。
自動車で使われる電流を蓄えておくための駆動用バッテリーは、構造的にDCしか使えません。
例えば、トヨタのプリウスに使われているニッケル水素やリチウムイオンを素材としたバッテリーも直流バッテリーです。車で電力エネルギーを使うには給電もしくは発電による電力貯蔵が必須であることから、インバーターによる電流変換もまた必須であり、高効率エネルギー活用のために最適化された仕組みといえます。
動力となる電動モーターではACが使われていますが、HV・PHEVで使われているのは「3相交流モーター」と呼ばれる電動モーターです。
ACはプラスとマイナスが一定の周期で繰り返し入れ替わる電流であることを解説しましたが、3相交流とは、向きがずれた3本のACを同時に流す方式をいいます。異なる3つの位相の電流を同時に駆使することで、高効率かつスムーズな始動を実現する他、モーター自体の耐久性も向上しています。
直流モーターでは電流の切り替えのために、ブラシと呼ばれる接点に、物理的な負荷をかける必要がありました。3相交流モーターではブラシを必要とせずハイブリッドシステムで電流の切り替えができるため、ブラシレスモーターとも呼ばれます。物理的な接触がないため、摩耗などによる消耗がなく、部品の寿命を長く保てます。
HV・PHEVで使われるインバーターには2つの役割があります。
1つ目はインバーターの本来の役割であるDCとACの変換です。
2つ目は交流モーターの回転制御です。
先ほど解説した3相交流モーターでは3本の電流を同時に流す必要がありますが、その複雑な制御もインバーターにより行われます。
インバーターでは運転者のアクセル、ブレーキ操作に合わせて複雑なモーターの回転制御が自動でなされており、頻繁に速度の加減速が発生する自動車において特に重要な役割です。
複雑な仕組みで高価格な部品ではありますが、エネルギーの効率的な活用だけでなく、滑らかな動作を実現しています。また、物理的な負荷なく回転制御ができるため、部品の劣化が少ないのもメリットです。
インバーターの回路構成
車に搭載されているインバーターは、電流の変換と高度な回転制御を実現するために、様々な部品が組み合わさって構成されています。
ここでは、インバーターを構成している各部品と、それぞれの役割について解説します。
構成部品を知ることは、故障時にどこに原因があるかを突き止めるために重要な情報です。電流の変換のプロセスにも注目しながら覚えておきましょう。
ノイズフィルタは、DCが交流に変換される前に通る回路に組み込まれており、インバーターの内部から、もしくは外部からのノイズを除去し誤作動を防止する機能を持ちます。大型インダクタとフィルムコンデンサーを組み合わせて構成されているものが主流です。
高耐熱性、高耐湿性、高耐衝撃性を持つと同時に安全性にも確保されており、AEC-Q200に準拠しています。AEC-Q200とは、車載向け電子部品の信頼性を評価する世界基準です。
DC-ACの変換をする前に電圧を計測する必要があるため、電圧変換回路の前に電圧計測の回路が組み込まれています。抵抗の両端の電圧を計測するために複数個所に及ぶ抵抗を接続する機能を持つものが主流です。
「チップ抵抗器」という薄膜構造かつ高性能な精密部品により、特殊回路の高精度化を実現しています。
インバーターのメイン機能である、DC-ACの変換を担う回路です。複数のスイッチング素子を用いて電圧を変換します。
スイッチング時に発生するノイズは大型のフィルムコンデンサーにより抑制し、スイッチング素子のON/OFF切り替え時に発生するノイズは素子ゲート端子に抵抗器を用いて抑制するのが主流です。
車両の停止時には、誤作動を防ぐためにフィルムコンデンサーに蓄積されたエネルギーを放出するため抵抗器を接続して放電します。高電力下での動作は、NTCサーミスタによる温度計測によりスイッチング素子の温度上昇を管理し故障防止機能を働かせています。
DC/DCコンバータはDCの電圧を変換する装置です。バッテリー内のDC200V前後の電圧を、12Vまで下降させています。
ハイブリッドシステム以外の自動車用の電子機器には12Vの電源が必要であるため、DCの電圧変換が必要です。しかし、インバーターによるDC-ACの変換を同時に行うのは非効率であるためDC/DCコンバータをインバーター内に搭載する必要があります。
ノイズの除去と主力の安定には導電性高分子ハイブリッドアルミ電解コンデンサという精密部品が使われており、電圧変換にはパワーインダクタを用いるのが主流です。DC/DCコンバータはインバーターと名称が似ており混同しやすいため、両者の違いをしっかりと把握しておきましょう。
コミュニケーション I/Fは、CANやEthernetなどの外部機器と2本の導線を使って接続するための通信回路です。
ノイズや静電気の混入による故障を防ぐため、トランシーバー回路にチップバリスタを搭載しています。チップバリスタは通信品質を維持しながらノイズ除去を担う精密部品で、通信速度が低速でも高速でも対応できます。
・高電力化
車の推進力を高めるためにはモーターの高出力化が必要であり、インバーターに使われる半導体も高電力に対応したものが増えている。
・小型化
高電力に対応するために部品が大型化すると重量が増えてエネルギー効率が低下し、車の航続距離が短くなるため、小型化・軽量化が同時に求められる。
・高耐熱化
部品の小型化が進むと、高出力に対応するために発生する熱エネルギーの単位面積あたりの負荷が増加する。熱は部品劣化の原因になるため、高電力化、小型化と同時に耐熱性も向上させる必要がある。
インバーターの故障と寿命
自動車の部品には全て決められた耐久性があり、設計段階で寿命が想定されています。また、ハイブリッドシステムはエネルギー負荷の大きいシステムであり、中でもインバーターは高電力を扱う過程で大量の熱にさらされるため、特に劣化の激しい部品です。
自身が乗っている車のインバーターも時には故障することもあり、いつかは寿命が来ます。いざというときにあわてず対処するためにも、故障の原因と故障時の動作を事前に知っておきましょう。
インバーターは車の走行中常に作動しているため、かかる負荷の蓄積により故障しやすい部品です。
近年は走行性能の向上がトレンドであるため、インバーターも200Vを超える高電圧を扱うシステムになったことから、より故障のリスクが高まっています。
インバーターには熱エネルギーを相殺するための冷却システムが備えられていますが、冷却システムが故障すると、熱による負荷でコンデンサーや半導体、絶縁部が損傷してしまいます。
インバーターのトラブル発生時にはフェールセーフシステムが採用されています。
フェールセーフとは、システムの故障時に安全を第一とした制御設計のことです。具体的には、ハイブリッドシステムがインバーターの故障を検知すると、車は走行を自動停止するようプログラムされています。故障を検知したときにはチェックランプが点灯し、システム異常のメッセージが表示されます。
故障時には事故のリスクを最小限にするよう設計されていますが、リンプモードと呼ばれる自動停止システムが作動してスローダウン状態となったときは、完全に停止する前に安全に車道の路肩に停止してください。
インバーターの故障を防ぐためのメンテナンス
インバーターが故障すると高額な修理費用が必要となる他、故障したその場で強制的に走行が停止されるため、同乗者や走行中の他の車にも迷惑がかかります。
極力故障を防ぎ、可能な限り長期間使用するために日ごろから行うべき適切なメンテナンス手法を覚えておきましょう。
次回車検時までの半年点検、1年点検のパックに加入し、専門業者による定期点検を受けられるようにしておきましょう。
定期点検では故障の最大の原因である熱負荷を防止する冷却ファンシステムが正常に作動するかをチェックする他、部品の接続の緩みや異音が発生していないかを確認します。
インバーターの正常な作動のためには、部品が清潔に保たれていることが重要です。部品に埃や汚れが付着していると冷却効果が低下し、熱負荷による故障のリスクが高まります。
定期点検時はもちろん、車の清掃の機会にはインバーターも手入れしましょう。特に冷却ファンや通風口は、汚れが付着しやすい箇所であるため念入りに清掃してください。
車の部品全般に共通するように、インバーターも経年劣化する部品であるため、定期的に交換する必要があります。
インバーター内の部品の損傷により故障した場合には、基本的にインバーター全体を交換しなくてはなりません。しかし、故障する前に部品の劣化を認識できれば、インバーター内の部分的な部品交換が可能です。特にコンデンサーやトランジスタは劣化しやすい部品と言われているため、早めの交換をおすすめします。
また、HV・PHEVはエンジン側だけとインバーター側との両方に冷却水の予備タンクが備わっているため、定期点検時に忘れずに交換しましょう。
インバーターは高圧電流を扱う部品であるため、メンテナンスには専門的な知識とスキルが必要です。したがって、素人が個人的に分解して内部に触れるのは非常に危険であるため、厳に慎みましょう。
定期点検は、専門業者によってなされるもので十分です。冷却水などは長持ちする成分が使われているため、減っていなければ頻繁に交換する必要はありません。過度にこまめな点検や交換を意識しすぎないようにし、メンテナンスは専門業者に任せましょう。