新車試乗レポート
更新日:2025.08.04 / 掲載日:2025.08.04
ムーヴのスライドドアが軽自動車に一石を投じる【石井昌道の自動車テクノロジー最前線】

文●石井昌道 写真●ユニット・コンパス
じつに11年ぶりのフルモデルチェンジを受けて7代目となったムーヴ。これまでは4~6年周期だったが、コロナの影響もあって通常よりも後倒しとなり、2023年に6代目の生産終了となったところで認証不正問題が起きて新型のリリースがかなわなくなった。結果的に11年ぶりとなってしまったのだ。
ムーヴは代替えで乗り継ぐユーザーが多いとのことでお待たせしすぎてしまった感もあるが、その分発売から1ヶ月での受注が月販目標6000台の5倍にあたる3万台を超えたという。

新型ムーヴの最大のトピックスはスライドドアの採用だろう。現在、軽自動車でのスライドドア比率は約6割にものぼるうえに、一度その便利さに慣れた人はヒンジドアを選択しない傾向もある。
そもそもスライドドアはダイハツ・タントなど全高1700mmを超えるスーパーハイトワゴンで広まったもので、ムーヴなど全高1700mm以下のハイトワゴンではヒンジドアが一般的だった。そんななか2016年に登場したムーヴキャンバスがハイトワゴンとしては初めてスライドドアを採用したところスマッシュヒット。派生モデルでありながらヒンジドアの6代目ムーヴを上まわる販売台数を記録し続けたのである。新型がスライドドアを採用するのは当然の流れであり、ムーヴキャンバスを参考にすれば簡単に造れると想像できる。
ところが、これが意外と難しかったとのこと。
ムーヴキャンバスはミニバス感を醸し出すスタイリングで、フロントウインドウおよびAピラーの角度が立っているのに対して、ムーヴは4代目から採用されたワンモーションフォルムがアイデンティティのひとつとなっている。代替えで乗り継ぐユーザーが多いこともあってムーブらしさは重要で、新型でもフロントウインドウおよびAピラーの角度は寝かせ気味。これとスライドドアの組み合わせが難しいのだ。

スライドドアは開口部を広くとらないと使い勝手が良くないが、開けたときのドア後端がボディ後端よりもはみ出してはいけない。必然的に車体中央のBピラーは、ヒンジドアのモデルよりも前寄りになる。そこに角度を寝かせたフロントウインドウおよびAピラーを組み合わせるとフロントドアの上部が狭くなり、乗降性や居住性に悪い影響をもたらしてしまう。その折り合いを付けることに苦労したそうだ。
全高を高くすれば少しは楽になりそうなものだが、スーパーハイトワゴンよりも低いことで走りやスタイリングの良さがあるのがムーヴらしさでもあるので、全高はムーヴキャンバスと共通の1655mmに抑えられている。結果的に、フロントウインドウを寝かせながらAピラーにサブピラーがあるカタチで成立させた。

試乗してみると、乗降性に問題はなく、視界も良好。フロントウインドウが立っていると上部の信号が見えにくいという課題があるが、新型ムーヴは垂直方向の視界が開けているから見やすく、そのおかげでヒップポイントを高くできて見晴らしもいい。スーパーハイトワゴンに近い利便性がありながら、全高の低さで動的質感はワンランク上。しかも、車両価格がリーズナブルだというのが新型ムーヴの魅力だ。

初代登場から30年が経ったいまでもダイハツの基幹車種であるムーヴは同社のタントに販売台数では圧倒されているが、スライドドア化で少しは流れがかわるかもしれない。軽自動車全体でみてもスーパーハイトワゴンが約5割なのに対してハイトワゴンは約3割となっているが、スズキのワゴンRスマイルもハイトワゴンながらスライドドアを採用して人気が高まっている。全高は高いにこしたことはないという価値感に変化が起こりそうだ。