新車試乗レポート
更新日:2024.02.28 / 掲載日:2024.02.28
砂漠の911!? 世界限定の「ダカール」を体験してみた
文●工藤貴宏 写真●澤田和久、内藤敬仁
「ポルシェ911」といえば、誰もが認めるスポーツカーの王道。世界中の運転好きが憧れるスポーツカーといっていいでしょう。
そんな911の魅力のひとつが豊富なバリエーション。もっともベーシックな「カレラ」をボトムに「カレラS」「カレラGTS」「カレラ4」、「ターボ」や「ターボS」に、さらに「GT3」などなど、公式ウェブサイトを見ると現時点(2024年2月)で26ものモデルが用意されています。いわゆる「グレード」ではなく、パワートレインもボディタイプも複数あるのですから凄いですよね。
砂漠もニュルも走れる「車高の高い911」
しかし、今回紹介するモデルほど個性的なモデルはないでしょう。その名は「911ダカール」。その特別なスタイルから、誰がみても、見た瞬間に911シリーズの中できわめて特別なモデルだと理解できるに違いありません。
個性的で特別な理由は、車高が高いから。これまでの911は、車高は低ければ低いほどスペシャルな存在となりました。一切の例外なく。でも911ダカールは正反対。車高を上げてきたのですから。
どのくらい高いかといえば、911のスポーツシャシー装着車に比べて50mmアップ。状況に合わせ、スイッチ操作でさらに30mm上げることも可能だから、最大で80mmのリフトアップとなります。昨今は「アゲ系」と呼ばれるリフトアップがドレスアップのトレンドのひとつになっていますし、なんとあのランボルギーニまでもがスーパーカーの「ウラカン」でリフトアップを実践。とはいえまさかポルシェが911でそれをやってしまう時代が来るなんて誰が予想したでしょうか。もちろん筆者だって思いもしませんでした。
でも、ポルシェが流行に乗ったドレスアップ車たちとは一味も二味も違うのは、単なるトレンドでこのクルマを作ったわけではないこと。実は歴史上のモデルのオマージュなのです。
そのモデルとは「ポルシェ953」。930型のポルシェ911をベースに高出力エンジンを搭載し283台のみ作られたその実験車両の最大の特徴は、駆動方式。なんと911のボディ初となる4WDだったのです。
ポルシェは1984年に、ロスマンズカラーまとったその953でパリ・ダカールラリーへ初参戦。そしてなんと初優勝。その後登場した「959」の実質的なプロトタイプといえば、イメージが湧くクルマ好きも多いかもしれませんね。
911ダカールの特徴である車高の高さも、オプションで用意されたロスマンズ(風)のカラーリングもそんな953にルーツがあり、単に「流行っているから」ではないのです。もちろん車名の「ダカール」はパリ・ダカールラリーからとったもの。そんなネーミングもファンからすればたまらなし、よくみるとゼッケンが「953」になっているのもポルシェ953への敬意というわけです。
そんな「911ダカール」は、ポルシェによると「砂漠もニュルも同じようにダイナミックに走れる911」なのだとか。ニュルとは、ドイツにあり「スポーツカーの聖地」と言われる超過酷なサーキットの「ニュルブルクリンク」のことです。そんな911はいまだかつてありませんでした。
では、車両チェックいきましょう。
ベースとなっているのは「911カレラ4 GTS」でエンジン最高出力は480ps。でも見た目はリフトアップにとどまらずGTSからかなり変更されていて、たとえば車体は大きなタイヤを収めるためのオーバーフェンダー装着に加え、フロント、サイド、リヤとも下部に接触をガードするプレートを装着。このプレートが樹脂ではなく厚さ0.8mmの鋼板だっていうのも「ホンモノ」を感じさせるポイントじゃないでしょうか。
フロントは専用バンパーに加えて、ボンネットフード先端はGT3風のエアアウトレットをステンレスで保護して装着。リヤスポイラーを固定式としているのも特徴です。
それにしても、標準装備するフロント245/45ZR19、リヤ295/40ZR20のラリータイヤは見た目もゴツくてとんでもない迫力。悪路でもパンクを防げるように補強された本格的なものですが、このタイヤにより最高速度(リミッター作動速度)は他の911よりちょっと抑えめ。といっても240km/hと日本で許される速度の2倍あるので、ドイツのアウトバーンで超ハイスピード移動しようなんていう人でない限りは心配はいらないでしょう。
凄いのは、車両重量(ドイツ式計測で1605kg)とベースとなったカレラ4 GTSに対してたったの10㎏しか重くなっていないこと。たくさんの装備が追加されているにもかかわらず、です。
その秘密は、徹底した軽量化。ボンネットやリヤスポイラーをはじめとする外装パーツのカーボン化にはじまり、軽量ガラス、防音材や遮音材の削減、軽量バッテリー、そしてフルバケットシートの装着にリヤシートの取り外しと軽量化の徹底ぶりはさすが。雰囲気だけであればそこまで必要ないと思わなくもないですが、「どうせやるなら競技にも使えるレベルで徹底的に作りこむ」というのがポルシェの考えなのでしょう。よくよく考えてみれば、そんな全力でかかるポルシェの哲学が911を孤高のスポーツカーとしているのだってことを実感しますよね。
ロールバーに囲まれる室内は意外に豪華
いっぽうでインテリアは、シェイドグリーンのインテリアトリムが911ダカールの特徴。ダッシュボードにもバックスキン調の素材が張ってあり、前を向いている限りはフルバケットシートを標準装備する硬派なモデルとは思えないほどの上質感です。いっぽうで後ろへ振り向けば、まるでジャングルジムのようにロールバーが組み込まれていてあたかも競技車両のように超スパルタン。後席にちょっと荷物を置く…なんてこともできず、買う人を選ぶことでしょう。
シャープではないが、それが魅力でもある
気になる運転感覚ですが、ひとことでいえば「新感覚だけど懐かしい雰囲気」でした。たとえばサーキット向けで最もストイックな「GT3 RS」はロールを最小限に抑えてカミソリのようにキレッキレの操縦性が特徴でそれはそれで楽しいのですが、911ダカールはそれとは対極。今どきの911とは思えないほどロールを許容し、穏やかな挙動で伸び伸びと走るのです。悪路走行まで考えしなやかさを重視したサスペンションセッティングだからそうなるのですが、むしろそれよりも感じたのは“穏やかさが心地いい”ってこと。
それはいうなれば「マツダ・ロードスター」を運転するときのような気持ちよさで、シャープさを突き詰めてきた911とは一線を画する新しい世界観だと感じました。運転感覚が軽快なのです。
いっぽうで、なんとなく「古いポルシェってこういう感じだよね」という気分になってくるのも気のせいではないはず。新しいけど懐かしい、ちょっと不思議な乗り味です。
もちろん、やわらかめのサスペンションとはいえ峠道を一切の不安感なく驚くほどのペースで走れるのはさすがポルシェ。そこから感じた印象から言えば、サーキットだってしっかり走りぬくでしょう。なにせコンセプトは「砂漠からニュルまで」ですからね。
まとめ
ちなみにこの911ダカールは、世界限定2500台。これまでのどの911とも違う特別なモデルだけあって、コレクターにとっては絶対に外せないモデルとなることでしょう。中古車として流通しても……プレミア価格は避けられないはず。
というわけで「911ダカール」は背の高い911。だけど、単に背が高いだけではなく、特別な世界観を持っているのです。こういう911も「大いにアリ」じゃないでしょうか。