新車試乗レポート
更新日:2024.02.25 / 掲載日:2024.02.02

ロードスター 記憶を刻むクルマ【池田直渡の5分でわかるクルマ経済】

文●池田直渡 写真●マツダ

 「財布の薄い若者にも手の届くスポーツカー」という枕詞は、かつて筆者が在籍していた『カー・マガジン』で、ライトウェイトスポーツを扱う時の常套句だった。

 歴史を振り返ると、車両企画の段階でコストに目を向けて開発された最初のスポーツカーは『オースチン・ヒーレー・スプライトMk1』。1952年に当時のBMC(ブリティッシュ・モーター・コーポレーション)傘下で生産・販売された最初の“企画意図を持ったライトウェイトスポーツ”である。

 BMCのレオナード・ロード(ランベリー卿)とドナルド・ヒーレーが、「スポーツカーの価格高騰によって、市場が小さくなっている。廉価で楽しいスポーツカーにマーケットがあるはずだ」と意気投合したところから企画がスタートしている。実に70年も前から「スポーツカー高すぎんじゃね問題」はずっと議論されているわけだ。

改良型ロードスターはヘッドライトやテールランプにLEDを採用

 いやまあ、マツダ・ロードスターのビッグマイナーチェンジの原稿を書くに当たって我ながら随分遠いところから書き始めたもんだと思うのだが、還暦を間近にした今になって思うのは、こういうクルマは若い人がある程度勢い任せで買って、20代、あるいは30代の人生を自分で彩るものだと思う。ジジィの余計な繰り言を述べれば、20代も30代も永遠じゃない。過ぎてみれば一瞬のことだ。まあ今は言っても伝わるまいが。

 多分ランベリー卿もヒーレーも同じことを考えていたのだと思うと感慨深い。コスパを重視する最近の若い人にとって、クルマを所持するのは無駄に思えるだろうが、“その時代のその日”の経験は金では買えない。

 コンビニでちょっと高い高級なおにぎりを買っても多分明日には忘れてしまう。そういう意味では、ほぼ価値がない。だからそういうものはコスパで考えて良いと思う。だけれど一生忘れられない1食に1万円払うことは、多分価値がある。思い出す度に心を豊かにしてくれるし、そうした経験の積み重ねが食に対するある種の見識に昇華されて行くのだと思うのだ。

 そしてロードスターは、多分あなたの青年期にそういう記憶を刻んでくれるクルマである。歳を経て思うが、多分教養というのはそうやって蓄積された(良い意味でも悪い意味でも)忘れられない記憶の地層なのだと思う。

インテリアではメーターパネルや進化したマツダコネクトを採用している

 で、そのロードスターはビッグマイナーチェンジで何かどう変わったのかと言えば、法規的に言えばサイバーセキュリティ法とソフトウェアアップデート法が改正され、まもなく継続生産車にも適応されるので、法規に則ってハッキング対策を行なった。

 結果的に車両の配線ハーネスと電気・電子部品のほぼ総取っ替えが行われた。部品は「新型車ゆえ、先行して対策がおこなわれていた」CX-60のアッセンブリーが流用されたが、パーツ単位でセキュリティが組み込まれた些細な重量の積み重ねと、車両通信規格の変更によるハーネス自体の重量増加、それにサイドエアバッグなどの組み込みで約20キロ重量が増加。グレードにもよるが20万円ほど価格も上がった。

 それでも素のモデルである“S”は289万8500円と300万円を切っており、若者のための低価格なスポーツカーの矜持は保たれていると思う。ちなみに売れ筋の“S Special Package”は308万7700円、“S Leather Package”は349万8000円。

 NAがデビューした当時、価格は190万円くらいからだったと記憶してる。昔に比べれば確かに高くなった。しかし、これだけコンセプトがはっきりしたスポーツカーが新車で300万円で買えるということは奇跡に近い。

 しかも、昔と違ってありがたいことに残価設定ローンがある。マツダは基本的に3年後に60%、5年後に40%を保証する(条件規定あり。しかも、残価設定ローンには保証なしのクレジットがあるので、その辺りはマツダにしっかり確認してほしい)し、ロードスターは基本的に下取りは良いということもある。事故と過走行にさえ注意すれば、保証型の残価設定ローンを使えば手が届くはずだ。

 だからなんとか頭金を50万円用意して、最廉価な“S”の追加費用のかからない塗色を選んで、フロアマットとETCくらいのオプションだけで行けば、諸費用込みの支払い総額317万3850円から頭金50万円を引いた267万3850円の内、144万9000円が残価分として控除になり、これに分割払い手数料の19万687円を加えた286万4537円を35回に分割して、均等払いで3万9320円を毎月払えばなんとかなる。幸いにして、“S”にはSにしかない魅力がある。それは990Sの人気によってすでに証明されたと言えるだろう。残念ながら今回のビッグマイナーで最軽量モデルが1010キロに増量してしまい、“990S”を名乗れなくなって廃盤となった。しかしその本質は“S”そのものである。

 それでもキツければ、頑張って頭金を100万円貯めれば月々は2万4782円になる。なんだか原稿で購入を説得をしているような気分だが、筆者がもし24歳の時、ケーターハム・スーパーセブンを購入していなかったら今こうやって原稿を書いていないと思う。あそこで人生が変わったのだ。こういうクルマが世にある時代に生まれた人は、若い内に触れておく価値のあるクルマだと思う。

 ついでに、そこそこ財力のあるおっさんたちには、この残価設定払いには2回払いというヤツがあって、頭金として185万2034円を払ってしまえば、あとは3年後にクルマを返却する(つまりそこで残価を精算して2回目として144万9000円を払うか車両を返却するかを選ぶ)だけだ。かつてサントリー・オールドのコマーシャルに「恋は遠い日の花火じゃない」というコピーがあったが、185万円は、人生に華やぎを取り戻すには頃合いの金額だと思う。

マツダ ロードスター

 さて、マツダは真面目だ。20万円に加えて、20kg増量までの犠牲を払って、ただ「ハッキングが防げるようになりました」だけでは心苦しかったと見え、アップデートパーツを駆使して、ロードスターの性能を上げてきた。この手のクルマに興味を持つ人なら明確に差がわかるくらい良くなった。

 具体的にはリヤのスタビリティーがはっきりと上がり、ターンインでの姿勢の崩れが抑えられ、旋回中のリヤの落ち着きが明確に良くなった。安全かつ速くなったと言い換えても良いが、それはどちらかと言えばフィールの改善によってドライバーが安心して操作できることによるもので、手練れがサーキットでタイムアタックした時にタイムが向上するような変化ではない。

 そういう意味では初代のNAから今に至るまで、ロードスターの本質的価値は変わっていない。中古車の個別車両のコンディションを別とすれば、クルマの本質そのものはどれも変わらずに魅力的である。それは今回のビッグマイナー以前のモデルも同じことだ。プロの自動車評論家としては改善ははっきりしているのだが、だからと言って歴代、それは今回の改変前の旧モデルも含めて、価値が落ちるということではない。

 ということで、ロードスターに乗らずに人生を終えるのはちともったいない。何なら30万円のNBに乗れる間だけ乗っても、あるいはそれに100万円かけて直しても、若い時なら人生のイベントだ。何もない青年期よりよほど良い。それが筆者の言いたいことの結論である。

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池田直渡(いけだ なおと)

ライタープロフィール

池田直渡(いけだ なおと)

1965年神奈川県生まれ。1988年企画室ネコ(現ネコ・パブリッシング)入社。取次営業、自動車雑誌(『カー・マガジン』『オートメンテナンス』『オートカー・ジャパン』)の編集、イベント事業などを担当。2006年に退社後スパイス コミニケーションズでビジネスニュースサイト「PRONWEB Watch」編集長に就任。2008年に退社。以後、編集プロダクション、グラニテを設立し、クルマのメカニズムと開発思想や社会情勢の結びつきに着目して執筆活動を行う。

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1965年神奈川県生まれ。1988年企画室ネコ(現ネコ・パブリッシング)入社。取次営業、自動車雑誌(『カー・マガジン』『オートメンテナンス』『オートカー・ジャパン』)の編集、イベント事業などを担当。2006年に退社後スパイス コミニケーションズでビジネスニュースサイト「PRONWEB Watch」編集長に就任。2008年に退社。以後、編集プロダクション、グラニテを設立し、クルマのメカニズムと開発思想や社会情勢の結びつきに着目して執筆活動を行う。

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