輸入車
更新日:2022.07.29 / 掲載日:2022.07.29

BYDの日本上陸の前に政治が考えるべきこと【池田直渡の5分でわかるクルマ経済】

文●池田直渡 写真●BYD

 7月21日、中国の自動車メーカーでありバッテリーメーカーでもあるBYDが、日本国内でBEV3車種を販売する発表があった。

 ネットでは賛否両論が渦巻いているが、筆者はとりあえず今、それについて議論するつもりはない。ここに至るまでの中国政府の極めて片務的貿易規制について、日本政府はどう考え、どう対処していくのかこそが最大の問題だと思っている。

 中国は2001年WTOに加盟した。WTOの定める「関税及び貿易に関する一般協定」の前文において、その趣旨は以下の様に記載されている。

 『オーストラリア連邦、ベルギー王国、ブラジル合衆国、ビルマ、カナダ、セイロン、チリ共和国、中華民国、キューバ共和国、チェッコスロヴァキア共和国、フランス共和国、インド、レバノン、ルクセンブルグ大公国、オランダ王国、ニュー・ジーランド、ノールウェー王国、パキスタン、南ローデシア、シリア、南アフリカ連邦、グレート・ブリテン及び北部アイルランド連合王国及びアメリカ合衆国の政府は、貿易及び経済の分野における締約国間の関係が、生活水準を高め、完全雇用並びに高度のかつ着実に増加する実質所得及び有効需要を確保し、世界の資源の完全な利用を発展させ、並びに貨物の生産及び交換を拡大する方向に向けられるべきであることを認め、〝関税その他の貿易障害を実質的に軽減し、及び国際通商における差別待遇を廃止するための相互的かつ互恵的な取極を締結することにより、これらの目的に寄与する〟ことを希望して、それぞれの代表者を通じて次のとおり協定した。』(外務省 関税及び貿易に関する一般協定より

 上の文章を補足すると、冒頭にある批准国の中に中国は無い。それはWTOの前身にあたる「GATT」と共に、このルールが策定された時は、まだ中国が加盟していなかったからであり、後日これを批准して中国はWTOに加盟したのである。それはこのリストに日本がないのと全く同じ理由である。

 法律文書は読みにくいので平易に書くと、「WTOに加盟したら、貿易に変な規制をかけないこと、特に片務的に規制をせずに相互的、互恵的に取引しましょう」ということを言っている。むしろそれはWTOの本質であり、前文にはこうも書かれている。

 『附属書1~3については、WTO設立協定と不可分の一部を成しており、一括受諾の対象。従って、WTO加盟国となるためには、WTO設立協定と附属書1~3の全ての受諾が必要。』
 つまり、これを守らないことは許されないと書かれており、「関税及び貿易に関する一般協定」はその附属書1であり、一番最初に書かれている最重要事項である。なぜそれがそこまで重要とされているかも外務省のページに書かれている。

 『1930年代の不況後、世界経済のブロック化が進み各国が保護主義的貿易政策を設けたことが、第二次世界大戦の一因となったという反省から、1947年にガット(関税及び貿易に関する一般協定)が作成され、ガット体制が1948年に発足しました(日本は1955年に加入)。貿易における無差別原則(最恵国待遇、内国民待遇)等の基本的ルールを規定したガットは、多角的貿易体制の基礎を築き、貿易の自由化の促進を通じて日本経済を含む世界経済の成長に貢献してきました。』

 これも平たく言えば、ルール破りをやるヤツがいると世界大戦が起きるから絶対にルールを守れと言っているわけだ。

 しかし中国政府は、WTO加盟から21年が経過した現在も、このルールを守らず、加盟国としての待遇のメリットだけを享受し続けている。

 具体的に自動車産業について言えば、中国国内で販売するクルマには原則的に中国国内での生産を義務付け、なおかつ電動車のバッテリーは中国企業製であることを実質的に義務付けている。他国製のバッテリーは認めない。

 そのため世界中の自動車メーカーは、中国でクルマを売りたければ、中国製のバッテリーを購入するしかない。多くのメーカーが、CATLやBYDと提携したのは、そうしないとバッテリーを売ってもらえず、その結果中国でクルマを売ることができないからだ。

 そしてそれ以前に、中国企業が株式の過半数を持つ合弁会社を設立しているので、技術情報は筒抜けである。

 アメリカのトランプ政権は、クルマだけでなく、多くのジャンルについて、この中国のルール違反を厳しく追及し、中国に経済制裁を加えた。それが米中貿易摩擦である。ところが日本政府はこれに「遺憾」の声明すら出さず、やりたい放題を完全に放置してきた。

 その結果、CATLとBYDは世界のバッテリーメーカーとして2強の地位まで上り詰めた。これを「中国の技術は素晴らしい。日本は出遅れだ」と大騒ぎする輩が絶えないが、現実は政府介入によって、ルールを破り続けて手に入れた地位である。経済的な側面から見れば、ロシアの軍事侵攻と全く同じ構図である。

 そうやってアンフェアなやり方で、体力を付けたタイミングを見計らい、今回BYDは日本への自動車輸出を始めた。実は日本だけではない。中国の民族系自動車メーカーは、続々と欧州各国への自動車輸出を開始している。

 極めて戦略的なやり方である。賢いというよりダーティなやり方だ。仮にもっと早い段階で輸出を始めていたら「条件が片務的だから、わが国で作った母国製のクルマを中国マーケットで売らせろ」と抗議されるリスクがあるから、ここまで引っぱったのである。

 しかしもう事態がそうなるまで放置してしまった以上、日本政府は、中国政府同様に、相互的に中国車を規制するしかない。日本でクルマを売りたければ、日本の現地資本と提携して株式の過半を持たせた上で、合弁会社を立ち上げ、日本に工場を建設して、日本の部品を使用して生産せよ。それはあなた方がわれわれに強いて来た、あなた方のルールそのままを踏襲したものである。

 それを何故言わないのか? ここに強く疑念を差し挟みたい。 日本だけではない。中国からの自動車輸出を受け入れた全ての国はこのルール違反を強く糾弾すべきだと思う。インチキをしたヤツが勝つとルールが機能しなくなる。悪貨は良貨を駆逐する。筆者は世界のルールメーカー役をロシアや中国には決して握らせたいと思わない。

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池田直渡(いけだ なおと)

ライタープロフィール

池田直渡(いけだ なおと)

1965年神奈川県生まれ。1988年企画室ネコ(現ネコ・パブリッシング)入社。取次営業、自動車雑誌(『カー・マガジン』『オートメンテナンス』『オートカー・ジャパン』)の編集、イベント事業などを担当。2006年に退社後スパイス コミニケーションズでビジネスニュースサイト「PRONWEB Watch」編集長に就任。2008年に退社。以後、編集プロダクション、グラニテを設立し、クルマのメカニズムと開発思想や社会情勢の結びつきに着目して執筆活動を行う。

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1965年神奈川県生まれ。1988年企画室ネコ(現ネコ・パブリッシング)入社。取次営業、自動車雑誌(『カー・マガジン』『オートメンテナンス』『オートカー・ジャパン』)の編集、イベント事業などを担当。2006年に退社後スパイス コミニケーションズでビジネスニュースサイト「PRONWEB Watch」編集長に就任。2008年に退社。以後、編集プロダクション、グラニテを設立し、クルマのメカニズムと開発思想や社会情勢の結びつきに着目して執筆活動を行う。

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