車の最新技術
更新日:2026.09.21 / 掲載日:2026.09.21
SDVから人型ロボットまで。進化するヒョンデの現在地【石井昌道の自動車テクノロジー最前線】
いま世界の自動車業界のなかでもっとも勢いのあるメーカーの1つがヒョンデ・モーター・グループだ。ヒョンデとキアを擁する同グループは販売規模で世界第3位にまで成長。日本ではその規模感は実感しにくいが、すでに世界の自動車産業をリードする一角と言える存在になっている。そのヒョンデがいま見据えているのは、自動車メーカーという枠を超えたところにあるようだ。韓国で行われた“Techformance”というイベントでは、EREV(レンジエクステンダーEV)を始めとした電動化、SDV(ソフトウェア・デファインド・ビークル)、AI、自動運転など、多岐にわたる次世代技術が紹介された。
2030年にはヒョンデ単体で世界販売台数555万台を目指し、そのうち電動車(xEV)の比率を6割にまで高めるという。北米向けには、基本的にはモーターで走行しながらエンジンで発電するEREVを投入し、600マイル(約966km)を超える航続距離を目標としている。

また、SDVへの移行を担うのが、ソフトウェア・ブランド「Pleos」だ。独自開発の車両制御OSを中核に、クラウドや各種サービスまで含めたソフトウェア・エコシステムを構築する。そのユーザーとの接点になるのが、AAOS(Android Automotive OS)をベースとした次世代インフォテインメントシステム「Pleos Connect」だ。フラッグシップのグレンジャーに初搭載されており、試乗では17インチの大型ディスプレイを中心とした新世代のHMI(ヒューマン・マシン・インターフェース)を体験することもできた。OTAによって購入後も機能を進化させていくのもSDVらしいところだ。電動化だけではなく、ソフトウェアやAIまで含めて自動車を進化させようとしているわけだが、今回もっとも興味を惹かれたのは、じつはクルマそのものではなく、ロボティクスだった。

ヒョンデ・モーター・グループは2021年、米国のロボティクス企業「Boston Dynamics」を傘下に収めた。同社は四足歩行ロボットの「Spot」や物流用ロボットの「Stretch」などで知られているが、いま大きな注目を集めているのがヒューマノイドロボットの「Atlas」である。Boston Dynamicsといえば、以前から人間離れした動きをするロボットの映像で世間を驚かせてきた。だがAtlasが目指しているのは、見世物として器用な動きを披露することではない。人間のためにつくられた現実の環境のなかに入り、人間が行ってきたさまざまな作業を担うことだ。
ここでヒューマノイド、つまり人型であることに意味が出てくる。現在の自動車工場にはすでに大量の産業用ロボットが導入されている。溶接や塗装などでは人間をはるかに上回る速度と精度で作業しているが、多くは決められた場所に設置され、決められた動作を繰り返すものだ。
それに対して人間が働いている工場は、当然ながら人間の身体を前提に作られている。通路を歩き、棚から部品を取り出し、工具を使い、場所を移動しながら作業する。そうした既存の環境を大きく作り替えることなく働ける可能性があるのがヒューマノイドだ。しかもAtlasは、人間そっくりに動く必要はない。関節の自由度など、人間の身体が持つ制約から解放された動きもできる。
ヒョンデはAtlasを研究開発だけで終わらせるつもりはない。米国に設けるRMAC(Robot Metaplant Application Center)はいわばロボットの訓練センターで、実際の自動車工場に近い環境でさまざまな作業を学習させ、量産現場へ投入する前に性能や安全性を検証する拠点だ。そこで訓練されたAtlasを2028年から米ジョージア州のHMGMA(Hyundai Motor Group Metaplant America)へ本格導入し、実際の工場で得られたデータを再び学習に活用する。その後は世界各地の生産拠点へ展開していく計画だ。
さらに米国では年間3万台規模のロボット生産能力を整備する計画も示されている。つまりロボットという新たな工業製品の量産事業まで見据えているわけだ。
Boston Dynamicsには高度なロボティクス技術がある。一方のヒョンデには年間数百万台の自動車を生産する技術や巨大なサプライチェーンがあり、世界中に工場がある。Boston Dynamicsが高度なロボットを開発しても、それを研究室から量産製品へ移行させ、何万台という規模で生産するのはまったく別の能力が必要になる。そこは自動車メーカーが得意としてきた領域だ。
しかもヒョンデには作ったロボットを実際に大量投入できる、自動車工場という現場がある。工場で実際に働かせれば、研究室では得られない膨大な実環境のデータが集まる。上手くできなかった作業も、予想外の状況もデータになる。それを学習に使って能力を高め、再び現場に投入する。
ここで話はAIにつながってくる。近年、生成AIの急速な進化とともに注目されているのが「Physical AI」だ。文章や画像など主としてデジタル空間で情報を扱うAIに対して、Physical AIは現実世界を認識し、状況を判断し、実際に身体を動かして現実世界に働きかける。Atlasはそのわかりやすい例だ。カメラやセンサーによって周囲を認識し、何をすべきか判断し、多数のアクチュエーターを制御して身体を動かす。しかも工場は常に完全に同じ状況ではないから、あらかじめ決められた動きを繰り返すだけでは対応できない。

興味深いのはロボティクスとAD/ADAS(自動運転/先進運転支援システム)の技術的な距離が急速に縮まっていることだ。AD/ADASもカメラやレーダーなどのセンサーで現実世界を認識する。歩行者や他車、道路、標識、信号などを把握し、それらが次にどう動くのかを予測し、自車がどのように動くべきかを判断する。そしてステアリングやアクセル、ブレーキを制御し、現実世界のなかでクルマを動かす。つまり、認知、予測、判断、制御、そして現実世界へ働きかけるという大きな流れでは、AD/ADASもPhysical AI的な技術領域にある。
もちろん、AD/ADASとヒューマノイドの技術がそのまま共通化できるわけではない。高速で移動する自動車と、多数の関節を使って複雑な作業をするヒューマノイドでは、認識する対象も制御方法も、安全に対する要件も大きく異なる。それでも、現実世界からデータを取得し、AIを学習させ、そのAIを現実世界で動かし、そこからさらに新たなデータを得るという循環には共通するところがある。
ヒョンデが掲げる「Data Flywheel」という考え方もそこにつながる。クルマから得られるデータをAIの学習に活用し、ソフトウェアを進化させ、それをOTAによって再びクルマへ戻す。より多くの車両が走れば、さらに多くのデータが集まり、次の進化につながる。

ロボットも同様に、工場という現実世界で働けば働くほどデータを蓄積できる。能力が高まれば適用できる仕事が増え、投入台数が増えれば、さらに多くのデータが得られる。AI時代の競争力は、AIモデルそのものの性能だけではなく、この循環をどれだけ大規模に回せるかに左右されるのだろう。そう考えるとヒョンデがBoston Dynamicsを傘下に収めた意味も、買収当時とは少し違って見えてくる。
単に自動車以外の新規事業として進出するというだけではない。自動車工場をPhysical AIの巨大な実証フィールドにすることができ、そこで得た知見をロボティクスへフィードバックできる。そして自動車側でもAD/ADAS、SDV、AIの重要性はますます高まっていく。AIがデジタル空間から現実世界へ出てくるほど、AD/ADASとロボティクスの研究開発領域には重なる部分が増えていくはずだ。
ヒューマノイドが工場に大量導入されるとなれば、当然のことながら雇用への影響も気になってくる。この点についてホセ・ムニョスCEOは「ロボットは人間に奉仕するためのもの」だと強調していた。重量物を扱う作業や危険を伴う作業、同じ動作を繰り返す作業などをロボットに任せ、人間はより付加価値の高い仕事を担うという考え方だ。
自分が初めて韓国を訪れたのは15年前。ソウルモーターショーを取材し、ヒョンデやキアのモデルを試乗した。その頃でもすでに販売台数は約660万台で世界5位。日本や欧米のメーカーを猛烈な勢いで追い上げ、追い越している最中だったが、いまや世界3位にまでなっている。今回の取材では、販売台数や規模という以上に、電動化やAD/ADAS、AIへと技術領域を拡げ、さらにロボティクスまで自らの事業に取り込もうとしていることが興味深かった。ヒョンデが目指しているのは単なる自動車メーカーではない。自動車製造の枠を超え「Physical AI Solution Company」へ進化するのだという。その中核となるのがAD/ADAS、ロボティクス、そしてAIによって高度化された工場なのだ。
文●石井昌道 写真●ヒョンデ