車の最新技術
更新日:2025.11.03 / 掲載日:2025.11.03
インドに寄り添った実践的なカーボンニュートラル【石井昌道の自動車テクノロジー最前線】

文●石井昌道 写真●スズキ、川崎泰輝
2024年の乗用車販売台数が522万台を記録し、中国、アメリカに続く第3位となったインド(日本は第4位)。そのインドで圧倒的な存在がスズキだ。1981年にインドの国民車構想に応じたカタチで進出し、今では子会社のマルチ・スズキ・インディアはインドの乗用車販売で40%を超えるシェアを持っている(一時は50%を超えていた)。
インドは2070年までに温室効果ガス排出のネットゼロを目指していて、2030年にはBEV(電気自動車)のシェア30%を目指すなど力を入れ始めている。だが、BEV一本足打法ではなくマルチパスウェイで進めていて、ガソリンやディーゼルに比べてCO2排出量が少ないCNG車(圧縮天然ガス自動車)を普及させている。そのほとんどがガソリンとCNGの両方を使えるバイフューエル車でシェアは約30%。また、一方でガソリンにバイオエタノールを20%混合させたE20を推進するなど、現実を見つつできることから始めているわけだ。

そんななかインドにあったソリューションとしてスズキが進めているのがCBG(圧縮バイオメタンガス)だ。インドに3億頭いる牛の排せつ物を活用して燃料となるCBGを製造して自動車を走らせる。牛のゲップにはメタンが含まれていると言われるが、それは本当で牛糞も同様。メタンはCO2の28倍の温室効果ガスがあり放置されると悪影響があるが、これを発酵させるとバイオガスとなりCBGを製造できるのだ。
大気中のCO2は光合成によって牧草にとりこまれ、牛の餌になる。排せつされた牛糞を回収してCBGを製造。CBGで自動車を走らせるとCO2が排出されるが、糞尿から精製したことでCO2が抑制され、カーボンニュートラルとなる。さらに、バイオガス製造後の残りは有機肥料として利用できるのでインド政府の有機肥料促進政策にも貢献するという。牛糞は有料で買い取るので農村地域にとっては新たな収入源ともなる。乳牛のお世話をしている大半が女性で、女性地位向上にも繋がるそうだ。その他、エネルギー自給率の促進にも繋がるなど、さまざまな社会問題の解決が期待できる。

CBGは、CNG車にそのまま使用可能なので自動車を新たに開発する必要はないというのもポイント。すでにある牛糞を使って、すでにあるCNG車をそのまま使い続けられる。
地域にあるものを、地域にあったやり方で、ムリ、ムダなく有効活用してカーボンニュートラルを実現するという、いかにもスズキらしい現実解なのだ。
スズキは2022年からCBG事業に取り組んできたが、インドの酪農組合との協力のもとプラントを建設し、2025年から順次稼働を開始。現在では一日に7000頭分ほどの牛糞を買い取っていて、CBG専用の充填スタンドに供給されている。10頭の一日の牛糞が1台のクルマを一日走らせる燃料を賄えるという。
また、インド政府としてもCBGを推進していて、ガソリンのE20のようにCNGにCBGを10%混合させることを検討中だという。
さらに、この技術はアフリカなどインド以外の新興国にも展開可能であり、世界を変える力がある。BEVシフトが難しい地域にとって、有効かつ現実的なソリューションなのだ。