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更新日:2021.11.22 / 掲載日:2021.07.16

ソフトウェアファーストって何?【池田直渡の5分でわかるクルマ経済第15回】

文●池田直渡 写真●フォルクスワーゲン

 最近「ソフトウェアファースト」という言葉をよく耳にする。基本的には「ソフトウェアにもっと注力しよう」という意味である。しかしながら、これが結構誤解の種になっている。

ものづくりの時代が終わり、ソフトウェアが商品価値になるという論調の嘘

VWは2030年を見据えた戦略を発表

VWは2030年を見据えた戦略を発表。2025年までにグループ共通の基幹ソフトを開発。常時接続によるリアルタイムデータを学習させることで、新しい機能とサービスを継続的に更新することを可能にする

「もはやハードウェアはコモディティ化して価値がなくなり、商品価値のほとんどはソフトウェアになる」。

 そんなわけあるか!? 例えばiPhone4Sに最新のiOS14.6を入れれば、iPhone12 Proと同じ機能になるとは誰も思わないだろう。何よりそもそもアップデートできない。

 実際のところ、iPhoneは新型になる度にハードウェアの新機能も搭載されているし、CPUの速度も上がっている。それに連れて価格だってどんどん高価になっている。

 確かに購入後、ソフトウエアで機能のマイナーアップデートはできるが、例えばハードウェアとしての「指紋センサー」の無かった時代の機種で指紋認証はできないように、ハードに依存する機能は多く、そういう現実を無視してソフトだけで全てが決まる様な言い方はどう考えてもおかしい。

 そしてユーザーは、例えハードとソフトの関係を言語化はできなくとも、その関係を先刻ご承知なので、多くの人が当たり前のように、ハードウエアを定期的に買い換えている。

 言うまでもないが、ハードウェアとソフトウェアは両輪であり、両方があって初めて機能が成り立つのだ。つまり「ソフトウェアファースト」とは、これまでソフトウェアが軽んじられていたので、ソフトウエアの相対的重要度が増したということであり、ハードとソフトの重要度比較には何の意味もないのだ。

ソフトとハードは自動車の両輪として今後も進化を続ける

 具体的な事例で見てみよう。基本のキに戻れば、最近の機械はみな電子制御で動いているので、当然そこにはソフトウェアが必要だ。自動車におけるもっとも初期の電子制御はインジェクターで、これは「ネコ用ドア」みたいに、上から蝶番で板がぶら下がっていて、エンジンが空気を吸い込む時、気流がこの板を押し上げる。その板の角度の傾きで、空気の流量を計ろうとしたもの。なので単純に蝶番の軸などに取り付けた可変抵抗(ボリューム)で角度を計測し、角度と流量の関係マップに合わせて燃料を噴射すれば良いという単純な仕掛けだった。

 つまり、自動車の世界では電子制御で機能するセンサーやアクチュエーターの開発からスタートしたので、どうしても機械設計が主で、制御プログラムは従という関係が永らく続いてきたわけだ。

 しかしどんどん複雑さを増していく制御プログラムを、機械設計のおまけくらいの位置づけで、毎回毎回作り下ろすのは手間的にもコスト的にも合わなくなってきた。

 コンピュータの活用範囲も広がり、機能毎に搭載されたマイコンを横断的に関連させて運用することで、技術的可能性が広がった。もっとも象徴的なのは、クルーズコントロールとブレーキ、ステアリングを連動させた追従クルーズ機能などだ。

 そうなってくると、全体を統括するソフトウェアが必要になる。コンピューターにOSが搭載された様に、自動車全体を統合的にコントロールするOSが作られる様になったのだ。

 こうしたOSの汎用化が進むと、そこに規格ができていく。いや規格がなければOS化はできないのだ。つまり全てのハードウェアは、このOSと整合が取れる様に設計されるようになる。それこそがソフトウェアファーストである。そこに勝手な決めつけで「ハードのコモディティ化」などという文脈を繋いでしまうから話がややこしくなるのだ。

 これからの自動車はハードとソフトが相互に規格を守りながら作られて行くことになるというだけの話である。

 もちろんそれによって、開発工数は大きく低減されるだろうし、ソフトウェアのアップデートも、パーツごとにバラバラではなくなるので、もっと工数が掛けられるようになり頻度が上がる。加えて、これまで新機能の追加に否定的で認可をしなかった国土交通省もオーバー・ジ・エアー(OTA)を積極的に承認する様に変わった。

 それによって新機能の追加のハードルが低くなり、これまで不可能だった車両購入後の機能アップデートは当たり前のことになっていくだろう。そういう世界においては、ハードとソフトは両輪であり、両方があってこそ進歩する。そこを間違えてはいけない。

今回のまとめ

・従来の自動車製造が機械優位であったことは事実
・ソフトとハードは両輪となって今後も進化が続く
・規格化が加速し、「車両用OS」と「共用型ハード」の時代が到来する

執筆者プロフィール:池田直渡(いけだ なおと)

自動車ジャーナリストの池田直渡氏

自動車ジャーナリストの池田直渡氏

1965年神奈川県生まれ。1988年企画室ネコ(現ネコ・パブリッシング)入社。取次営業、自動車雑誌(『カー・マガジン』『オートメンテナンス』『オートカー・ジャパン』)の編集、イベント事業などを担当。2006年に退社後スパイス コミニケーションズでビジネスニュースサイト「PRONWEB Watch」編集長に就任。2008年に退社。以後、編集プロダクション、グラニテを設立し、クルマのメカニズムと開発思想や社会情勢の結びつきに着目して執筆活動を行う。

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池田直渡(いけだ なおと)

ライタープロフィール

池田直渡(いけだ なおと)

1965年神奈川県生まれ。1988年企画室ネコ(現ネコ・パブリッシング)入社。取次営業、自動車雑誌(『カー・マガジン』『オートメンテナンス』『オートカー・ジャパン』)の編集、イベント事業などを担当。2006年に退社後スパイス コミニケーションズでビジネスニュースサイト「PRONWEB Watch」編集長に就任。2008年に退社。以後、編集プロダクション、グラニテを設立し、クルマのメカニズムと開発思想や社会情勢の結びつきに着目して執筆活動を行う。

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1965年神奈川県生まれ。1988年企画室ネコ(現ネコ・パブリッシング)入社。取次営業、自動車雑誌(『カー・マガジン』『オートメンテナンス』『オートカー・ジャパン』)の編集、イベント事業などを担当。2006年に退社後スパイス コミニケーションズでビジネスニュースサイト「PRONWEB Watch」編集長に就任。2008年に退社。以後、編集プロダクション、グラニテを設立し、クルマのメカニズムと開発思想や社会情勢の結びつきに着目して執筆活動を行う。

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