車の最新技術
更新日:2025.05.05 / 掲載日:2025.05.05
知れば知るほど興味深い自動車用ブレーキの世界【石井昌道の自動車テクノロジー最前線】

文●石井昌道 写真●曙ブレーキ、石井昌道
大先輩のモータージャーナリストが20年以上にわたって実施いるDST(ダイナミック・セーフティ・テスト)では、自分も10年ほど前からコ・ドライバーを務めさせていただいているが、その舞台となっているのが福島県いわき市にある曙ブレーキのテストコース“Ai-Ring”。
国内には自動車メーカーや部品メーカーの自動車用テストコースが数多あるが、DSTのウエット旋回ブレーキを行うにあたって理想的な水深を安定して保ち続けることができる施設があり、外部に貸出を行っているのが“Ai-Ring”を使い続けている理由。年に3回ほど赴いてテストを行っている。そんな縁から曙ブレーキの本社(埼玉県羽生市)でDSTの講演会が開催されたのだが、そのときに“Ai-Museum(ブレーキ博物館)”を見学してきたのでレポートしたい。

簡単に曙ブレーキの歴史を振り返ると創業は1929年。自動車黎明期に国内初のブレーキライニング(摩擦材)メーカーとして立ち上がった。その後、1960年には総合ブレーキメーカーとして飛躍。海外のブレーキメーカーとの技術提携などを経ながら、ブレーキシステム全体の開発・生産を行うようになっていった。1986年には本格的な海外進出を果たして事業が拡大していく。2007年からF1マクラーレンチームへブレーキシステムの供給を開始したことは記憶に新しい。
ブレーキパッドの新車用シェアは国内で47%、グローバルで19%で、世界の自動車の5台に1台は曙ブレーキが採用されている(2017年)。高いシェアを誇りながら、ポルシェやランボルギーニの10ポット・アルミモノコック・キャリパーやF1、WECなどといった最高峰のモータースポーツ用など、高性能なブレーキシステムで価値を高めてもいる。
自動車だけではなく、オートバイ、新幹線を含めた鉄道、フォークリフトなどの産業機械といった7つの事業を展開。ブレーキ専業メーカーとしてユニークな立ち位置にある。
“Ai-Museum”では創業当時の摩擦材や曙ブレーキ初の量産ディスクブレーキ・キャリパー、新幹線のディスクブレーキ、F1キャリパーなどの実物が見られる他、ブレーキシステムの基本的な構造、摩擦材の種類や歴史などを学ぶこともできる。


自分が自動車メディアの仕事を始めたのは1990年で、その頃からサーキットを走り始めた。今でもそうだが、新車装着用のブレーキパッドでサーキットを走ると熱があがりすぎてフェードしてしまうので、モータースポーツ用に交換するのが常だった。
振り返るとずいぶんと長い間サーキットを走っているが、時代によってブレーキパッドの摩擦材もかわってきている。ちょうど1990年頃までは新車装着用もアスベストが主流だったが、公害や健康被害から乗用車では1993年から使われなくなった。自分がサーキットに行くようになったときはちょうどアスベストからノンアスベストに切り替わるタイミング。初期は使い慣れたアスベストのほうが効きやコントロール性も優れているように感じていたが、すぐにノンアスベストでもまったく問題がなくなった。
最近では、効きにくわえて高い耐久性が求められる耐久レース用は焼結合金系などもあり、かなり性能が高いことを実感している。ただし、金属を熔解せずに金属粉を焼結させる生産設備に技術力とコストがかかるため曙ブレーキを始めとするひと握りのメーカーしか生産できない。また、金属の含有量が少ないブレーキパッドでも性能が強化されて耐久レース用もロースチールが主流になってきている。
その他、摩擦材ではレジン系やメタル系、あるいは有機系、無機系、金属系などさまざまな種類があって、断片的には聞いたことがあるものの体系をきちんと理解してはいなかった。それも“Ai-Museum”の摩擦材の説明を見れば一目瞭然だ。無機系のカーボンコンポジットは耐熱性が高く、軽量なので性能は申し分なく、モータースポーツや市販車でも超ハイエンドで使われている。だが、高価なのであまり数が出回るものではなく、さらにEUがブレーキパッドのみならずボディ用なども含め自動車での使用の原則禁止を検討しているというから、そう遠くない将来にはなくなってしまうかもしれない。
ノンアスベストではスチール繊維含有量によってセミメタル、ロースチール、ノンスチールがある。含有量が多いほど性能を出しやすいが、環境性能的には少ないほうが有利だろう。
曙ブレーキはノンスチールでも高い次元で性能をバランスさせることが可能で、現在の主力製品。ただし、欧州向けはロースチールが多いという。よく、欧州車のブレーキはダストが多く、パッドやローターの交換時期は短く、鳴きも多い。日本車はダスト、耐久性、鳴きなどで優れていると言われる。全体的に速度域が高い欧州ではブレーキの性能重視だからだと言われ、それはたしかにそうだったのだが、今後はその傾向も変わっていくかも知れない。欧州の次期排ガス規制であるEURO7ではタイヤやブレーキが発する粉塵も規制対象になる見込みだからだ。
ブレーキからのダストを減らすにはスチール繊維の含有量が少ないほうが有利で日本の主流であるノンスチールが有力だからだ。ただし、欧州車のホイールを汚すダストの大半はローターによるものなので、全体の見直しが必要になるのだろう。
“Ai-Museum”の見学は非常に興味深いものとなった。毎週水曜日14:00~16:00には無料で見学できるので一度訪れてみてはいかがだろう。
『Ai-Museum(ブレーキ博物館)』公式サイト