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更新日:2024.02.25 / 掲載日:2024.02.05

改良型ロードスターの鍵 アシンメトリックLSDを解説する【石井昌道】

文●石井昌道 写真●マツダ

 発売から9年目に突入してもなお人気が衰えず、販売台数を伸ばし続けているマツダ・ロードスターが大規模改良を受けた。

 4代目のNDロードスターは2015年5月に登場。歴代モデルや他のスポーツカーの多くは、初期に販売のピークがあってじょじょに右肩下がりになっていくものだが、NDロードスターは右肩下がりの度合いが少なめであったのに加えて7年目の2021年には反転して前年を上回り、翌2022年には過去最高の販売台数を記録するという異例の推移をたどっている。

 コロナ禍の最中にあった2021年は意外なことに趣味性の高いクルマが販売を伸ばしたという要因があり、さらに2021年12月に”990S”を発売したことが2022年の販売を大いに押し上げた。その他、電動化の波が押し寄せていることで、純エンジン車のスポーツカーが新車で手に入るチャンスは、そう長くは続かないとユーザーが認識していることも売れ行きに影響しているだろう。

ロードスター 990S

 “990S”は、最軽量グレードである”S”をベースに走りの楽しさを追求した特別仕様車で、車両重量の990kgを車名に入る。そもそもNDロードスターは、おもに米国市場からのモアパワーの声に応えて大きく重くなったNCロードスターへの反省から、初代のNAロードスターへの先祖返りがコンセプトとされた。

 あの、ヒラヒラと舞うようなフィーリングを再現するため、車両重量は1tを切り、よくストロークするソフトタッチのサスペンションで荷重移動がわかりやすく操っている実感をもたせたのだった。それをもっとも濃厚に表していたのが“S”で、リアスタビライザー無し、LSD無しのオープンデフという仕様。たしかにNAロードスターのようなヒラヒラ感が強く、それこそ街の交差点を曲がるだけでも楽しさが伝わってくるのが素晴らしい。だが、コーナーでの速度があがっていくと、リアがめくれあがるような感覚で、挙動が不安定になりがちではあった。

 “Sスペシャルパッケージ”はリアスタビライザーとLSD、トンネルブレースバーを備え、 “RS“はさらにフロントサスタワーバー、ビルシュタインダンパーが追加され、ヒラヒラ感が薄まることと引き換えにコーナリングでの安定性があがっていくラインアップだった(すべて6MTでの話)。

 “S”とそれ以外では明確に特性が異なるが、先祖返りのコンセプトにあっていてロードスターらしいのは”S”。ところが、販売比率は低くその良さが伝わっていないことから、”990S”が企画され、軽量ホイールやサスペンション・セッティングの最適化、そしてKPC(キネマティック・ポスチャー・コントロール)という新たなアイテムで走りの質を高めてリリースしたところ大ヒットとなった。

アシンメトリックLSD

 振り返りが長くなったが、今回の改良は多岐にわたるが目玉はLSDだ。これまでのスーパーLSDにかえて新開発のアシンメトリックLSDを採用し、減速時の安定性を高めている。

 クルマは、コーナリング時に左右の駆動輪に回転差が生じるため、それを調整してスムーズに曲がれるようにディファレンシャル・ギアが(通称デフ:差動装置)が組み込まれているが、外側に強く荷重がかかって内側のタイヤが浮き気味になってきたところでアクセルを強く踏み込むと、内側のタイヤが空転してパワーが路面に伝わらないという現象が起きる。

 それを抑制するのが差動制限装置であるLSD(リミテッド・スリップ・ディファレンシャル)だ。様々なタイプがあるが、スーパーLSDはGKNジャパン(旧・栃木富士産業)のコーンクラッチクラッチ式トルク感応型LSDで小型・軽量で耐久性にも優れ、低コストという市販車向きのユニット。NBロードスター後期から20年以上にわたって使われている。

 LSDの効果は加速側と減速側で得られるが、どちらも同等に効くのが2Way、加速側のみが1Way、減速側を半分だけ効かせるのが1.5Way。減速側を効かせない、あるいは効きを弱くさせるタイプが存在するのは、アンダーステア気味にならない曲がりやすい特性と立ち上がりの強力なトラクションを両立させるためだ。

 ところがロードスターはもともとアンダーステアは弱いものの、逆にオーバーステアに陥ることのほうが課題。

 前述の”S”でのリアがめくれあがるような感覚で姿勢が不安定になるのがそれで、たとえ“RS”であっても程度の差こそあれ傾向は同じ。そこでアシンメトリックLSDは減速側のほうを強くするという発想で開発された。

 スーパーLSDをベースにカム機構を取り入れ、加速側と減速側で異なるカム角の設定、つまり効きの強さを選択できるのが特徴。テスト走行を繰り返して最適なバランスを探り、結果として加速側に比べて減速側は30%弱ほど効きが強いものとなっている。

 イニシャルトルクは下げられたが、新たに皿バネを採用することで効き始めの安定性が向上。従来のスーパーLSDは、アクセルオンによって急に強くLSD効果が発揮されて一気にオーバーステアになるピーキーな特性が表れることがあったが、それを抑制しつつ同等のトラクション性能を得ているのだ。

 アシンメトリックLSDの効果は、下りで回り込んでいるコーナー、しかも路面の荒れが大きい場面などで実感しやすい。リアがめくれあがって接地が抜けそうになる感覚が抑制され、安心してコーナーへ入っていくことができる。事前に資料を読んだ段階では「アンダーステアが強くなって曲がりにくくなっていたら嫌だな」と思っていたが、リアが程よく安定しているからステアリングをしっかりと切り込むことができて、逆に曲がりやすい。テストを繰り返して造り込んできたことがうかがえるのだ。

 そういえば、富士チャンピオンレースのロードスタークラスに出場していた頃、セッティングでクルマを速くする最後の砦がLSDで何度もテスト走行をしていたことを思い出した。効かせすぎると曲がりづらいし、弱いとトラクションが足りない。機械式LSDのクラッチを変更しながらのテストだったから大変だったけれど、いいポイントが見つかるとラップタイムがぐっと上がるのが嬉しかった。

ロードスター Sパッケージ

 その他、電子プラットフォームの刷新によってパワーステアリングやスロットルの特性が高度に煮詰められ、最高出力の4PSアップ、MRCC(マツダ・レーダー・クルーズコントロール)の装備拡大、TRC-TRACKモードの追加など様々な進化を果たしたロードスター。これからも順調に販売台数を伸ばしていくことだろう。

 大人気だった”990S”は残念ながら販売終了となったが、あの感覚が欲しいのならば“S”を狙うべき。“990S”の最大のトピックスであったKPCは標準装備となっているので、初期の“S”よりも安心感は高まっているはずだ。ただし、新たな電子プラットフォームの採用などによって車両重量が1010kgと、20kg増えていることだけは残念だ。

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石井昌道(いしい まさみち)

ライタープロフィール

石井昌道(いしい まさみち)

自動車専門誌の編集部員を経てモータージャーナリストへ。国産車、輸入車、それぞれをメインとする雑誌の編集に携わってきたため知識は幅広く、現在もジャンルを問わない執筆活動を展開。また、ワンメイク・レース等への参戦も豊富。ドライビング・テクニックとともに、クルマの楽しさを学んできた。最近ではメディアの仕事のかたわら、エコドライブの研究、および一般ドライバーへ広く普及させるため精力的に活動中。

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自動車専門誌の編集部員を経てモータージャーナリストへ。国産車、輸入車、それぞれをメインとする雑誌の編集に携わってきたため知識は幅広く、現在もジャンルを問わない執筆活動を展開。また、ワンメイク・レース等への参戦も豊富。ドライビング・テクニックとともに、クルマの楽しさを学んできた。最近ではメディアの仕事のかたわら、エコドライブの研究、および一般ドライバーへ広く普及させるため精力的に活動中。

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