車の最新技術
更新日:2023.10.20 / 掲載日:2023.10.20
カーボンニュートラルは新たな局面へ【池田直渡の5分でわかるクルマ経済】

文●池田直渡
「100年に一度の改革」と言われて久しい。すでに少々手垢がつき始めた様相だが、ここへ来てまた大きな変化が始まっている。米中対立、ウクライナとロシア、ハマスとイスラエル。北朝鮮の挑発。
振り返るとベルリンの壁崩壊以降の世界は、当時のキーワードである「ボーダレス」が表していた通り、東西雪溶けの中で、ワンワールド化を成し遂げた世界であり、言葉を変えて言えば、以後世界の多くのエリアが通商の自由を手に入れてグローバル化を推し進めた30年だった。
しかし冒頭に挙げた多地域での武力あるいは経済衝突によって、世界の国々は否応なく分断される。新たな世界では、どこの国とでも等しく通商を行うことは困難になり、分断された世界のどちらに着くか旗色を決めなければならなくなった。「敵でも味方でもない」というスタンスは極めて難しい。世界は自由通商からブロック経済の時代へとシフトを始めたのである。
加えて、BEV(電気自動車)の特性そのものがグローバル通商と相入れない。重く大きく、輸送取り扱い上危険物指定になるバッテリーは、例え世界の分断がなかったとしても、国境を越える輸送のコストが非常に高い。となればバッテリーは地産地消になる。大きな市場を持つ国、すなわち組み立て工場のある地域で作るしかない。
バッテリーを生産するほどのマーケットを持たない地域は、他地域で生産したバッテリーもしくは完成車を輸入するしかないから、高額な輸送費を原価に抱え込むことになるわけだ。普及の足枷になるだろう。
日本は自国内生産を目指しているが、80万台のBEVを売るアメリカと、軽を含み5万台の日本では市場規模が異なるので、量産効果に差が出るし、原材料の入手にしたところで当然大きい市場が優先され、小さなマーケットには入って来にくい。
各国(あるいは地域)が、WTOのルールを無視して、バッテリー産業の囲い込みを狙う独自の規制を立ち上げ始めてしまった以上、それに追従するより他ない。例えばアメリカはインフレ抑制法で、車両組み立てとバッテリー原材料の調達を米国内で行わなければ購入時の補助金を出さないというルールを作った。(少々単純化しているので、米国とFTAを結ぶ国の例外とか原材料の40%規制の様な部分は不正確かもしれないが、法案の狙いはそういうことである)。
では日本はどうなのだと言われると、そこはそれ微妙な立場になる。国内生産が全くできない規模ではないし、技術もある。世界の自動車用バッテリー供給は、中国、韓国、日本の3カ国で9割を越える。ざっくりとした内訳は中国が6割弱、韓国が2割代半ば、日本が1割という具合で量的に中国には敵わないが、欧州ほど手詰まりではない。アメリカも欧州も結局アジア3カ国の外資サプライヤーが進出してバッテリーを生産している絵柄である。
という激震に果たしてどう対応するのか? 10月5日に開催された、第3回目となる経団連モビリティ委員会では、このブロック経済化する流れに、ここから数年で、上手く対応を取らないと、勝負にならなくなると見て、活発な意見交換が行われた。
グローバルな大変化に対応し、海外生産も国内生産も拡大させようとすれば、自動車メーカーとサプライヤーだけではどうにもならない。原材料メーカーや、自動車産業をサポートする分野、それは例えば海運や保険までが一体に対応する必要があるし、政官による各国との条件交渉や、世界的な流れを睨みつつ、バランスを取るための国内産業保護ルールなども求められる。
なお、この会議に合わせて、日本自動車工業会(自工会)からは、自動車産業側から7つの課題を提案し、議論のベースとした。
●自動車産業の7つの課題
- 物流・商用移動の高付加価値化・効率化
- 電動車普及のための社会基盤整備
- 国産電池・半導体の国際競争力確保
- 重要資源の安定調達。強靱な供給網の構築
- 国内投資が不利にならない通商政策
- 競争力あるクリーンエネルギー
- 業界をまたいだデータ連携
委員会に参加した自工会副会長でヤマハ発動機の社長でもある日高祥博氏は「通商環境がかなり保護主義的になってきている中で、ビジネスモデルの更なる変革にどの業界の人も危機感を高めていると感じた。本日の議論では、多種多様な業界が官民一体であらたなビジネス環境に対応していこうというコンセンサスが得られた。具体的に一緒にやっていくテーマが多く見つかった」と述べた。

自工会会長でトヨタ自動車会長でもある豊田章男氏は、英国のガソリンエンジン規制延期についての感想を問われて「カーボンニュートラルの動きにストップがかかったとは思っていません。BEVが唯一の選択肢という議論からマルチパスウェイで考えるというシフトだと受け止めています。それぞれの国によって、それぞれカーボンニュートラルの山への登り方があるという認識で、現実に目を向け始めた。2050年のカーボンニュートラルへ向けてここ3年、5年をどうするのかの議論だと思う。みんな独立した会社なので、それぞれに主張があり、それは大事だが、同時にどう協調・協力し、一緒に未来を作っていくか。何をすれば信頼されるか、何をすれば共感が得られるか。今の大人たちが誰のための未来を作っていくか。未来の人々から『ありがとう』と言われる行動はどうあるべきかが見つかったように思う」と述べた。
自工会副会長でいすゞ自動車の片山正則氏は「課題に対しての認識と想いが噛み合ってきた。業種を超えた共感が得られた実感がある。これから非常に大きな流れが作れる手応えを感じている」と述べた。
経団連モビリティ委員会は、経団連最大の委員会であり、日本経済に与えるインパクトも大きい。本当に官民一体となって戦えるとしたら、この大きな世界的流れを変えられるかもしれない。