車の最新技術
更新日:2023.05.12 / 掲載日:2023.05.12

電気自動車時代のリヤサスペンション【池田直渡の5分でわかるクルマ経済】

文●池田直渡 写真●マツダ、トヨタ

 ここの所、各所で話題になっているのは「BEV専用プラットフォーム」というキーワードだ。

 ひとつのきっかけになったのはトヨタの佐藤恒治新社長の方針説明の中で、bZ4Xに採用した「e-TNGA」の次世代となるBEV専用プラットフォームの開発に着手しているという発言だ。

 ただ「BEV専用プラットフォーム」という言葉、ちゃんとした考察をせずに使われている節もあって、今一つ曖昧に使われている。そのあたりを一回ちゃんと整理しておこうと言うのが今回の狙いである。

 BEVの特徴とは何か? まずはそこからだ。今後バッテリーのエネルギー密度が飛躍的に向上すればまた話が違ってくるが、現状のバッテリー性能を前提にすれば、まず必要になるのがバッテリーを可能な限りたくさん搭載するためのスペースである。

 個人的には、航続距離をそんなに攻めるなら、現時点ではPHEVを選んだ方が建設的だと思わないでもないが、そもそも専門媒体ですらBEVのテストと言えば、一生懸命航続距離を試してレポートしている現状に鑑みれば、現実的にBEVに対する性能指標で最も注目されているのは航続距離なのだろう。

 という前提で、重たく大きいバッテリーを自動車のレイアウトの中にたくさん積もうとすれば、当然それは床に敷き詰めるしかない。ということは床面積が勝負になってくる。

 とは言え車両幅は無闇に広げられない。道路の幅は決まっているから当たり前の話だ。となれば前後方向に伸ばすしかない。だからバッテリー搭載量を競争領域とするプレミアム系のBEVに関しては、どうしたってロングホイールベース化の方向へ向かうのだ。

 この話は条件分岐が多いので面倒なのだが、都市内ユーズ、つまりはシティコミューターを担うクルマ、例えば日産サクラの様なクルマはこの限りではない。むしろ量産効果が期待できるICEの軽自動車のシャシーを流用して、その制約の中で最大限バッテリーを搭載した方がコスト的に有利である。豊かな先進国の中でBEV比率が高い国でもせいぜいシェアは2割。その2割のために専用シャシーを開発したらコスト高になるのは当然。そこは残り8割と共用した方が安くなるのは子供でもわかる理屈だ。

レクサス RZのバッテリー搭載レイアウト

 この構造は、BEV全体でも基本的に同じなので、中長期的にはともかく、当面は専用シャシーを開発してペイするだけのシェア比率に達すると見るかどうかが分岐点となる。トヨタはその分岐点越えがまだ先だと見て、従来のTNGAの延長となるe-TNGAでコストダウンを狙ってきたが、バッテリーをめぐるグローバルな戦いの構図が変わってきたのを見て、フェイズチェンジのタイミングを早めたわけだ。

 その背景の話は他媒体に書いているので参照して欲しい。要するにブロック経済化が進んだ結果、バッテリーは地産地消の方向に明らかに進んだ。そもそもBEVの原価に占めるバッテリー価格は4〜5割に達すると言われており、加えて、大きく重いバッテリーを輸送するコストが原価に占める割合はあまりにも大きく、各地域でそれぞれ異なるサプライヤーからバッテリー調達を受けないとますます価格競争で勝てなくなるという話だ。

 サプライヤーごとに異なるエネルギー密度性能に対応するためにも、今優先すべきは可能な限り大きな床面積を用意しておくことだ。それゆえ、当面の競争はロングホイールベースパッケージをどう成立させるかがポイントになってくる。

 もちろん無策にロングホイールベース化すればネガも出てくる。主に小回り性能と旋回性能に問題が起きる。小回り性能の対策のひとつはフロントメンバーのナロー化である。横置きエンジンに必要なメンバー幅と比較すれば、モーターはそもそもコンパクトなので、フロントメンバーのナロー化がしやすい。エンジン搭載モデルとシャシーの共用化を諦めれば、メンバー幅をナロー化できるので、前輪の舵角を増やして小回り性能を稼げる。これがひとつ。

 もう一つはリヤサスペンションの見直しが必要になってくる。バッテリーの大量搭載によって300キロオーバーの重量増加を考えれば、リヤサスペンションの横剛性を高く取っておかなくてはならない。従来の様な柔らかいブッシュを使ったマルチリンクでは位置決め性能が不足して、直進安定性も悪化するし、旋回時に腰砕けになる可能性が高い。だからと言ってただブッシュを硬くするたけではハーシュネスも厳しくなる。一般にBEVでは、ハーシュネス性能が厳しいクルマが多いのはそういう理由である。

マツダ CX-60では、電動化時代を見据え高い重量負荷に対応するリヤサスペンションを採用した

 マツダはCX-60のリヤサスペンションで、ハブ側のジョイント全てにピローボールを組みこんだハーフピローボールサスペンションを採用して、バッテリー重量でこじられてもジオメトリーが維持できるサスペンションを用意した。

 トヨタは後輪操舵で対策を取ろうとしている。レクサスRZにはバイワイヤーステアリングを、その下のクラウンにはDRS(ダイナミックリヤステアリング)を採用している。トヨタの場合、ブッシュを硬めずに、後輪操舵で位置決めを補正する考え方で、ハーシュネスとハンドリングの両立を図っている。低速で逆位相操舵を行なって小回り性能をリヤでも稼ぎ、高負荷旋回では同位相ステアで、荷重を支える考え方だ。

 こういうシャシー領域でのBEV技術は、長い経験がある旧来型自動車メーカーの方が有利になると思われる。さてBEV専用シャシー時代の戦いはどの様になっていくのだろうか?

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池田直渡(いけだ なおと)

ライタープロフィール

池田直渡(いけだ なおと)

1965年神奈川県生まれ。1988年企画室ネコ(現ネコ・パブリッシング)入社。取次営業、自動車雑誌(『カー・マガジン』『オートメンテナンス』『オートカー・ジャパン』)の編集、イベント事業などを担当。2006年に退社後スパイス コミニケーションズでビジネスニュースサイト「PRONWEB Watch」編集長に就任。2008年に退社。以後、編集プロダクション、グラニテを設立し、クルマのメカニズムと開発思想や社会情勢の結びつきに着目して執筆活動を行う。

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1965年神奈川県生まれ。1988年企画室ネコ(現ネコ・パブリッシング)入社。取次営業、自動車雑誌(『カー・マガジン』『オートメンテナンス』『オートカー・ジャパン』)の編集、イベント事業などを担当。2006年に退社後スパイス コミニケーションズでビジネスニュースサイト「PRONWEB Watch」編集長に就任。2008年に退社。以後、編集プロダクション、グラニテを設立し、クルマのメカニズムと開発思想や社会情勢の結びつきに着目して執筆活動を行う。

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