車の最新技術
更新日:2023.04.25 / 掲載日:2023.04.21
バイポーラバッテリーの具体的成果【池田直渡の5分でわかるクルマ経済】
文●池田直渡 写真●トヨタ
このところトヨタがちょいちょい追加してくる「GR SPORT」が推し並べて良い。そもそもGR自体が、言わばメーカー性のファインチューンモデルに当たる。「GRしか存在しないスープラと86を例外にすれば」という但し書きがいるかもしれないが。
つまり純正チューンドたるGRのヒエラルキーにあって、GR SPORTはコンプリートカーのエントリーグレードを受け持ち、目を三角にしない範囲で、軽く鼻の脂を付けて、素のモデルにちょこっとトッピングを乗せてあるという位置付けなのだが、それが全くバカにできない仕上がりになってきたよという話をこれから書くわけだ。
ひと世代前の車両をベースにしたGR SPORTモデルはすでにカタログ落ちしていて、記事執筆時のラインナップは6モデル。19年にデビューしたコペンGR SPORTとC-HR GR SPORT、21年のフルモデルチェンジ時に追加されたランドクルーザーGR SPORT、同じく21年に追加モデルとして加わったハイラックスGR SPORT、そして22年にはヤリスクロスとアクアにGR SPORTが設定された。
筆者にしては珍しく、デビュータイミングを細かく書いたのには理由があって、実は登場時期に合わせて尻上がりにデキが良くなっている気がするのだ。いや気がするじゃなくて断言しろと言われるかもしれないが、これだけ用途や性格の異なるクルマは流石に完全にイーブンには比べられない。
乗った印象で言うと、19年のコペンとC-HRは、「ほう、なるほど」だった。それはノーマルグレード(要するに非GR SPORT)との比較で「好みによってはこっちを選ぶ手もあるね」な感じだったのが、ランクルでは「あ、オーバーオールでこっちの方が良いな」になり、ハイラックスは使い方次第なので少し脇へ置いて、ヤリスクロスとアクアでは「これがおすすめグレード」ということに相なった。
まあもちろん嗜好性の領域なので好みはあるだろうけれど、実用性を損なわない範囲で、いろいろ良くなっていて、その割にお値打ち感のある価格が付いているという全ての頃合いがとても整っているのが全体的印象である。
で、ここからはアクアGR SPORTに絞って話を進めていく。そもそも素の新型アクアがなかなかの佳作車で、乗り味が穏やかかつ滑らかで、なんとも癒し感のあるよくできたベーシックカーだ。筆者の通常ルーティーンなら「無理に辛口にしないでくれ」と言いそうなのだ。なんならそういうお好みの方面には、同じトヨタのBセグで、スポーティ志向のヤリスが選べるし、スポットの増し打ちまでガンガンやった別モノ感が欲しければGRヤリスRSも、もっと上も選べる。
だからむしろ穏やか側を受け持つアクアに何も辛口バージョンは要らないんじゃないかと思いながら試乗会に臨んだ。確かにリアの居住性を比べるとヤリスよりアクアの方が広いから、Bセグを4座使用する機会が多い人で、ヤリス味を好む人の選択肢にするつもりなのだろうくらいに考えていた。もちろんそういう用途にもマッチングは高いのだけれど、ひとつ忘れていたことがあった。それは今の所、このクラスではアクアだけに搭載されているバイポーラバッテリー存在だ。
ハンドルを握って走り出してすぐ、筆者は心の中で「失礼しました」と独りごちた。元がメチャクチャ癒し系なので、それに比べれば多少アシは締まっているけれど、辛口などという評は全く見当違いで、流石トヨタの凄腕チームが仕上げただけあって、そこには子供っぽいトンガリ仕様に持っていかないという見識が明らかにあった。
峠道へ登り、流す程度に速度を上げると、作った人が狙ったところにクルマのトータルの仕立てがピタリとハマる。これは気持ちいい。
しかも、結構な登り勾配に対して、たかが1.5のNAエンジンにしては、低速トルクが豊かだ。と言えば先の読める人なら、「モーターのアシストね」とピンとくるだろう。そう、トヨタのハイブリッドは第5世代に入って、動力のモーター濃度を上げてきていて、いわゆるEV感がある。アクアのシステムはまだ第4世代だが、GR SPORT専用の制御プログラムによって、第5世代以上のモータードライブ感を達成している。
と思っていたら、極端にRが小さい、つづら折りの段差があるようなコーナーで、アクアGR SPORTは曲芸のような走りを見せた。小排気量車は、こういうコーナーでは普通パワーバンドを外れて失速してしまい、加速待ちになる。ドライバーが、そこで回転をキープしたらしたで、段差に近い急角度を上るイン側は荷重が抜けて空転してしまい結局クルマは前に進まない。
ところがアクアGR SPORTはそういう難所をシレッと、強力に加速して行く。モーター制御によるトラコンでグリップを稼いでいることに加えて、それはバイポーラバッテリーの特徴でもある瞬発力である。短時間に大電流を一気に流せるバッテリー特性あってこそだ。それなら素のモデルでも……と考えるかも知れないが、そこでバッテリーの能力を使ってガツンと加速させるプログラムを組んであるのがGR SPORTの特徴だったりする。
かつてGRの前身であったG’sの時代から培ってきたセンタートンネルを補強するブレースや、リヤメンバーを繋いで剛性を確保するリヤバンパーリインフォース。ばねとダンパーの仕立てと言ったクルマ屋のノウハウに加えて、いよいよソフトウェア領域のチューニングがこうしたファインチューンの世界でも明らかな質的差を生み出すようになったということである。このパワトレはなかなかに衝撃的だった。理屈で説明を聞いていたバイポーラ型バッテリーの実力を具体的に体感することができた。
ということで本論はもう終わりなのだが、このパワトレで勝手な妄想が膨らんでいるので、それをおまけに書いておこう。モータースポーツのために生まれた、3ドアの専用ボディを与えられたGRヤリスにはCVTを搭載したRSというモデルがある。これは国内ラリーのJN6クラスにエントリーできる車両なのだが、このクラスは実はCVTだけではなくハイブリッドやEVもエントリーできる。アクアGR SPORTのパワトレを専用ファクトリーメイドの3ドアボディに載せたら、さぞや面白いのではないか。あの低速でグイグイとクルマが前へ出ていく感じは、ラリーでの可能性を感じるところである。
さて、いまだに生産の制約もある中での役物グレードとなれば、なかなか出会いにくいクルマではあると思うのだが、お好きな方面の方は、なんとかして一回試乗してみることをおすすめして、この項を〆るとしよう。