車の最新技術
更新日:2022.09.10 / 掲載日:2022.09.09

水素社会の実現性は急速に高まった【池田直渡の5分でわかるクルマ経済】

文●池田直渡 写真●トヨタ

 モビリティにおけるポスト石油のコンペティターは、BEV、FCV、水素エンジン、e-fuel、バイオ燃料あたりが主なところ。正直なところどれも課題を抱えている。

 最も現実的なのは、小容量バッテリーによるBEVで、つまり自宅の普通充電を前提に航続距離をある程度諦め、100キロ以内の移動で使うこと。車両価格こそまだ高いが、補助金を前提にすれば、市場の要求を満たせることは日産サクラと三菱eKクロス EVが証明してみせた。

 しかしながら、従来の自動車を全部置き換えるためには、長距離移動を可能にしないと難しい。ところが、高速充電器をビジネス化する糸口が皆無である以上、インフラの充実によって、達成されるストレスのない経路充電は、まだまだゴールが遠い。課題解消の最右翼と見られる150kW級の高速充電器を普及させるには、インフラ送電容量の大幅な向上と、それだけのオンデマンドニーズに応えられる発電調整能力整備が必須になる。消費電力と発電は常につり合う必要がある。電力が不足すれば停電するのは知られているが、電力は余っても停電してしまう。常に消費電力に併せた細やかな発電調整をしなくてはならないからだ。日本の電力インフラへの大幅な再投資に、途方も無いコストがかかることが予見される。電力料金構造も変えないとダメ。という具合に問題が多方面にわたっていて、一発解決の道はなかなか見当たらない。

 しかも現状でオンデマンドを実現するために必要な、発電量調整の即応力があるのは火力発電所だけなので、膨大な数の火力発電所が必要である。原子力は定格運転が前提で、発電能力の調整はできないし、再生可能系の発電は自然要件で能力が決まる。電力消費量に合わせて調整が必要なオンデマンドニーズは、実質的に火力でしか解決できない。裏返せば火力発電技術がカーボンニュートラル化され、建設計画が歓迎されるようになって、稼働に至って初めて150kW級の高速充電器の普及が考えられるようになる。さらに頭の痛い送電線のことを置いてもそうなので、常識的には20年くらいは掛かるだろう。

 そこで、据え置き型バッテリーで電力を調整するのだと騒ぐ人がいるが、バッテリーはBEVの車両価格でご存知の通り、エネルギー当たりコストがバカ高い上に消耗品である。一部の人は「据え置き型なら安くなる」と言うが、それは車載用との比較においてであって、そもそもバッテリーが高いことは変わらない。インフラ用に役立つほどの容量を検討出来る様になるまでには多分2ケタくらいコストを下げないと無理だと思う。

 つまり現状の適材適所から言えば、BEVは都市内交通の手段としてかなりのところまで来たが、その先はわからないと言って良い。逆に言えば、高速充電器の普及政策に目処が立つ様なプランを策定できないと、この先はなかなか厳しいとも言える。

 一方で、同様に問題を抱えており、普及のためのハードルは高いと目されてきた水素は、最も高いと思われたインフラ整備の糸口を掴んだ。トヨタ、いすゞ、スズキ、ダイハツが合弁で運営する商用車のカーボンニュートラル社会実現を目指すCJPT(Commercial Japan Partnership Technologies株式会社)は、福島と東京を結ぶ水素物流インフラの構築計画を立ち上げた。

 これはつまり、FCVトラックとBEVトラックを使って、2都市間の物流をカーボンニュートラル化しようとする取り組みで、車両メーカーと物流会社が二人三脚で、FCVとBEVによる輸送網を構築する。ものを運ぶルートでの水素ステーションと充電ステーションの整備が進めば、当然そこに乗用車も相乗りできる。ただし、充電器占有時間の長い乗用BEVに対して、この設備の共用を認めるのは難しいと思う。そこに何かのブレークスルーがあれば話は別なのだが。

 さて、水素に関しては、従来「インフラがないから車両が普及しない」「車両が普及しないからインフラが普及しない」という鶏と卵状態で膠着していた問題を、車両とインフラを、商用車というコントロールの効きやすいジャンルを選んで、計画的に同時投入することによって解決しようという考え方だ。

 車両の選択が一義的にユーザーに任されている乗用車では、車両の普及はマーケット任せになってしまうが、今回のCJPTの取り組みでは、大手物流会社を始め、多くのトラックユーザーを巻き込んでスタートすることで、最初からエネルギーのイニシャル消費を確保することができる。そしてどこでいつどのくらいエネルギーが必要かが予見し易い今回の取り組みなら、必要かつ十分なインフラを計画的に用意することができる。鶏と卵の膠着をブレークする方法を具体的に作り出したとも言える。水素ならスタンドで満タンにすることが可能で、タンク容量によるが、5分程度の充填作業で500キロから700キロの航続距離を回復できる。

 今後、福島と東京を原単位として、その先での同様の実験を、例えば福島と盛岡、盛岡と青森と延伸し、当然逆方向にも東京と愛知、愛知と大阪、大阪と広島という具合に伸ばしていくことになるだろう。

 そうやってまずビジネスとして基礎的な売上が出来上がれば、水素の生産も輸送も販売も、回しながらコストを合わせて行くことができる。それもこれも実需があればこそである。

 少なくとも日本の物流は、ポスト石油時代の方向性を決めた。それは行政と、車両メーカーと、物流会社が三位一体となって新しい出口を目指す話である。少なくとも、従来は、水素という選択肢は、BEVに大きく水をあけられていたのは確かだが、ここへ来てそれを急速に取り戻した。のみならず、今後の進展以降によっては、水素がリードする可能性も大いに出て来た。

 もちろん全てはまだ決まっていない未来の話、現時点ではまだ全てが可能性の話に過ぎないが、最先端の領域は日々更新されているのである。

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池田直渡(いけだ なおと)

ライタープロフィール

池田直渡(いけだ なおと)

1965年神奈川県生まれ。1988年企画室ネコ(現ネコ・パブリッシング)入社。取次営業、自動車雑誌(『カー・マガジン』『オートメンテナンス』『オートカー・ジャパン』)の編集、イベント事業などを担当。2006年に退社後スパイス コミニケーションズでビジネスニュースサイト「PRONWEB Watch」編集長に就任。2008年に退社。以後、編集プロダクション、グラニテを設立し、クルマのメカニズムと開発思想や社会情勢の結びつきに着目して執筆活動を行う。

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1965年神奈川県生まれ。1988年企画室ネコ(現ネコ・パブリッシング)入社。取次営業、自動車雑誌(『カー・マガジン』『オートメンテナンス』『オートカー・ジャパン』)の編集、イベント事業などを担当。2006年に退社後スパイス コミニケーションズでビジネスニュースサイト「PRONWEB Watch」編集長に就任。2008年に退社。以後、編集プロダクション、グラニテを設立し、クルマのメカニズムと開発思想や社会情勢の結びつきに着目して執筆活動を行う。

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