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更新日:2022.05.27 / 掲載日:2022.05.27

業界一の強運 スズキがまたもや……【池田直渡の5分でわかるクルマ経済】

■業界一の強運 スズキがまたもや……

 企業経営の結果を左右するもののひとつに運がある。

 ご存知の通り、当期の決算では世界中の自動車メーカーが部品不足に苦しんだ。その中で思わずニヤリと笑いたくなる結果を出したのがスズキである。

 ご多分に漏れず、スズキもインドの現地法人「マルチスズキ」での生産において、部品供給に苦しんだ。インドでの販売は、販売店のロックダウンの影響もあり、コロナ以前の2期前と比べてマイナス4.9%に沈んだ。普通は以上お終いという話である。

 ところがそこでスズキは逆転の発想を思いつく。入手難の半導体を精査すると、「それが無くても仕向地の仕様によっては生産できるのではないか」。

 以下にスズキの決算資料から抜き出す。

  • ■輸出の伸長
  • ・当期はマルチスズキからの輸出台数が238,376台と過去最高を記録
  • ・おもな輸出モデルは、Baleno, Dzire, Swift, S-Presso及びBrezza
  • ・輸出先は南米、中近東・アフリカが主力で、100か国以上
  • ・当期は輸出の増加もあり、南アフリカ市場でのシェアが3.9%から6.9%に拡大

 インド国内向け製品は部品が不足して作れない。しかし工場を遊ばせておくのはもったいない。だったら手に入る部品だけで作れる仕向地用のクルマを作れば良い。

 もしかしたら現場では当たり前の判断だったのかも知れないが、こんな出口を見つけた会社は、少なくとも各社の資料を見ている限り他に1社もない。

 そもそもインドという場所は地政学的に面白い場所だ。欧州とアジアの間であり、アフリカにもリーチできる。欧州やアフリカとの海上輸送に関しては、マラッカ海峡などの東南アジア地域シーレーンのチョークポイントでの制約も受けない。

 仮に今緊張が高まっている中台の問題が勃発したときにも、影響を受けずに済むわけだ。

 スズキはそのインドに、早くから進出してきた。さらに近年はグジャラート工場の開設などの追加投資を行い、インドの国内自動車販売拡大の波に乗って業績を上げてきていた。

 しかしスズキにとって、インドへの投資は元々国内マーケットだけを狙ったものではない。長らく次世代のポテンシャルマーケットとして期待されてきたアフリカ市場への輸出拠点としての種まきも兼ねていた。

 その戦略にはトヨタも目を付けた。2019年にスズキがトヨタと資本提携を結んだ際には、両社が協業してアフリカマーケットを開拓していくことが盛り込まれていた。実際、トヨタは2020年から、マルチスズキで生産されるスズキの小型車「バレーノ」のOEM供給を受け、トヨタ・スターレットの名前でアフリカで販売を始めている。

 今回、スズキのインド拠点が、新たに世界への自動車輸出を拡大したことは、今後インドが「世界の工場」へと大きく発展して行く第一歩になるのかも知れない。

 この件、スズキに問い合わせをかけてみた。インドからの輸出増加は、部品供給難がある間だけの一過性のものなのか、それとも今後拡大させていくのか? スズキの説明によれば、部品の供給の先行きがわからないので確定的なことは言えないが、少なくとも今後、インド国内とインドからの輸出をどのようにバランスさせて行くかは、しっかり考えて行きたいとのことだ。

 仮に輸出が拡大して行けば、長らく未来のポテンシャルマーケットと期待されつつ、なかなか開花しなかったアフリカへの糸口をスズキが掴んだことになる。先走った妄想を言えば、スズキはインドの覇者からインドとアフリカの覇者へと脱皮するかもしれない。まだまだわからない話ではあるが、面白くなってきたと思う。

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池田直渡(いけだ なおと)

ライタープロフィール

池田直渡(いけだ なおと)

1965年神奈川県生まれ。1988年企画室ネコ(現ネコ・パブリッシング)入社。取次営業、自動車雑誌(『カー・マガジン』『オートメンテナンス』『オートカー・ジャパン』)の編集、イベント事業などを担当。2006年に退社後スパイス コミニケーションズでビジネスニュースサイト「PRONWEB Watch」編集長に就任。2008年に退社。以後、編集プロダクション、グラニテを設立し、クルマのメカニズムと開発思想や社会情勢の結びつきに着目して執筆活動を行う。

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1965年神奈川県生まれ。1988年企画室ネコ(現ネコ・パブリッシング)入社。取次営業、自動車雑誌(『カー・マガジン』『オートメンテナンス』『オートカー・ジャパン』)の編集、イベント事業などを担当。2006年に退社後スパイス コミニケーションズでビジネスニュースサイト「PRONWEB Watch」編集長に就任。2008年に退社。以後、編集プロダクション、グラニテを設立し、クルマのメカニズムと開発思想や社会情勢の結びつきに着目して執筆活動を行う。

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