新車試乗レポート
更新日:2026.10.09 / 掲載日:2026.10.09

新型エルグランドは王者アルヴェルの隙を突いた【池田直渡の5分でわかるクルマ経済】

文●池田直渡 写真●日産、トヨタ

 ご存知の通り、日本の高級ミニバン市場は、長らくトヨタのアルファード/ヴェルファイア、通称アルヴェルの一人勝ちだった。しかも、その成功は国内市場だけにとどまらない。今やアルヴェルは世界の高級車市場において、独自のポジションを確立しつつある。

 そもそもミニバンという車型は、日本で独自の進化を遂げてきた。広大な室内空間と多人数乗車を両立させ、日本の狭い道路環境でも使えるように磨き込まれた日本流の実用車だった。それを高級車として成立させ、世界の富裕層やVIPの移動手段にまで育て上げたのがアルヴェルである。かつて高級セダンや大型SUVが担っていた役割の一部を、日本生まれの高級ミニバンが奪い始めている。これは決して大袈裟な話ではない。トヨタは日本独自の自動車文化を、世界に通用する高級車の価値へと昇華させたのだ。その商品企画力は素直に称賛されるべきだろう。

 ただし、成功には成功の難しさがある。アルヴェルが築き上げた高級の価値観を愛している顧客は大勢いる。モデルチェンジのたびに、その顧客たちを裏切るわけにはいかない。どうしてもキープコンセプトになり、高級の定義そのものを大きく変更するのは難しい。そこに隙が生まれた。そして、その隙を突いたのが、長い空白を経て登場した日産の新型エルグランドだった。

 アルヴェルの高級感は、いわばオーセンティックでデコラティブなものだ。堂々とした押し出しの強さ、豪華な装飾、見るからに高価であることが伝わる造形。それはひとつの完成された高級車の姿である。一方、新型エルグランドが目指したのは、もっと現代的な引き算の高級だ。ホテルに例えれば、ホテルオークラの新館のような、装飾で豪華さを主張するのではなく、空間の作り方や素材の質感で上質さを表現する方向。少し和のテイストも織り込みながら、全体としては抑制の効いたデザインにまとめている。どちらが絶対的に優れているという話ではない。高級をどう表現するかという方向性が違うのだ。そして、筆者には、エルグランドの方が、時代の高級感をより的確に捉えているように思える。

 面白いのは商品体系である。国内で明確なミニバンのハイロー戦略を展開しているのはトヨタと日産だ。トヨタにはノア/ヴォクシーとアルヴェル、日産にはセレナとエルグランドがある。ホンダにもステップワゴンとオデッセイがあるが、こちらは商品ポジショニングが少し異なる。つまり、トヨタも日産も実用的なファミリー需要を下のモデルに任せ、上級モデルを高級側へ振り切ることができる。だからエルグランドは「高いんです」「でかいんです」「高級なんです」と割り切れた。価格や大きさを我慢して万人に売ろうとするのではなく、価値観の合う顧客に向けて商品を磨き込んだのである。ただし、両社には決定的な違いがある。トヨタには守るべき膨大な既存顧客がいるのに対し、長くモデルチェンジができなかった日産には、もはや失うものが少ない。それがチャレンジングなモデルチェンジを可能にした。

新型エルグランドは第3世代e-POWERを搭載。1.5L直列3気筒ターボエンジンで発電した電力でモーターを駆動するハイブリッド車

 さて、実際に走らせてみると、これがなかなか良い。思い起こせば1997年に登場した初代エルグランドは、実にだらしないアンダーステアのクルマだった。ステアリングを切っても、クルマの方が「曲がりたくないんです」と訴えているかのような身のこなし。運転の楽しさなど期待すべくもなく、ドライバーは家族を目的地に届けるために、奉仕活動として運転を引き受ける修行のようだった。それが4代目となる新型では、ちゃんと反応を期待して走れるクルマになった。ワインディングでもステアリング操作に対して正確な応答があり、曲がることを苦にしない。ドライバーも少なくとも運転を苦痛に感じることはない。むしろ、この種のクルマとしては積極的に運転を楽しめる仕上がりだ。

 特に印象的なのが、足回りの初期の動きである。ホテルの駐車場を走り出した瞬間から、4本の足が筋肉質に張っているような感触がある。無駄なロールを見せず、低速からフラットな姿勢を保ちながら滑らかに動く。シャシーには従来型からキャリーオーバーした部分もあるという。ただし、それを理由に出来栄えを低く評価する必要はない。実際、通常の路面入力に対しては剛性感がよく保たれており、今の日産に実行可能な限られた条件の中で相当に作り込んだことが伝わってくる。もちろん完璧ではない。高速道路で大きな補修跡を通過するような場面では、ズドンという入力に対してボディがドシャッと動くことがある。これだけ大きな車体を支える骨格として、絶対的な剛性にはもう少し余裕が欲しい。しかし、そうした大入力でもなければ弱点は顔を出さず、日常的な使用ではまず不満にならないだろう。

AWDモデルには前後モーターを緻密に制御することで走行性能を向上する「e-4ORCE」を採用している

 むしろ少し心配なのは、これだけよく走ることで、ドライバーが重量と重心高を忘れてしまうことだ。クルマの反応が良いからといって、物理的な限界まで引き上がったわけではない。以前、追浜のテストコースで限界域の身のこなしがよく制御されていることが確認できているが、実際の道路には勾配も路面変化もある。エルグランドに限った話ではないが、単純なオーバースピードで曲がり切れなくなれば、電子制御にも救えない領域は残る。それをやるユーザーが現れることを心配するくらいに、ミニバンとしてはよく走るようになったということでもある。

 しかし、エルグランドの本領はワインディングではない。大人数を乗せて行楽地まで長距離を移動する。その本業である高速巡航性能こそ、今回もっとも感心した部分だった。直進安定性が非常に高く、ゆったりとした室内のエアボリュームが豊かな移動空間を作り出す。そこにプロパイロットが加わると、淡々と距離を重ねることが実に快適になる。昔の欧州製高性能セダンのように、頻繁に車線変更を繰り返しながら速度を稼ぐクルマではない。一定のモラルの中で、疲れずに速く目的地へ移動する。そういう現代的な長距離移動車としては、現世代の同種のクルマの中でもベストに近い完成度ではないかと思う。

 パワートレーンの仕上がりも良い。e-POWERは低速域での滑らかさと静粛性が際立っている。日産のエンジニアによれば、車速に応じてエンジン回転数を細かく制御し、通常走行では必要以上に回転を上げないようにしているという。試しにアクセルを大きく踏み込むと、エンジンはそれなりに騒がしくなる。つまりエンジン単体が特別に静かなのではなく、制御によって上質な静粛性を作り出しているわけだ。ブレーキフィールも優秀だった。踏み込みに対する減速度の立ち上がりがリニアで、大きな車体の前後荷重を自然にコントロールできる。重量車ではこうした基本的な操作感の作り込みが、実際の運転のしやすさに直結する。

背もたれパッドを中折れ(スパイナルサポート)形状にすることで背骨の負担を軽減した「ゼログラビティシート」を全てのシートに採用している

 一方、シートには少し注文がある。面圧の分布を均等にしすぎている印象で、身体を動かす際の支持点がやや曖昧だ。表層のクッションも少しムチムチと厚ぼったく、もう少しすっきりした感触の方が筆者の好みである。ただし、ランバーサポートの出来は良い。シートについては短時間の試乗だけで結論を出さず、日産のエンジニアのおすすめ通り500km、5時間を超える長距離で改めて評価してみたい。

 新型エルグランドの価格は、ざっくり700万円から。もちろん誰にでも手が届くクルマではない。しかし、だからといって価格を下げるために商品を中途半端にする必要もない。庶民的な多人数乗りの需要に向けてはセレナがあるのだから、エルグランドは高級車としての価値を追求すればいい。そもそも日産は、アルヴェルと同じ台数を売る必要もない。

 アルヴェルが長年かけて築き上げた巨大な高級ミニバン市場には、従来とは違う高級感を求める顧客もいる。むしろ市場が世界へ広がり、多様な顧客を獲得したからこそ、ひとつの商品だけですべての美意識を満たすことは難しくなる。新型エルグランドは、そこに目をつけた。ディフェンディングチャンピオンに正面から攻め込むのではなく、少し離れた場所に、別の価値観を掲げた拠点を築いたのである。しかも、その差別化はデザインだけの話ではない。運転する楽しさ、高速巡航の快適性、パワートレーンの洗練度まで、商品そのものが新しい高級車像を裏付けている。

 アルヴェルの成功を冷静に分析した結果、エルグランドには新たな戦略地点が見えたのだ。アルヴェルになろうとしなかったこと。それこそが、新型エルグランドの商品企画の最大の成功だと思う。

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池田直渡(いけだ なおと)

ライタープロフィール

池田直渡(いけだ なおと)

1965年神奈川県生まれ。1988年企画室ネコ(現ネコ・パブリッシング)入社。取次営業、自動車雑誌(『カー・マガジン』『オートメンテナンス』『オートカー・ジャパン』)の編集、イベント事業などを担当。2006年に退社後スパイス コミニケーションズでビジネスニュースサイト「PRONWEB Watch」編集長に就任。2008年に退社。以後、編集プロダクション、グラニテを設立し、クルマのメカニズムと開発思想や社会情勢の結びつきに着目して執筆活動を行う。

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1965年神奈川県生まれ。1988年企画室ネコ(現ネコ・パブリッシング)入社。取次営業、自動車雑誌(『カー・マガジン』『オートメンテナンス』『オートカー・ジャパン』)の編集、イベント事業などを担当。2006年に退社後スパイス コミニケーションズでビジネスニュースサイト「PRONWEB Watch」編集長に就任。2008年に退社。以後、編集プロダクション、グラニテを設立し、クルマのメカニズムと開発思想や社会情勢の結びつきに着目して執筆活動を行う。

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