車種別・最新情報
更新日:2022.07.15 / 掲載日:2022.07.15

クラウンはなぜ変わらなくてはならなかったのか?【池田直渡の5分でわかるクルマ経済】

文●池田直渡 写真●トヨタ

 世界的にセダンが売れない。現在セダンのマーケットがまともに存在するのは中国だけ。北米はマーケットそのものが大きく、すでに米系メーカーがほぼセダンから撤退済みなので、多少の残存者利益が見込めるものの往年を知るものにとっては寂しい限りである。

 ご多分に漏れず我が国でもセダンは風前の灯火とも言える状況。カローラ、サニー、シビック、ファミリアから始まり、コロナ、ブルーバード、アコード、カペラと、とりあえずセダンが基本であり、自動車の中心であった時代は今や昔である。

 さて、改めて考えてみる。セダンとは何か? それは全ての機能をバランス良く満たした自動車の最適解であった。大人4人と人数分の荷物を積み、しかも人のスペースと貨物スペースをしっかり分ける。動的にも重心高を抑え、高い運動性能を実現し、必要があれば大排気量エンジンを搭載することも可能なそのパッケージには、クルマに求める要素が過不足なくもたされていた。

 そこに最初に変化をもたらしたのは速度規制である。北米で交通死亡事故が問題化し、厳しい速度規制が敷かれるようになった。これはアメリカを範としてきた日本も同じだ。「速度はリスクであり、クルマに速度を求めることはインモラルだ」と、新たにやってきたルールは言うのである。

 なぜスピードが注目される様になったかと言えば、話は簡単で、クルマが増えたからだ。自動車の世紀と言われた20世紀、経済発展と共に人と物の移動が増える。クルマは繁栄を支えるために増殖し、危険性、環境問題、交通渋滞といった様々な問題を引き起こして行った。

 それらの問題は、どれを取ってもアンチスピードの流れを指し示した。そうして日米では、高速運動性への要求が低下していく。渋滞の中をトロトロと走るのであれば、少しでも閉塞感がない方が良いに決まっているので、もっとスペースが欲しくなる。そうやってセダンより高い重心位置を受け入れる、つまり高速域の運動性能を諦めることとトレードオフで、エアボリュームの大きさを得た。具体的には商用ワンボックスバンをベースに、贅沢にスペースを与えたスタイルのミニバンのマーケットがセダンの受け持ち範囲のユーザーを切り取って分離派生していく。

 実は、10年以上遅れて、同じ流れが欧州でも発生した。こちらはベルリンの壁崩壊からの東欧の経済発展によるものだ。東欧にクルマ社会が訪れた結果、欧州域内を走るクルマが爆発的に増加し、危険性、環境問題、交通渋滞が社会課題になって行く。それでも、古くから高速道路網を使って高速で長距離を移動する習慣が根付いている欧州では、日米の様に商用モデルをルーツに持つワンボックス型のミニバンには行かず、いわゆるピープルムーバーの方向性に進む。彼らは日米のユーザーほどには高速域の運動性が諦めきれず、その結果、旧来のセダンシャシーの上に、嵩上げした多人数乗りのボディを構築する道を選んだ。ゆえに欧州のピープルムーバーは、既存のセダンより高重心であったが、日本型のミニバンよりは重心が低い。

 リソースの振り分けについて、エアボリュームをより重視するようになった日米と、そこは少し諦めても、運動性能の一部を手元に残して行った欧州型のピープルムーバーは言ってみれば同じニーズに対応した商品だが、地域のニーズに特化してローカライズした形とも言える。

 さて、こうして快適空間に対するニーズにおいては、セダンはミニバンやピープルムーバーに全く勝てない時代が来た。そこのニーズをごっそり持っていかれたあと、セダンに残るのは何かと言えば、走りの性能と、フォーマルなプロトコル性(成文化されていない慣例)である。しかしながら、すでに述べてきた様に、危険性、環境問題、交通渋滞といった様々な問題から、走りの性能を求めるユーザーの数は以前に比べて減りつつある。

 こうしてセダンは変わって行く。端的に言えばセダンはリヤシートの切り捨ての方向に向かった。どうせ多人数用途にはミニバン系のキラープロダクトがある。その勝てない領域で踏ん張っても仕方ない。そうやってセダンは徐々にクーペ的な形状を纏って行く。その象徴的なターニングポイントはベンツのCLSの爆発的なヒットだろう。同時にハイパワー化も進んだ。形と性能。それがどれだけの価値を産むかはわからないながら、残ったジャンルを徹底的に強化していったのが90年代以降のセダンのトレンドだったのだ。

 さて、そういう中で、クラウンは保守本流として最後までセダンの高次元バランスにこだわった。2012年デビューの14代目まで世間のトレンドに背を向けて、高バランスのセダンを追い求め続けたが、世の趨勢に逆らうことは叶わず、2018年デビューの15代目は古き良きセダンをついに捨てた。そうして生まれたクラウンは、すでに欧州各国が先行していた形を、トレースせざるを得なかった。

 だから15代目のクラウンは6ライトのクーペライクなデザインを採用し、併せて、ニュルブルクリンクで走り込んで動力性能を鍛えた。フォーマルなスタイルと、高次元な走りで、失った居住性を補おうとした。それは確かに世界の自動車メーカーが混迷の中でセダンに与えた共通の処方箋に則ったものであり、あの時点で、それ以上の解が出なかったことを筆者は責められない。なぜならそのタイミングでは筆者は次のクラウンのあるべき姿を指し示すことができなかったからだ。

 さて、世間的には本日が新型クラウンの発表タイミングだが、一足早く特許情報からデザインをスクープしてみせた媒体があり、筆者もそれでスタイルを見た。結論を言えば、新型クラウンの形は、基本的にはピープルムーバー型である。

 車高を上げたことで、おそらく乗降性が高まった。これはユーザーの平均年齢が高いクラウンにとって新たなアドバンテージになるだろう。ミニバンには敵わないまでも、おそらく室内は従来のセダンよりかなり広々しているだろう。そこにTNGA世代のシャシーを与えれば、運動性能も相応に高くなるのは容易に想像が付く。先代モデルがニュルで鍛え上げた走りを、完全に元の木阿弥に戻すとは考えられない。

 そういう意味で言えば、クラウンは見た目のセダンらしさを諦めた代わりに、むしろバランス良き多機能といセダンの原初に立ち戻ったと言えるのではないか? 本来3ボックスのスタイルは、バランス良き高性能を成立させるための手段であり、それそのものが目的ではなかった。果たして開発陣がそれを意識したのかしていないのかはわからないが、少なくとも一度は諦めたスペース領域での戦いを、もう一度取り戻し、そこにSUVやミニバンとは違うレベルの走りの性能が乗っかるのだとしたら、世界が求めていた新しいセダンの出口のひとつの模索例にはなるだろう。

 あとは形としてのセダンを求める層をどうするのか? それは発表を見てからもう一度考察したい。

この記事の画像を見る

この記事はいかがでしたか?

気に入らない気に入った

池田直渡(いけだ なおと)

ライタープロフィール

池田直渡(いけだ なおと)

1965年神奈川県生まれ。1988年企画室ネコ(現ネコ・パブリッシング)入社。取次営業、自動車雑誌(『カー・マガジン』『オートメンテナンス』『オートカー・ジャパン』)の編集、イベント事業などを担当。2006年に退社後スパイス コミニケーションズでビジネスニュースサイト「PRONWEB Watch」編集長に就任。2008年に退社。以後、編集プロダクション、グラニテを設立し、クルマのメカニズムと開発思想や社会情勢の結びつきに着目して執筆活動を行う。

この人の記事を読む

1965年神奈川県生まれ。1988年企画室ネコ(現ネコ・パブリッシング)入社。取次営業、自動車雑誌(『カー・マガジン』『オートメンテナンス』『オートカー・ジャパン』)の編集、イベント事業などを担当。2006年に退社後スパイス コミニケーションズでビジネスニュースサイト「PRONWEB Watch」編集長に就任。2008年に退社。以後、編集プロダクション、グラニテを設立し、クルマのメカニズムと開発思想や社会情勢の結びつきに着目して執筆活動を行う。

この人の記事を読む

img_backTop ページトップに戻る

ȥURL򥳥ԡޤ