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2023年03月23日 14:58自動車・モータースポーツ雑記 第一回「ニューマチックバルブ」

ここ最近作業実績の更新頻度が落ちているので「何かいい手はないか?」と考えたところ、「作業実績以外の雑記を上げてみれば良いのでは?」となったのですが、かといって自動車に全く関係ない話題をここでしても仕方ないと思いますので、今後アップするような作業実績が無い時にはモータースポーツ関連や自動車の技術に関して思いつくままに書き記していこうかと思います。記念すべき第一回はニューマチックバルブスプリングについてです。

現在の大衆車に多く搭載される一般的な4ストロークエンジンでは、カムシャフトが押し下げ開いた吸排気バルブはコイルスプリングの復元力によって引き戻され閉じるようになっています。無論、一般公道を常識的な回転域で走行する限りではこの方式で問題が発生する心配はあまりありません。しかし、より高回転・高出力が求められる競技の世界では話が変わってきます。高出力化を求めエンジンの回転域を高めていくと、バルブスプリングは次第にその回転に追従できなくなってゆきバルブを戻し切れないことによるパワーロスが発生してしまったり、スプリングの固有振動数に達しバルブが暴れ続ける=バルブサージングが発生し、最悪の場合ピストンとバルブが衝突しエンジンブローを引き起こしてしまう場合があります。

対策としてはバルブスプリングをより固いものに変更する・固有振動数の異なる2つのスプリングを組み合わせるといったものがありますが、スプリングを強化すればその分カム山がバルブを押し下げるのに力を要する=駆動損失になりますし、1つのバルブ辺りに2つのスプリングを使用すれば当然その分ヘッドの重量増になるといったようにいずれの方法にもデメリットがあり、またいずれの方法でもサージングを完全に防ぐことはできません。
他にもバルブの戻しをスプリングではなくより機械的な駆動によって行う「デスモドロミック」と呼ばれる方式もありこちらであればサージングを完全に防ぐことが可能ではありますが、部品点数の増加によるヘッドの重量増や整備性の低下、スプリングの復元力ではなく機械的駆動によってバルブを戻すことによって特に高回転域で増大する駆動損失等多くのデメリットが存在し、こちらもまた速さを追及する上で理想的な方式であるとは言い難い部分があります。

そういった試行錯誤の末登場したのが、今回の主題であるニューマチックバルブスプリングです。
「ニューマチック」とカタカナで表記すると新しいという意味の「new」を連想する人も多いかもしれませんが、この場合は空気式を意味する「Pneumatic」、つまり金属ばねではなく圧縮空気の力でバルブを引き戻す方式のことを言います。
この方式は複雑な制御を要し作動に必要な気体も常に消費し続けるため、量産市販車に採用するにはコストやエアの補充頻度等の面で不向きですが、それらを許容できるレーシングカーの世界に於いてはサージングも駆動損失も一挙に解決可能な正に理想的な仕組みでした。

このニューマチックバルブを初めて採用したのは1986年のF1グランプリに投入されたロータス98Tに搭載されていたV6ターボエンジン、ルノー・EF15B。このエンジンはたった1500㏄の排気量ながら、決勝仕様のブーストでも900馬力オーバーを達成する強烈なスペックを誇っていました。
98Tはかの有名なブラジルの英雄、アイルトン・セナのドライブによって全16戦中8戦と実に半数のラウンドの予選でポールポジションを獲得するという驚異的な速さを見せましたが、一方で決勝に於いてはエンジンの信頼性不足に泣くことが多く、セナの天性のドライビングを以てしても勝利はスペインとデトロイトの2戦のみ、その他の完走したラウンドでは全てポイント圏内でのシングルフィニッシュを決めているものの6戦ものラウンドでリタイアの山を積み上げるという両極端なリザルトで、86年の最終的なランキングも4位に終わりました。

一方で僚友でありこの年F1デビューのルーキーでもあるジョニー・ダンフリーズ“伯爵”は試作型の6速マニュアルトランスミッションを搭載していたことからセナ以上に信頼性に苦しめられることとなり、9戦ものリタイアとモナコでの予選落ちで半分も完走することができず、成績不振からたった1年でロータスから放出されそのままF1を去るという散々な目に遭ってしまいました。

速さに於いても終始セナを大きく下回っていた上に前述の通り1年限りでF1を去ってしまったために他に同じマシンでF1を戦ったドライバーが居ないこともあって何かと過小評価されがちなダンフリーズ卿ですが、入賞こそ2回に留まるものの完走しているレースではすべてシングルフィニッシュを決めており、何より当時の数少ない決勝オンボードである最終戦・アデレードでのドライビング映像を見れば彼のドライビングも相当にレベルが高かったことが良く分かります。惜しむらくはデビューチームがドライバーへの要求が高い名門・ロータスであったことと、デビュー時点でのチームメイトがあまりに規格外であったことでしょうか…。たらればにはなりますが、デビューのタイミング次第ではもっと活躍できたドライバーだったように思います。

その後ルノーは経営不振からF1を一時撤退。89年にエンジン規定が3.5L・自然吸気に変更された折にニューマチックバルブを採用したV10エンジンをウィリアムズに供給する形で復帰を果たし、92年にはRS4エンジンを搭載したFW14Bが圧倒的な強さでドライバーズ/コンストラクターズのダブルタイトル獲得を果たします。ニューマチックバルブの初投入から年間タイトル獲得まで、空白の期間も含め実に7年もの期間を要したのでした。
なお、現代のF1エンジンにおいてはもはや当たり前となったニューマチックバルブですが、ホンダが採用したのは92年シーズン途中に投入したRA122E/Bから、ヤマハが採用したのは93年に投入したOX10Aからであり、ルノーがいかに先進的であったかが窺い知れるでしょう。

このように90年代前半の時点で“四輪モータースポーツの最高峰”と言われるF1においてすらまだ最先端の新技術であったと言えるニューマチックバルブですが、あろうことか95年にこの最先端技術をツーリングカーレースに投入してしまったメーカーが存在します。そのマシンこそがアバルトの開発コード“SE062”を与えられた怪物、アルファロメオ155 V6TIでした。

1986年にDPM(Deutsche Produktionswagen Meisterschaft:ドイツプロダクションカー選手権)から改称される形で発足し92年までグループA規定で争われたDTM(Deutsche Tourenwagen Meisterschaft:ドイツツーリングカー選手権)は、93年により広い改造範囲を許された全く新しい車両規定であるクラス1規定を採用。しかし、この規定変更によりそれまで参戦していた多くのエントラントが撤退してしまい、シリーズの存続が危ぶまれる事態に発展してしまいます。そんな中、新たなエントラントとして白羽の矢が立ったのがアルファロメオでした。彼等は92年度、既にWRCにて多くの実績を挙げていたランチア デルタHFインテグラーレと共通のコンポーネントを持つAWDツーリングカー・155GTA(SE051)でイタリアンスーパーツーリズモ選手権を席巻し、同年のシリーズを制しましたが、同選手権は翌年からBTCC(British Touring Car Championship:英国ツーリングカー選手権)由来のクラス2規定の採用を決定します。

規定の変更により活躍の場を失った155GTAのノウハウを活かすという意味でも、DTM参戦はアルファにとって旨味のある話だったのでしょう。彼等はこの誘いに飛びつき、アルファコルセはクラス1規定に合致した新たなAWDツーリングカー・155 V6TI(SE057)を開発。満を持して93年のDTMに投入されたそのマシンは4台という少ないエントリー台数ながら選手権を掻き回し、シーズンが終わってみれば全20戦中12勝(ノンタイトル戦を含めば22戦中14勝!!)という圧倒的な戦績でメイクス・ドライバーズの両タイトルを奪取し、デビューイヤーながらドイツの選手権をイタリアからの刺客が完全に制圧してしまったのです。しかし翌94年からは他のエントラントも力を付け、アルファコルセは苦戦を強いられます。中でもメルセデスが93年の雪辱を晴らすべく投入したW202 Cクラス DTMは2WDながら非常に高い戦闘力を示し、アルファはたった一年で王座から引き摺り下ろされてしまいました。

翌95年、DTMはITC(International Touringcar Championship:国際ツーリングカー選手権)なる国際格式レースへの繰り上げの話が持ち上がり、95年はDTMとITCの併催となることが決定。クラス1規定の改造範囲変更もあって、アルファコルセは95年に向けてマシンの大幅な改良に着手します。こうして生まれたのが“SE062”155 V6TIなのです。新たな開発コードが与えられたことからも、このマシンの本気具合が伝わってくるといったところでしょう。セミオートマチック化やプッシュロッドを介したインボードサスペンション化等車体の改良点も多岐に渡りますが、注目すべきはやはりそのパワーソース。先述の通りこのSE062にはF1由来の最新技術であったニューマチックバルブを採用した2.5L NAの60度バンクV6エンジンが搭載され、最高出力は前年型比で実に30馬力アップの450馬力を達成しました。

内容だけ見れば正しく「ツーリングカーの皮を被ったF1」と呼ぶに相応しい本気のパッケージングを与えられ鳴り物入りでデビューしたSE062でしたが、いざシーズンが開幕してみると思ったような戦闘力を発揮できず成績は低迷。シーズン途中には94年スペックの改良型を引っ張り出してくる始末と、結果から評すれば失敗作と言っても過言ではない惨敗を喫してしまいます。結局アルファコルセとV6 TIの復活はシリーズがITCに一本化される翌96年、更なる改良型である“SE065”の登場を待つ形となりました。

また、現在では二輪の最高峰であるMotoGPに於いてもデスモドロミックを採用し続けるドゥカティを除きほぼ全てのメーカーがニューマチックバルブを採用していますが、この技術を初めてMotoGPに持ち込んだのは意外にもアプリリアでした。

時はGP500がMotoGPに改称された初年度である2002年。それまでの2サイクル・500㏄から4サイクル・990㏄に切り替わる新規定に合わせ、GP最高峰への復帰を目論んだアプリリアは英国の名門エンジンビルダー・コスワースにエンジン開発を依頼します。開発されたエンジンは最低重量規定の優遇を得るために並列三気筒を採用し、スロットルバイワイヤやニューマチックバルブ、トラクションコントロールといったコスワースがこれまでF1で培ってきた先端技術を惜しげもなく注ぎ込んだ非常に先進的と言える代物で、実際当時としては非常にパワフルなエンジンに仕上がっていました。しかし、このエンジンを搭載したRS³ (キューブ)の戦績は芳しいものではありませんでした。コスワースには二輪用エンジンのノウハウが乏しく、ピークパワーばかりを追求した結果過渡特性が悪い非常に扱い辛いエンジンになってしまったのです。また、硬すぎる車体とのミスマッチでパワーを有効に使い切れなかったことや、車重を上手く絞り切れず最低重量の優遇を睨んだはずの三気筒が上手く機能しなかったのも低迷の一因と言われています。

とはいえ、現在ではRS³に投入された多くの先端技術がGPに於いてスタンダードとなっており、且つ他のメーカーがニューマチックバルブの採用に踏み切り始めたのが2006年以降であることを考えれば、このエンジンの先進性・先見性に疑いの余地はありません。何より、独特でありながら雄叫びのような力強さを持つ三気筒・超高回転エンジンの快音は、間違いなく多くのファンを魅了しその記憶に焼き付いたことでしょう。

近年はニューマチックバルブの発展形とも言える技術としてカムレスエンジンと呼ばれるものも研究されています。これはその名の通り動弁系の作動にカムシャフトを使わず空圧や油圧、或いは電磁力によってバルブの開・閉両方を掌るもので、長く重いカムシャフトやそれを駆動するためのタイミングベルト/チェーン・プーリー/スプロケット等を廃することによって得られるヘッドやエンジン全体の小型・軽量化や機械損失の軽減、カム山の形状に縛られない・各気筒独立可能な自由度の高いバルブタイミング/リフトの可変制御等といった多くのメリットが期待できる技術です。これはエンジンの出力向上のみならず燃費向上や排出ガスのクリーン化といった環境性能の面でも恩恵が得られるものですが、市販車に於ける現時点での実用化例はスウェーデンの少量生産スポーツカーメーカーであるケーニグセグのジェメラに搭載された2リッター3気筒ツインターボエンジンが唯一であり、コストや信頼性の関係から一般的な量産市販車に採用されるには至っていません。また、カムレスエンジンはまだモータースポーツの現場にも投入されておらず、これからが楽しみな技術と言えるでしょう。

今回のルノーの例のように信頼性の確立に時間が掛かったり、アプリリアのように鳴かず飛ばずのまま去ったりと、革新的な技術を取り入れるのは容易いことではありません。中には最初に投入したチームが上手くいかぬうちに先に他のチームが同様の技術をモノにしてしまったり、一度は失敗と評された技術であっても後に見直され、時には全く別の活用方法に化けて成功を収めるなんてこともあります。しかし断言できるのは、どんなケースに於いても最初に挑んだ者の存在無くしては革新も成功も有り得ないということです。時代を創り上げてきた多くのファーストペンギン達に、惜しみない賛辞を送りましょう。

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