新車試乗レポート
更新日:2025.07.13 / 掲載日:2025.07.11

eビターラ登場 貶したり褒めたり【池田直渡の5分でわかるクルマ経済】

文●池田直渡 写真●ユニット・コンパス

 スズキから新型EV「eビターラ」が発表された。eビターラはスズキ初のBEVであり、スズキのBEV世界戦略車の第1弾だ。第1弾ということは当然ながら複数の計画があり、おそらくはその複数の計画に対しての生産や発売に対するプランもすでに構築されているはずである。 いずれにしてもその主力となるのはインドのグジャラート工場であろうことは容易に想像がつく。

 さて、「世界が求めるEVはどういうものか?」という問いに対して、スズキが出した答えは、Bセグメント、コンパクトクラスのSUVという、まさに奇をてらわない正攻法であった。スズキが掲げる“小・少・軽・短・美”から言えば、大胆なリーンバッテリー化が期待されるのだが、バランス感覚の良いスズキのこと、それはちょいと時期尚早とばかり、むしろ多めのバッテリーを搭載してきた。49kWhと61kWhの2容量が用意され、FFモデルでは選択が可能で、AWDでは大きい方一択となっている。

eビターラはスズキ初の電気自動車として開発され、2024年11月にイタリアで発表。2025年度中の日本市場投入を予定する

 この辺りの塩梅はなるほどなぁと思わせる。我が道を行くスズキらしい。そもそも2020年、2021年頃には世界は「EVにあらずんばクルマにあらず」と言わんばかりの大旋風が吹き荒れていた。ご多分に漏れずインド政府もまた「オールEV化」を掲げて暴走を始めていた。そこを粘り強く交渉して、農業廃棄物由来のバイオ燃料やCNGなどの現実路線とBEVのミックス政策に着地させた功績も全部とは言わないが確実にスズキの貢献がある。あの広大な国土に充電器を普及させるのは容易なことではない。そもそも非電化地域がまだまだある国だ。

 すでにマルチパスウェイ戦略は共通認識化しているのだろう。しかし「BEVを出した」という点ではどこも同じかも知れないが、「多くのソリューションの内のひとつとしてのBEV」と「クルマの未来が全て1点に収斂する先としてのBEV」は違う。そして後者を掲げる人はもはや少数派となった。

 つまりeビターラは、マルチパスウェイ戦略側のBEVであって、BEVという選択肢を市場に提示して、育てる、あるいは淘汰の波に任せてみる話である。それを根気強く繰り返している内にBEVのポテンシャルに応じた普及が進み、市場が本当にリーンバッテリー化を望むタイミングが来ればリーン化を進めるのだろう。こういうところで極端にコンセプチュアルに寄らないところがスズキ流だと筆者は思う。

 さてこのeビターラ、先日、袖ヶ浦フォレストレースウェイでプロトタイプに試乗してきた。動くものとしての出来はとても良いが、一方でスズキの悪い癖も出ている。特に悪い部分については早急に解決してもらいたい。

ペダルオフセットとは、アクセルペダルの位置がドライバーに対して左側に寄っている状態を指す。不自然な体勢を強いられ疲労などにつながる

 ダメな部分は主に2つある。ひとつは昨今の日本車の水準にあるまじきペダルオフセット。実はこれについては2014年に更新されたスズキの現行型プラットフォーム「HEARTECT」の登場以来、長らくスズキの試乗会で指摘し続けている。が、筆者としても情状酌量せざるを得ない部分もあって、少し手加減してきた。

 現実問題としてスペースの限られた軽自動車は、登録車並みのペダル配置を求めるのは非現実的であり、そこは多少の手加減をせざるを得ない。

 そして登録車の方も件の「HEARTECT」でオフセットを許容するシャシーを作ってしまい。以後、キャリーオーバーで設計されている以上、基本はそうそう変えられない。だから「わかってはいるのですが、これで精一杯です」という説明で筆者は矛を収めてきた。しかし今回、eビターラのために再設計された「HEARTECT-e」でもペダルオフセットが直っていないのは看過できない。

 もちろんHEARTECT-eとて全くの新設計ではなく従来型のHEARTECTのアップデート版であろう。しかし、フロントにエンジン/ミッションが入るのとモーターが入るのではフロントストラクチャーの設計自由度が根本的に違うはずで、ここには絶対に手を入れたはず。その時にペダルオフセットの改善余地は大いにあったはずである。であるにもかかわらず、こんなにひん曲がったペダル配置で良しとしたのは、ドライバーインターフェイスに対するスズキの見識はその程度と断じざるを得ない。これで良いと思っていなければこんなオフセットのまま作らない。これに関してはわざとスズキの癇に障る言い方をするが、何にもわかっちゃいない設計だ。

 スズキには大きな期待もしているし、尊敬もしている。大いに成長して欲しい。だからこそこんな設計をしていてはダメだ。スズキには大躍進の兆しが大いにあるのだが、こういうところが直らなければ失速する。そのくらい大事だ。だから全社で本気で取り組んで欲しい。設計した人は池田のこの記事を読んだ偉い人から怒られろ。そして奮起して最高のインターフェイスを作れ。そうやってスズキ躍進の原動力になれ。

 もうひとつは上下とも直線形状の極端な異形ハンドル。これは筆者が過去に運転したクルマの中でも記録級に酷い形状だった。コースにはスズキ側でパイロンを並べた部分があり、エルクテストができるようになっていたのだが、あまりに変な形なのでスピードを上げていくとハンドルが持ち替えられない。仕方ないのでハンドルのてっぺんのまっすぐな部分を片手で持って持ち替えなしで操舵するしかなかった。このハンドルは筆者ならゴミ箱に放り込んで、クルコンが使えなくなったとしてもナルディの社外品に取り替える。

 EVだから未来的なインテリアをという気持ちはわかるが、緊急操作時に掴めないハンドルは本末転倒も甚だしい。そういうのがやりたければシトロエンを見習って1本スポークとか、いくらでも未来的で機能的なデザインはできるはずだ。ついでに書くが、スイフトとフロンクスも下を直線にしたデザインをやめて欲しい。ジムニーはちゃんとしているではないか、ジムニーは。

AWD仕様では前後に2つの電動アクスルを搭載する「オールグリップe」を採用。悪路での走破性の高さにもこだわっている

 という具合にハンドルとペダルという重要なところが酷い有様だったことと比べ、動的質感の素晴らしさよ。ここのところ、スズキの新世代登録車は知らない間にぐんぐん充実してきており、クロスビー、ジムニーシエラ、ジムニーノマド、スイフト、ソリオ、フロンクスと佳作車が並んでいる。いずれこれにスイスポの新型が加わり、今回のeビターラが加わる。見事なものではないか。

 すでにフロンクスの時、スズキ車の身ごなしの穏やかさとスポーツ性のバランス取りには舌を巻いていたのだが、今回のeビターラは、それを上まわる良いできだった。

 場所がサーキットなので色々実験もできた。公道で一番危ないオーバースピードによるコーナー侵入での挙動の乱れもよく躾けられている。フロントが滑って、速度が落ち、そこから挙動を取り戻すというオーソドックスな躾けができていながら、ドライバーが上手いこと限界内に収めて踏み込めば、AWDではそれなりにリヤが回り込み、FFでは前輪が踏ん張れる範囲が見極め易く、結構スポーティに走ることもできる。

 乗り心地は車重がある分動きが穏やか。サーキットは段差がないので、重量車で留意すべき横Gがかかっている時の突き上げによる乱れは見極められなかったが、どうも相当に良さそうだ。それとEVだからと言って馬鹿馬鹿しく尖った加速力を持たせなかったのも見識を感じた。快速SUVとして良き塩梅だと思う。

 さてスズキに本当に頼みたい。クルマは新型が出る度に長足の進歩を感じるし、ビジネス戦略も本当に素晴らしいので、ペダルとハンドルも世界の水準でなんとかして欲しい。これは心からのお願いだ。 

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池田直渡(いけだ なおと)

ライタープロフィール

池田直渡(いけだ なおと)

1965年神奈川県生まれ。1988年企画室ネコ(現ネコ・パブリッシング)入社。取次営業、自動車雑誌(『カー・マガジン』『オートメンテナンス』『オートカー・ジャパン』)の編集、イベント事業などを担当。2006年に退社後スパイス コミニケーションズでビジネスニュースサイト「PRONWEB Watch」編集長に就任。2008年に退社。以後、編集プロダクション、グラニテを設立し、クルマのメカニズムと開発思想や社会情勢の結びつきに着目して執筆活動を行う。

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1965年神奈川県生まれ。1988年企画室ネコ(現ネコ・パブリッシング)入社。取次営業、自動車雑誌(『カー・マガジン』『オートメンテナンス』『オートカー・ジャパン』)の編集、イベント事業などを担当。2006年に退社後スパイス コミニケーションズでビジネスニュースサイト「PRONWEB Watch」編集長に就任。2008年に退社。以後、編集プロダクション、グラニテを設立し、クルマのメカニズムと開発思想や社会情勢の結びつきに着目して執筆活動を行う。

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