新車試乗レポート
更新日:2023.12.19 / 掲載日:2023.12.15

謎のクルマ クラウンスポーツ【池田直渡の5分でわかるクルマ経済】

文●池田直渡 写真●トヨタ

 すでに多くの読者はご存知の通り、今回のクラウンは「群で戦う」というコンセプトの下に4つの車形を与えられてデビューした。

 15代目にあたる先代のクラウンは盛んに「ニュルで鍛えた」とアピールしていただけあって、運動性能的にとてつもないハイレベルであったにも関わらず、クーペライクセダンを保守的デザインに包むという煮え切らなさと量産性の低いFRシャシーの生産性問題に起因する高価格のコンボで失速した。多数派の顧客の求めに対して高すぎる運動性能に要したコストと、口を出す人が多すぎたデザインがクラウンを迷子にしてしまった。

 そうした反省の上に、今回のクラウンでは量産効果の高いGA-Kプラットフォームを採用して売価を引き下げつつ、AWDの前後駆動力配分制御のE-Fourと、ハンドル操作や車速に応じて後輪の角度を操舵制御するDRS(ダイナミック・リヤ・ステアリング)、「走る・曲がる・止まる」を統合的に制御するVDIM(ビークル・ダイナミクス・インテグレーテッド・マネージメント)を投入して運動性能を一定レベル以上に担保した。やりすぎた15代目の反省である。いくら良くても高過ぎる値段は結局ユーザーに許容されないことが骨身に染みたので、レベルを丁寧に擦り合わせた。

 長い伝統に裏打ちされたクラウンは、多くの人の「俺のクラウンとはこうだ」の多様な思いが否応なく詰まっている。それらのニーズを切り捨てないために4車形に増殖した。相反するものを1つに詰め込んで失敗したなら、細分化して住み分けようというのは順当な話である。

新型クラウンシリーズ。左からクラウン(クロスオーバー)、クラウン(スポーツ)、クラウン(セダン)、クラウン(エステート)

 先行発売されたクラウンクロスオーバーが基本系である。クラウンに求められるダイナミクスを守りつつ、商品性の主軸ははっちゃけたデザインで成立している。それはクーペライクセダンデザインのリベンジであり、そうして生まれたのがパーソナルセダンの新形態である。

 セダンは、セダンデザインの大原則に基づいた水平なウエストラインを妥協なく貫き、セダンに求められる豊かな後席空間を成立させた。立ち位置はフォーマルセダンで、パーソナルユースの保守層とショーファーユースの法人需要を受け持っている。官公庁を筆頭とした環境対策需要に合わせるため、MIRAIのコンポーネントを使ってFCEVのバリエーションを用意した。そのためにクラウン唯一のFRレイアウトを採用している。裏読みすれば保守本流のセダンは今更爆売れはしない。だからFRでも生産性で困らないということだ。クラウン顧客の内でも最も保守的な少数層に向けた商品だろう。

 多分、悪ノリに近い1台はクラウンエステートで、クラウン伝統のワゴン復活である。群で戦うならと、一度切り捨てたニーズをもう一度拾う気だ。歴代のクラウン・エステートは、主に個人事業主が、配達などの仕事に使うというエクスキューズで、購入費を経費で落としつつ、その実個人使いで高級車に乗りたいというある種のヨコシマさに支えられてきた。ただもうそんな客は少ないのではないだろうか。だから伝統だとは言え、バンパー上面に合わせたフラットフロアを再現する意味があったのかどうかはちょっと疑問がある。

 現在の、ましてやこのクルマの客は富裕アクティブ層なはず。当然荷室ユーティリティを求める層にとっての選択肢となる。そう思って実車を見ると、フルフラットに囚われて床面が高すぎる。600万円という価格から客層を考えれば、その層が求めるユーティリティは少なくとも車中泊ではないだろう。あっちの媒体でもこっちの媒体でも「車中泊できるクラウン」と書かれていることをトヨタは真剣に受け止めた方が良い。ここにいるのはキャンプよりグランピングの客だ。荷台が平らで広いと喜ぶ客ではなく、シモンズのベッドを当たり前だと思う客なのだ。それを突き超えて、サハラ砂漠やアラスカで冒険というマジ系の富裕層は多分ランクルで行く。

 おそらく、クラウンエステートに求められるユーティリティは、富裕層が嗜みそうなスポーツギヤが積めるかどうか。つまり他の3車形では得られない荷室高さを備えることが大事なのではないか。多分そこそこポピュラーなスポーツギアの内、積載性への要求が最も厳しいのはスポーツサイクルだろう。少なくともこの手のワゴンであれば、前輪を付けたままのロードレーサーやマウンテンバイクが、立てて2台積めないと厳しい。ちょっと高いと50万円、上は100万200万の昨今の自転車を誰でも触れるキャリアに外積みしたくないからワゴンなのだ。

クラウン(スポーツ)

 従来のクラウンのイメージに囚われていると、一番わかりにくいのがクラウンスポーツだが、先入観を全て排除して、まっすぐにクルマを見れば、要するに新型クラウンに用意されたスタイリッシュで高級なSUVである。「えーとクロスオーバーはセダンとSUVの掛け合わせで」みたいにキャラ被りとかそういうのを全部忘れて見れば、誰がどう見てもSUVど真ん中のクルマである。

 SUVは、言わずと知れたプレミアムカービジネスにおける稼ぎ頭。ロールスやフェラーリまで既存のイメージをかなぐり捨てて参戦するゴールドラッシュの桃源郷である。ここを放っておく手はない。そして誰に聞いても、スポーツのスタイルは高評価。素直にカッコいい。トヨタデザインがそういう評価を得ることは珍しい。

クラウン(スポーツ)

 マーケットを見回すとおそらくガチンコ相手はポルシェ・マカンになる。マカンは830万円から、クラウンスポーツは590万円から。価格的には十分以上に戦える。

 搭載されるのは現在のトヨタのベストパワートレインと言える2.5ダイナミックフォースエンジンとTHS2の組み合わせ。システム最高出力は172kW(234PS)で、WLTCモード燃費は21.3km/L。パワーは十分で燃費も良い。勝ち目があるではないか。

 まだ乗っていないエステートを除けば、最もダイナミックスが優れているのがこのスポーツである。キャラがわかりにくいけど、その実イチオシなのだ。

クラウン(スポーツ)には、AWDの前後駆動力配分を制御するE-Four、ハンドル操作や車速に応じて後輪の角度を操舵制御するDRS、「走る・曲がる・止まる」を統合的に制御するVDIMなどのテクノロジーが搭載される

 今回、スポーツとセダンについて、横浜で公道市場の機会があった。実はスポーツにはすでにサーキットでも乗っている。限界域でのコントロール性が本当に素晴らしい。クラウンシリーズはそもそも高級車なので、全体に限界レベルは高いのだが、その領域で良い味があるとまで言えるのはスポーツだけだ。具体的に言えば、滑った領域からスロットルオフで鼻先がインにちゃんと向かうし、四輪が滑る領域からもAWDを信じて踏めばキチンと曲がる。巨体が嘘の様で、コントロール性のレベルだけで言えばスポーツカー水準にある。そういう意味では幸薄かった先代がニュルで鍛えた遺伝子をスポーツはわずかに残している。

 では激辛仕様なのかというと、今回試した街乗りは穏やか。足が硬かったりしないし、ガタピシの突き上げもない。よくできたスポーツセダンの塩梅をわきまえたセッティングで、W124の500Eを思い起こさせた。一応筆者としては最上の褒め言葉のつもりである。ということでクラウンスポーツは、現代におけるよくできたクルマの代名詞と言えるかもしれない。

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池田直渡(いけだ なおと)

ライタープロフィール

池田直渡(いけだ なおと)

1965年神奈川県生まれ。1988年企画室ネコ(現ネコ・パブリッシング)入社。取次営業、自動車雑誌(『カー・マガジン』『オートメンテナンス』『オートカー・ジャパン』)の編集、イベント事業などを担当。2006年に退社後スパイス コミニケーションズでビジネスニュースサイト「PRONWEB Watch」編集長に就任。2008年に退社。以後、編集プロダクション、グラニテを設立し、クルマのメカニズムと開発思想や社会情勢の結びつきに着目して執筆活動を行う。

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1965年神奈川県生まれ。1988年企画室ネコ(現ネコ・パブリッシング)入社。取次営業、自動車雑誌(『カー・マガジン』『オートメンテナンス』『オートカー・ジャパン』)の編集、イベント事業などを担当。2006年に退社後スパイス コミニケーションズでビジネスニュースサイト「PRONWEB Watch」編集長に就任。2008年に退社。以後、編集プロダクション、グラニテを設立し、クルマのメカニズムと開発思想や社会情勢の結びつきに着目して執筆活動を行う。

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