新車試乗レポート
更新日:2022.12.23 / 掲載日:2022.12.23

プリウス 25年かけた回生ブレーキの完成【池田直渡の5分でわかるクルマ経済】

文●池田直渡 写真●トヨタ

 11月16日に発表された新型プリウスは、今までのスタイルを完全にイメチェンした姿で登場した。呪いの魔法が解けたカエルが王子様になった様だ。

 しかしながら、呪いが解けたのは、姿形ばかりではなかった。その走りもまたそのスタイルに勝るとも劣らないほどに変わっていた。

 走りの水準はもはやスポーツカーと言っても良い。走り出してすぐ感じるのはクルマの軽さである。いまだ詳細の発表はないので正確な車両重量はわからないのだが、筆者がエンジニアに尋ねると、新旧で車両重量の大きな差はないと言う。ところがアクセルを踏むとクルマの動きが違う。具体的にはモーターのアシスト量が増えて、発進時のトルクが厚くなっただけでなく、中間加速においても、明らかに付きがタイトになってレスポンスが向上している。

 BEVの美点が備わった様だといえばわかる人もいるだろう。一言でいえばパワートレインのタイト感が優れたクルマへと変わった。30型までのプリウスの辞書には「パワートレインのタイト感」という言葉が載っていなかった。現行の50型がデビューした時、筆者は「今度のプリウスはアクセルを踏むと加速するのだ」と書いたくらいで、要は現行50型でやっとそれが世間並になったと思いきや、新型では市販車全体の中でも上位に入るほどにそれが良くなった。信じがたい人は多いと思うが、疑うなら試してみれば良い。

 試乗が行われたのは、富士スピードウェイのショートコースで、クルマには色々と厳しい。まずは大外の白線をトレースしながら、街乗り速度でライントレース性を見る。ストレートを下った先のS字の2つ目は右にタイトに巻き込む極端に小さなRだが、それにステアリングだけで付いて行く。ちなみに同じことをした時に、現行モデルはここで膨らんでしまう。あるいは、上り坂の頂点、フロントタイヤが抜重したタイミングで右へ鼻先を捩じ込まなければいけないコーナーでもちゃんとステアリングだけでトレースできる。

 エンジニア曰く、2世代目に入ったGA-Cプラットフォームで強化した、フロントセクションの横曲げ剛性が効いているのだそうで、それはそれは霊験あらたかな改善であった。

 スピードを上げてサーキットらしい速度で走っても挙動が落ち着いている。フロントは限界時のアンダー増加が緩やかで、かなりネジが飛んだドライバーでも、そろそろやばいのは明確にわかる。一方でリヤは変なことをしない限りは落ち着いている。変なことの話は後で書く。

 何よりすごいのは、これだけの走行性能を持ちながら乗り心地の犠牲は全くない。わかる人は少ないかもしれないけれど、ルノーかロータスの様な、よくストロークするアシでありながら、粘りと切れ味を兼ね備えている。スポーツカーと言ってもキレキレを求めるハード系ではない。むしろ知的なアスリート感のある走りと言っても良いだろう。要するにスゲー。

 さて、歴代プリウスが築いてきた美点は燃費と下取りである。一方で辟易とされてきたのは、ドライブトレインのラバーバンドフィールと木に竹を継いだ様な回生ブレーキと物理ブレーキの受け渡しのマズさだった。この2つについては、もう燃費と引き換えにドライバーに下される罰ゲームだと筆者は思ってきた。燃費はプリウスの最大のセールスポイントでもあったが、同時に呪いでもあったのだ。

 ところが現行の50型から、それがほぼ欠点では無くなり、罰ゲーム無しで燃費の特典が得られる様になった。そして、ついに今度の新型では、悪しき伝統を脱し、パワートレインもブレーキも、そこらのクルマよりずっと良くなった。先ほど触れた下りストレートからの左右と続くS字で、ブレーキドリフトができてしまう。要するにペダルの踏み加減でリヤの滑りがコントロールできるのだ。無茶と書いたのはこれのことだ。そんなわけあるかいとお思いのあなた。筆者も常識的にはそう思う。けれどできちゃったのだ。

 思い返せばこの25年間、どれだけの自動車ジャーナリストがプリウスの回生ブレーキを「クソ」と罵ってきたことか。いや、まあ誰もがそんな下品な言葉を使ったわけではないだろうが、見ていたものと言いたいことは皆一緒だったと思う。

 おそらくはそういう言われ方で腑が煮え繰り返りながら、開発を続けてきたエンジニアの方は大勢おられたことだと思う。しかしわれわれもあのブレーキを褒めるわけにはいかなかった。回生と物理を様々な状況で上手く使い分けるのが大変なのはわかっていても、読者にとってはそれはメーカーの都合。そこは庇えない。批判するより他なかった。

 そしてそうした人々の長きにわたる努力が実って、プリウスのブレーキを自動車ジャーナリストが褒める日がやってきた。25年をかけて回生ブレーキは完成の域に達した。

 一応、今回のクルマはプロトタイプ。念のために、生産モデルで一般道をきちんと走ってみるまでは、太鼓判は押さない。それで何度か懲りているので、結論はその時まで待って欲しい。ついでに言えば燃費も車両価格もまだわからない。しかしながら、価格はともかく、今度のプリウスにとっては、燃費はすでにおまけで、主役は走りとスタイルである。すでにお薦めしたくてウズウズしていることはここまでの書きっぷりでバレているとも思う。プリウス恐るべし。続報を待たれたし。

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池田直渡(いけだ なおと)

ライタープロフィール

池田直渡(いけだ なおと)

1965年神奈川県生まれ。1988年企画室ネコ(現ネコ・パブリッシング)入社。取次営業、自動車雑誌(『カー・マガジン』『オートメンテナンス』『オートカー・ジャパン』)の編集、イベント事業などを担当。2006年に退社後スパイス コミニケーションズでビジネスニュースサイト「PRONWEB Watch」編集長に就任。2008年に退社。以後、編集プロダクション、グラニテを設立し、クルマのメカニズムと開発思想や社会情勢の結びつきに着目して執筆活動を行う。

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1965年神奈川県生まれ。1988年企画室ネコ(現ネコ・パブリッシング)入社。取次営業、自動車雑誌(『カー・マガジン』『オートメンテナンス』『オートカー・ジャパン』)の編集、イベント事業などを担当。2006年に退社後スパイス コミニケーションズでビジネスニュースサイト「PRONWEB Watch」編集長に就任。2008年に退社。以後、編集プロダクション、グラニテを設立し、クルマのメカニズムと開発思想や社会情勢の結びつきに着目して執筆活動を行う。

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