新車試乗レポート
更新日:2022.07.08 / 掲載日:2022.07.08

レクサスRZステアリングbyワイヤーに乗る【池田直渡の5分でわかるクルマ経済】

文●池田直渡  

 レクサスはブランド初のBEV専用モデルであるRZを、年内に発売する。加えて2023年にはこれに、ステアリングbyワイヤーのモデルが追加される計画だ。

 今回、そのステアリングbyワイヤーのプロトタイプに試乗してきた。ということでその意味と仕上がりを解説してみようと言うのが今回の試みである。

 まずはレクサスRZの基本構成から説明しよう。簡潔に説明すれば、レクサスRZはトヨタbZ4Xのレクサス版ということになる。BEV専用と言われるe-TNGAは、カムリでデビューし、RAV4などの中型SUVに採用されるGA-Kプラットフォームを、BEV用に大幅に改良を加えたものだ。

 床下にバッテリーを敷き詰めるBEVのレイアウトで、バッテリー搭載量≒航続距離を確保しようと思えば、ホイールベースの延伸は必須だ。しかし、そのままだと最小回転半径が大変なことになる。そこでフロントのストラクチャーフレームを内側に20ミリ寄せて、前輪の切れ角を増やすと共に、BEVならではの安全性向上のために、前面衝突の際、衝撃を受け流す経路を上下に分割して、衝突時にバッテリーケースに応力が加わらない様に配慮している。

さらにモーターは、フロントが150kW、リヤが80kWと、トヨタが持つ最強モーターの組み合わせとなる。bZ4XではAWDでは前後80kW+80kW。FFモデルがフロント150kWのみだったので、FF用のハイパワーフロントモーターにリヤ用80kWを加えた動力性能は、現在のところRZだけに採用されることになる。

 さて、今回のポイントはそれにステアリングbyワイヤーが搭載された点である。ステアリングbyワイヤーとは、従来の様にステアリングから前輪までが、シャフトとギヤで機械的に繋がったものではなく、機械的な接続を持たず、ステアリング側のセンサーと、タイヤ側のモーターで駆動する電気的システムである。

 当然メリットがあってのことだが、普通の人は聞いただけでリスクもまた想像できるだろう。万が一電源が落ちたらハンドルが効かなくなるのではないかということが、最大のリスクである。

 RZのステアリングbyワイヤーシステムでは、センサーやモーターを実質的に二重化し、さらに電源喪失に備えて、専用のバックアップバッテリーを搭載することで、冗長性を確保している。まあこの辺りは「絶対安全」を言い出すとキリが無いが、石橋を叩くタイプのトヨタがやることだと思うと、そうそう勢いでやったこととは思えない。もちろんそれでもゼロリスクではないので、怖いと思う人はコンベンショナルなシャフトとギヤでできたステアリングシステムを選べば良い。RZにちゃんとそれは用意されている。

 では何故それにチャレンジしたのかと言うことになるが、そこは、ステアリングbyワイヤーならではの大きな可能性があるからということになる。

 まず、従来のクルマの様な「前輪の切れ角だけでクルマを曲げる」という時代はすでに終わりつつあるということがある。例えば片輪ブレーキつまみ制御でクルマを曲げる技術はすでにかなり普及している。ターンインでイン側のブレーキだけを効かせて、舵角だけではなく、ブレーキで曲げるやり方だ。

当然従来の舵角のみで曲がる方式より、ヨーコントロールの自由度が上がる。そこはメリットである。しかしながら、コーナリングを時間軸で見た時に不自然な挙動も起きる。片輪ブレーキはどこかのタイミングでリリースする必要があるのだが、当然ブレーキで起こしていたヨー運動はブレーキを離せば失われる。

 片輪ブレーキをリリースするタイミングは、当然コーナリングの一番キツいところを過ぎてから、要するにクリッピング以降になる。そのタイミングでブレーキをリリースすれば、ヨー運動は突然前輪舵角の分だけに減る。なのでコーナーの脱出に向かう途中で、ドライバーは舵角を増やしてやらなくてはならなくなる。

 本来脱出に向けて、ステアリングを戻し始めるタイミングで、機械側の都合により突然切り増しを要求される。これは気持ち悪い。

これまでハンドルは前輪の舵角を制御する機構であり、クルマを曲げる機能はその舵角だけで決まっていたのだが、そこにブレーキが入ってきた途端、舵角だけでは全てが決まらなくなったということだ。

 となれば、舵角とブレーキの和がクルマを曲げる力になり、ドライバーがコントロールすべきはその和である。そのためには新しいインターフェースが必要だ。しかも、今後BEV化の流れの中で、4モーターの駆動システムが導入されるようなことになれば、今度は舵角+ブレーキ+駆動力の3つの和になる(ブレーキの代わりに回生ブレーキだけで用が足りるかもしれないが)。これを従来のステアリングだけで制御することは最早不可能だ。

 そこでステアリングbyワイヤーの登場となる。ステアリングはドライバーが今どのくらい曲がりたいかの意志表示をするインターフェースになり、そこから先はコンピュータが演算して、舵角+ブレーキ+駆動力の割合を決める。そういう事にならざるを得なくなる。

 ICE(内燃機関)でもそれが出来ないわけではない。実際三菱自動車はすでに内燃機関によるアクティブヨーコントロールをだいぶ前に実現している。しかし、それは機械的に複雑になりコストも掛かる。BEVの良さはそういう制御がローコストでできるところにあり、逆に言えばそうした技術が一般化する競争のスタート点でもある。そのチャンスをものにできるかどうかを決める第一歩がステアリングbyワイヤーなのだ。慎重なトヨタが珍しく先頭を切ってそれをやる理由はまさにそこにあるのである。

 もちろんそんなに早く4モーター時代がやってくるかは、まだ誰にもわからないが、すでにbZ4Xの開発過程で、前後駆動力の配分制御だけでも、クルマの旋回性能や乗り心地の制御に大きな発展余地が残されていることが判明したとトヨタは言う。例えば、直進中にコブを乗り越える様な時、乗り上げ時に加速させてフロントサスを伸ばし、頂点を越えたら駆動を抜いてタイヤをハネさせないという様な制御で、乗り心地の改善を図ることは十分可能である。

 あるいはもっと身近な話として、追従型クルーズコントロールでレーンアシストを使う際、進路の補正のためにステアリングは常時右に左に動き続ける。ドライバーはモータが勝手にステアリングを切る力を常に感じて気持ちが悪い。ステアリングbyワイヤーであれば、こういうフィードバックを全部オフにすることも可能になる。

 ということで、ステアリングbyワイヤーがどうも重要らしいということはおわかりいただけたと思う。ここからようやく試乗の話だ。

 筆者はトヨタの下山テストコースで、このRZステアリングbyワイヤー・プロトタイプに試乗した。下山はかなり難しいコースで、初物のステアリングbyワイヤーを試すには割と度胸がいる。仮に違和感の塊みたいなものだったら、まともに走れない。実はそういう意味でちょっと身構えて試乗に臨んだ。

ひと目見てわかるのは、そのステアリングのデザイン。ヨーク型あるいは操縦桿型と呼ばれる形状だ。要するに非円形のステアリングであり、見た目は極めて斬新で新しいのだが、少なくとも初めて接した実感としては、面食らうところが多分にある。

 ステアリングbyワイヤーの場合、可変レシオにするのはお手の物。というかむしろそれをやらないとこんな形のステアリングにする意味がない。RZのステアリングbyワイヤーはロックtoロックが150°。つまり持ち替えの必要がない。持ち替えないからこそ円形である必要がなくなり、ヨーク型が採用できるわけで、従来の操舵システムにヨーク型のハンドルを取り付けることにはエンジニアリング的にはマイナスしかない。

 レクサスのエンジニアは、特に駐車速度域での持ち替え操作の煩わしさを解消したところにステアリングbyワイヤーの利点があると強調するが、筆者的にはその説明に納得はしていない。もし本当にそこが課題なのだとしたら、コンベンショナルな丸形ステアリングも、機械式の可変レシオにして持ち替えを不要にすれば良い。ところが丸形は従来的なギヤレシオを採用している。少なくとも順番としてはヨーク型ステアリングの採用ありきで、それに正当性を持たせるために可変ギヤレシオにしたと考えられる。

 なので、本質的には、インターフェイス刷新の準備であり、直近ではBEVらしいインターフェイスを成立させるため、すなわちデザインのためだと思う。新しさが必要で、そのために非常に分かりやすいということだ。

 さて、ステアリングbyワイヤーのフィールやいかにという話だが、ツイスティなコースを走っている分には、ほとんど違和感がない。むしろ初物をよくぞここまで自然に仕上げてきたなと思う。左右の連続した切り返しで少し遅れを感じるような気がするが、そこは握り具合の違いによって、自分の切り返しタイミングが遅れているせいかも知れない。その程度の違和感だ。

 逆に駐車速度領域というか、極低速領域では、切るタイミングを掴むのが難しい。狙ったラインよりあっさり内側に入り、内輪差で引っ掛けそうに感じて慌てて戻してから再度切り込むことになりがちで、横方向加速度がガクガクした運転になる。ただし何度かやる内に多少は慣れて来たので、もっと長時間運転すれば慣れるのかも知れない。

 運転席の景色は、明らかに新しい。そこには魅力を感じるが、そもそも筆者は異形ハンドルが好きでは無い。今回の場合持ち替えを不要にしているので、握り位置によってテコの長さが変わって気持ち悪いという今までの理論では否定はできないが、本質的には丸いハンドルに不都合を感じたことは無いので、2023年にこれを選ぶかと言われればNoだろう。

 しかしながら、ステアリングbyワイヤーの持つ未来への可能性はここまで多くの文字数を割いて説明してきた通りなので、単純なアレルギーで拒否することもどうかと思う。そういう意味では、自動車の運動理論に大きな変節点がやってきたことの象徴なのかも知れない。

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池田直渡(いけだ なおと)

ライタープロフィール

池田直渡(いけだ なおと)

1965年神奈川県生まれ。1988年企画室ネコ(現ネコ・パブリッシング)入社。取次営業、自動車雑誌(『カー・マガジン』『オートメンテナンス』『オートカー・ジャパン』)の編集、イベント事業などを担当。2006年に退社後スパイス コミニケーションズでビジネスニュースサイト「PRONWEB Watch」編集長に就任。2008年に退社。以後、編集プロダクション、グラニテを設立し、クルマのメカニズムと開発思想や社会情勢の結びつきに着目して執筆活動を行う。

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1965年神奈川県生まれ。1988年企画室ネコ(現ネコ・パブリッシング)入社。取次営業、自動車雑誌(『カー・マガジン』『オートメンテナンス』『オートカー・ジャパン』)の編集、イベント事業などを担当。2006年に退社後スパイス コミニケーションズでビジネスニュースサイト「PRONWEB Watch」編集長に就任。2008年に退社。以後、編集プロダクション、グラニテを設立し、クルマのメカニズムと開発思想や社会情勢の結びつきに着目して執筆活動を行う。

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