車の最新技術
更新日:2022.02.05 / 掲載日:2022.02.05
バッテリーのリサイクル問題を考える【池田直渡の5分でわかるクルマ経済】

文●池田直渡 写真●トヨタ
何かとBEV用動力バッテリーに注目が集まる昨今。バッテリー原材料とバッテリー生産設備の不足問題はすでに何度も書いて来たのですでにご存知のことと思うが、バッテリーについてはもうひとつ、積み残された大きな問題がある。
電気自動車普及に影を落とすバッテリーのリサイクル問題
それがバッテリーのリサイクル問題である。リサイクルが重視される視点は、大局から見て2つある。ひとつはニッケル、コバルトなどの産出量が少ない金属の不足を補うためのリサイクル。いわゆる都市鉱山としての期待だ。もうひとつは環境保護のための包括的リサイクルの一部。実はこの2つ似て非なるものだ。
希少素材の再利用面から見たリサイクルでは、大前提として、再利用できる資源がリサイクルコストと見合えば事業化が可能だ。
とは言えまだまだそれは現実的ではない。バッテリーの極板には様々な金属素材などが使われるが、それぞれの素材にはアクセルとブレーキの役割がある。バッテリーとは本質的に、化学的反応で電気を取り出す仕組みだから、アクセル側としては反応性の高い素材が求められる。しかし、反応性が高いということはつまり危ない。急激な化学反応をわれわれは爆発と呼ぶのだから当然だ。
そういう事態を引き起こさない拘束具として、ニッケルやコバルトやマンガン、鉄などが添加され、結晶構造を意図的に変えることによって安定度を適度に調整して極板は出来上がるのだ。
それは当然、アクセルとブレーキに例えたように微妙なコントロールが求められる。そこに使われる素材の純度が低ければ、思った通りの反応性にならない。危ない、もしくは役立たずな電極が出来上がるのだ。
と説明した所で、話はもう一度別のところから始まる。現在確立された商用リサイクルで取り出せるのは、一般論としてニッケル、コバルト、銅のみで、リチウムとアルミはスラグとして埋め立てられている。リサイクルしても、採算が桁違いで合わないからだ。
しかし一方で、世界のバッテリーメーカーは現在、リサイクル価値があるニッケルやコバルトの使用量削減を競っている状況で、バッテリーに含まれる価値ある素材の含有量は減る一方。その観点では、むしろ商用ベースのリサイクルは今後更に難しくなって行く。
さて、話は元に戻って「純度」の問題だ。バッテリーリサイクルで取り出せる原材料の内、高価で価値のあるニッケルですら、現在の技術では、バッテリーに再利用できる純度にはならない。
様々な新着ニュースの中には、純度の向上に成功した実験なども含まれているが、それはあくまでも実験室レベルの話。例えばバージン原料の10倍の価格で「純度的にはピュアに割と近い」というレベルのリサイクル原料を作ったところで需要はない。
もちろん技術は進化するものなのでいつかは可能になるかも知れないが、一般論として不純物の分離は熱に依存し、エネルギーを多量に必要とするので、普通に見立てるとコスト問題を解決するのは相当ハードルが高いと考えられる。
現状の一例を挙げれば、リサイクルされたクロムはステンレス合金を生産するための原材料として使われるものがほとんどで、つまりバッテリーからバッテリーへのリサイクルはまだまだ実現しておらず、結局の所、素材としてはバージン原料しか使えない。つまりはバッテリー原料不足を解決するための「都市鉱山計画」は全く軌道に乗っていない。
解決の道があるとすれば、低い純度の素材でリチウム酸化物の結晶構造をコントロールする技術か、低エネルギーで純度の高いリサイクルを実現するかということになる。

欧州委員会が提案したバッテリー規制のとんでもない中身
さて、もうひとつ。環境保護のための包括的リサイクルはもっと厄介だ。政治と環境活動家が結託した非現実的な話である。
例によって震源地は欧州である。昨年12月10日。欧州委員会は以下の規制改正案を発表した。
製品設計では、EVバッテリーや産業用充電池を対象に、以下の点などを義務化する(規則案第7条)。
・製造者や製造工場の情報、バッテリーとそのライフサイクルの各段階での二酸化炭素(CO2)総排出量、独立した第三者検証機関の証明書などを含む、カーボン・フットプリントの申告(2024年7月1日から)。
- ・ライフサイクル全体でのCO2排出量の大小の識別を容易にするための性能分類(performance class)の表示(2026年1月1日から)。
- ・ライフサイクル全体でのカーボン・フットプリントの上限値の導入(2027年7月1日から)。
- ・コバルトや鉛、リチウム、ニッケルを含むEVバッテリー、産業用バッテリー、自動車蓄電池に関しては、次の点などを義務化する(同第8条)。
- ・これらの原材料のうち再利用された原材料の使用量の開示(2027年1月1日から)。
- ・再利用された同原材料のそれぞれの使用割合の最低値の導入(2030年1月1日から)
現在、事実上、日中韓に寡占されているバッテリーだが、その優位を牽制するために、LCA、つまりバッテリーの生涯CO2排出量と、原材料リサイクル率を決め、恐らくは罰則的課税で排除しようとする流れが見て取れる。またしてもルールメイキング戦略によって、自分たちの勝てる状況を作り出そうという話である。
これは当然のごとく大問題で、すでに説明した様に、バッテリーのリサイクルはまだ商用化できていない。こんな技術的裏付けのない規制が万が一発動したら、バッテリー価格は類例を見ないくらい暴騰するだろう。
場合によっては、BEVというジャンルそのものを殺してしまうかもしれない。新品原料より遙かに高額なリサイクル原料を使った、性能が劣る超高額なバッテリーしか使えなくなるからだ。
しかもすでに述べた通り、コスト採算的にリサイクルできる原料は全体の中で限られている。すでにその埒外にあるリチウムが俎上に上がっているが、従来ゴミでしかなかったリチウムまでバカ高いコストを掛けてリサイクルをしなくてはならなくなる。こういう合理性の欠如したルール作りを見ていると、果たして今後、アルミや鉄も加えられたりしないかも怪しい。
そういう意味では、価格の高いニッケルやコバルトを使用しないリン酸鉄バッテリーあたりにこれを適用されたら目も当てられない。リサイクル価値のある金属を含まない、アルミとリチウムと鉄の分離リサイクルなど目も当てられない大惨事になりかねない。古新聞を1キロ何万円で買う様な話に聞こえるのだ。そしてそのコストは必ず「イニシャルコストの形」で消費者か、「税の形」で国民に返って来る。
さらに、不穏な動きが伝わって来ている。通常、バッテリーは人力で簡単に解体できる部分を外した後は、破砕して、化学処理し、さらに高温加熱し、炉の底部に溜まった合金混合物を更に分離する作業でリサイクルされる。先に述べた通り、これらの過程では莫大な熱量を必要とする。そこを問題視して、この「加熱分離を撤廃せよ」という声が上がっているらしい。
そうなると破砕したバッテリーを酸やアルカリなどに溶かして分離する湿式製錬と、電解製錬を組み合わせるしかないのだが、ただでさえ難しいリサイクルから加熱による乾式製錬を排除して果たしてリサイクルが成り立つかを考えるとかなり絶望的な気持ちになる。更に言えば、そのうちに、排水負荷の高い湿式製錬すらも文句をつけられるのではないかとさえ思えてくる。
こうした欧州の戦略を見ると、普通に考える限り、アジア勢に対して仕掛けた落とし穴が大きすぎて、欧州各国も一緒に落ちる結末しか見えない。しかし、急速なグリーン化運動を勝手に盛り上げてオーバーシュートさせておきながら、エネルギー危機を迎えた途端、「原発はグリーン。天然ガスもグリーン。ハイブリッドも電動車」と臆面もなく軌道修正する欧州のことだ。自分たちが落ちそうになったらまたルールを変えてくることが予想される。
問題は日本側がこういう与太話をちゃんと与太話と捉えることだ。技術的に裏付けの無い規制を作ったところで実現できないものはできない。そして欧州委員会とはそういうブラフ塗れの裏付けのない理想を平気で発信する組織だと言うことにわれわれはもう少し慣れなくてはいけないだろう。
今回のまとめ
・BEVのバッテリーには希少金属が使われており再活用した
・技術的、コスト的問題からバッテリーリサイクルの事業化は実現していない
・欧州による規制案は技術的裏付けのないもので実現性に疑問がある