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更新日:2021.12.17 / 掲載日:2021.12.17

ガチ切れのトヨタはホントに怖い【池田直渡の5分でわかるクルマ経済】

文●池田直渡 写真●トヨタ

■ガチ切れのトヨタはホントに怖い

 10月31日から英国グラスゴーで開催された国連気候変動枠組条約第26回締約国会議 (COP26) で、電動化の流れが大きく変わった。

これまで極めて前のめりな発言をしてきた欧州勢が急におとなしくなり、代わって「消極的だ!」と批判を受けてきたトヨタが一気に踏み込んだ。展開は予想より少し早かったが、実は意外でも何でも無い。

急進的なBEVの規制化に欧州勢が及び腰になった

 COP26で議長国の英国が目指していたのは、「主要市場で2035年、全世界で2040年までに“販売する全てのクルマをゼロエミッションビークル(ZEV)にする」という超野心的な目標に、全参加国(都市を含む)や企業の同意を得ることだった。

 結果を見ると、日米独仏中が署名をせず、インドは配慮しつつも削減に留まった。英国の目論見とはだいぶ違った結果になったのだ。主要自動車メーカーで署名したのはGM、フォード、ボルボ、BYD、ジャガー・ランドローバーなどで、生産台数ベスト10に入る会社はGMとフォードのみ。これまでBEV陣営と見られてきたフォルクスワーゲン(VW)もルノーも日産も署名しなかった。バッテリー電気自動車(BEV)に期待をされていないトヨタはもちろん署名していない。トヨタが踏み込むのはもう少し後だ。

 先日SNSで同業の大先輩がいみじくも「イデオロギーと理想主義は、最初の内こそ威勢が良いが、最終的に“現実”に打ち勝つことは絶対にない」と、大変含蓄の深いことをおっしゃっていらしたが、まさにその通り。

 バッテリー原材料の不足やバッテリー工場の不足、インフラ電力の脱炭素化と電力グリッド容量の大幅拡大、ピークシフトの対策など、全面BEV化の前提として直面する幾多の現実が全く追いつかない中で、いくら理想論をぶち上げ「追いつかないのは努力不足だ!」とブラック企業のように檄を飛ばしたところで、できないものはできない。COP26の空振り感は、守れそうもないほどハードルを上げ続けた結果、実行する側の心が折れてしまった当然の報いである。

 「お祭りだから」とみんなで空約束をして盛り上げようというなら話は別だが、そろそろ実行年限が迫りつつある中で、空約束だからと舐めて掛かるのはいささかリスクが高い。BEV化を可及的速やかに進めて行くことは大切だが、「可及的」の意味は大きい。あくまでも「社会条件が折り合う範囲」の話だ。とてもとても、この先10年や15年で、他の選択肢を一切排除して、BEVが単独でグローバルニーズの全てを引き受けていくことはできない。それは当たり前の話である。

 特にVWでは、そういうイデオロギーの暴走が、様々な現実とぶつかり合い、だいぶのっぴきならないところまで来てしまった様だ。この一年ほどは、同社CEOのヘルベルト・ディース氏が、twitterで「競争はEVの勝利だ。これからはバッテリーと充電が我が社のコアビジネスになる」<https://twitter.com/Herbert_Diess/status/1371528385806106628>。などとご機嫌で発言していたのだが、販売現場でクルマを売っている人にとっては大弱りだ。

 VWの売上を支えているのは、ほとんどがディーゼルとガソリン、そして多少のマイルドハイブリッドで、BEVはまだせいぜいが育成枠レベルで、稼げる様になるまでの道のりは遠い。稼ぎ頭の内燃機関を「競争に負けた終わったクルマ」呼ばわりされたのでは、買って下さるお客様に申し訳が立たない。まさかカタログに「The Loser ! (負け犬)」とは書けまい。安易なBEV勝利宣言など自社の現状に対して明らかに思慮不足である。

 加えて、いわゆるEVシフトのための大リストラで、従業員2万人のクビを切った。こういう急進的な改革に不満を募らせたVW社内の反対派に、ディースCEOはついに首根っこを押さえられて、あわやクビというところまで追い詰められた。しかしながらBEV推進の旗頭であるディース氏をクビにすれば株価への影響は避けられないので、落としどころとして「もうおイタをしないように」と権限を制限されて残留と相成った。政治的、というか株価対策的決定である。突如BEV推進に腰砕けになった裏にはそういう話があったのである。

トヨタがBEV戦略を目に見えるわかりやすい形で表現してきた

 一方で、トヨタは口を酸っぱくして「トヨタはマルチソリューションです」と言い続けて来た。当然だがマルチソリューションにはBEVも含む。

 欧州の厳しい2020年CAFE規制を「スーパークレジット」というインチキ制度を使わずにクリアしたのは、大手自動車メーカーではトヨタだけという現実も空しく「トヨタはBEVをやらないから環境対策に消極的」と決めつけられ続け、挙げ句の果てにグリーンピースから、自動車メーカーの気候対策ランキングで最下位を付けられた。CO2削減実績1位を最下位にするのだからブラックジョークだ。

 この一年、いくら説明しても聞く耳をもたなかった世の中を相手に、トヨタはついにガチ切れして「だったら出せばいいんだろう」とばかりに12月14日に、突如発表会を開催し、BEVを16台並べて世間の度肝を抜いた。16台という数字は、テスラは元より、マツダやスバルの全車種より多い。

 さて、それはこれまでのトヨタの主張とどう違うのだろうか? BEVとFCEVからなるZEVについて、2017年の計画では、2030年のZEVモデルを100万台としていたトヨタは、まずは達成年次を5年前倒して2025年に変更、次いで今年5月には数値目標を世界最大の200万台へと修正を続け、ついに今回「350万台基準」という大幅な上方修正を打ち出した。基準という言葉を使うのは商品を買う買わないを決めるのはお客様だからであって、350万台を基準にして柔軟に対応すると言う。要するに「350万台は作れる様にしておく、結果は市場次第」という啖呵である。

 それだけのバッテリーをどうするつもりなのかと裏取りをしてみれば、すでに豊田通商が2006年から南米でレアメタルの鉱山事業に着手しており、リチウムの全世界埋蔵量の10%を押さえてある。バッテリー生産については、若干慎重なスタンスを取るが、ここを精査するためには、マーケット毎のBEV販売数量を決め打ちしなければならないからだ。

 バッテリーは重量物かつ危険物なので、組み上がったバッテリーを輸送するのは、あまり上策とは言えない。ということは基本地産地消ということで、要するに車両組立工場とセットでバッテリー工場が必要になってくる。そこまでの詳細精密な地域毎の台数読みは現実的でないというのがトヨタの主張であり、現時点では小ロットの原単位を決めて、原単位を増減する手法をメインに検討している。状況変化に応じて、過渡的には多少のコストが掛かろうと、バッテリーの輸送を組み込む可能性まで示唆していたので、フレキシブルに対応するという理解で良いだろう。

 ズラリと並んだ16台の気になるラインナップを見ると、軽自動車サイズから、小型・中型SUV、新解釈のセダンに加えて、明らかにスーパーカー若しくは本格スポーツカーを狙った車両2台が目を惹く。限定生産のLFAを除けば、このジャンルのクルマをトヨタはほとんど出してこなかったので、本来ラインナップ上で必須のモデルではない。常識的に考えて、その狙いは新型テスラ・ロードスターにぶつける所にあるだろうし、やる以上、ぶつけて勝てないクルマは出さないだろう。もうつべこべ言わせたくない。この種のクルマの勝ち負けは、単純に加速だけではない。シャシー能力も含めた総合力である。

 気の早い人は「遅まきながらトヨタもBEVの大切さがわかったか」と言い出しそうだが、それは全くの勘違い。トヨタの戦略は、これまでと全く変わらずマルチソリューションであり、BEVが何台並ぼうとも、それは「氷山の一角」に過ぎない。規模感が違い過ぎて、理解が追いつかないのは仕方がないが、「トヨタはBEVに舵を切った」のではなく、あの16台のBEV、もっと言えば2030年までに生産するという30台のBEVは、もっと大きなマルチソリューションと言う絵柄のごく一部なのだ。その部分集合について「BEVもちゃんとやってます」といくら言っても聞いてもらえないので、具体的に並べて見せただけのことだ。

 当然引き続き、ハイブリッド(HEV)、プラグインハイブリッド(PHEV)も燃料電池車(FCEV)も水素内燃エンジンも合成燃料もみんなやる。太平洋戦争を想起するまでもなく「選択と集中」は本質的に「弱者の兵法」であり、米軍同様に金も人もリソースがふんだんにあるトヨタは、正面から総力戦をすれば済む話だし、わざわざ弱者の都合に合わせて局地戦を選択する必要はない。むしろ勝つためには弱者には追随できない総力戦へ持ち込んだ方が決着は早い。

 これまで、トヨタはBEVについては適時適量で徐々に商品投入をするつもりだった。損害を出さずに勝ちたかったトヨタは、レースの結末が見えたタイミングで、資力にモノを言わせて賭け金を積むつもりでいたが、つべこべ言われ続けてガチ切れした結果、勝負のタイミングを早めた。

 博打要素を受け入れたのである。「BEVを出したけど結局売れない」。日産が長く苦しんできたサバイバル戦を全社が「いっせーのせ」で戦う、ヒットポイントの削り合い勝負なら金のあるトヨタが勝つのは火を見るより明らかだ。むしろフライ級やバンタム級の試合にヘビー級ボクサーが出場するようなもので、アンフェアだと思う。

 しかも、少ないパイの奪い合いに巨人トヨタが物量作戦で入ってくるのだから、先行していた連中は被害甚大で、より戦いが厳しくなる。それこそがトヨタが戦闘モード全開でBEVに参入する影響である。

 息切れして腰が引けているVWの先行きは果たして大丈夫なのだろうか? ドイツの各社は、1990年代初頭から「次はFCEVに決まっている」「次はディーゼルに決まっている」「次はディゾット(HCCI)に決まっている」「次はダウンサイジングターボに決まっている」と自信満々に言い放っては、連敗街道をひた走って来た。不発に終わったFCEVはトヨタに先を越され、ディゾットはマツダに先を越されて、追撃もままならないままだ。BEVでもまた同じ失敗をやらかす展開を予測してしまうのは仕方ないと思う。

今回のまとめ

  • ・トヨタはカーボンニュートラルにマルチソリューションで対応する
  • ・BEVについてはトヨタ・レクサスで2030年までにフルラインナップ化を完成
  • ・2030年で年間350万台の規模は世界トップクラス
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池田直渡(いけだ なおと)

ライタープロフィール

池田直渡(いけだ なおと)

1965年神奈川県生まれ。1988年企画室ネコ(現ネコ・パブリッシング)入社。取次営業、自動車雑誌(『カー・マガジン』『オートメンテナンス』『オートカー・ジャパン』)の編集、イベント事業などを担当。2006年に退社後スパイス コミニケーションズでビジネスニュースサイト「PRONWEB Watch」編集長に就任。2008年に退社。以後、編集プロダクション、グラニテを設立し、クルマのメカニズムと開発思想や社会情勢の結びつきに着目して執筆活動を行う。

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1965年神奈川県生まれ。1988年企画室ネコ(現ネコ・パブリッシング)入社。取次営業、自動車雑誌(『カー・マガジン』『オートメンテナンス』『オートカー・ジャパン』)の編集、イベント事業などを担当。2006年に退社後スパイス コミニケーションズでビジネスニュースサイト「PRONWEB Watch」編集長に就任。2008年に退社。以後、編集プロダクション、グラニテを設立し、クルマのメカニズムと開発思想や社会情勢の結びつきに着目して執筆活動を行う。

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