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更新日:2021.11.22 / 掲載日:2021.08.20

スポーツカーの生存戦略【池田直渡の5分でわかるクルマ経済第19回】

文●池田直渡 写真●ホンダ、ダイハツ

 すでに多くの方がご存知の通り、ホンダはS660に続いてNSXの販売終了をアナウンスした。

 実は2015年にS660がデビューした時から言っているのだが、ホンダにはスポーツカーを作っていくためのビジネス上の工夫が全く感じられない。

 尖った商品企画で、コストの掛かるスポーツカーを作っては、大方の予想通り販売不振で終売。これを一体何度見せられてきたことか。もっとも気になるのは置き去りにされたファンの気持ちである。ホンダはいつも、尖った商品企画で気持ちを掴む。しかし『カリオストロの城』の銭形警部ではないが「あなたの心」を盗んでおいて、勝手に力尽きてしまう。

 そして販売終了のアナウンスと共に、終売までの全台数が瞬間的に蒸発して完売、中古車は高止まり、欲しくても買えなくなる。もちろん普通に売っている間に買ってあげない客の側も悪いのだけれど、何度そういう結果になってもやり方を一向に改めようとしないのは何故なのか? すでにティザーキャンペーンが始まっている新型インテグラでは、何か新しい取り組みを見せてくれるのだろうか?

高性能なスポーツカーを作れば売れるという時代はもう終わった

 生産終了はユーザーにとっても決して幸せではない。専用部品はどんどん他車の流用部品に置き換えられていくし、機能にあまり関係ない装飾部品は出なくなる。そしてやがて、重要な部品も入手できなくなる。

 ホンダが情熱を賭けて取り組んだスポーツカーだと思うから買ったのに、「並みの乗用車の部品でも走れます」と汎用部品を出されたり、機能に関係ない飾りだから要らないでしょと言われたら、がっかりしない方がおかしい。

 だからS660がデビューした時に、その尖った企画も、ミッドシップもやりたいことはわかるが、ダイハツのコペンを見習えと言ったのだ。ダイハツは軽のスポーツカーを継続して作ることのビジネス上の難しさを理解し、それを絶やしたら次にいつ企画できるかわからないことをしっかりわきまえていた。

 もっと凄いメカニズムにしたかっただろうが、そこをグッと堪えて、FFレイアウトを選んだ。軽の馬力規制だったら、それでも十分こなせることを読み切っての企画だ。そしてその代わり、D-Frameと呼ばれる専用フレームを作り出した。モノコック全盛の時代に敢えて、内部骨格と樹脂外板を組み合わせて、外形寸法が変わらない限り、衝突実験無しでデザインが変えられるシステムだ。これで10年、追加コストを大して掛けずに継続生産できる。販売が下降してきたら、テコ入れで新デザインのボディをローコストで何回でも投入できる。

 S660のファンには不満かもしれないが、スポーツカーとしての素養はS660とコペンでそんなに変わりはない。ハンドリングカーとしてS660は素晴らしいが、コペンも負けてはいない。ゼロカウンタードリフトまでこなすそのシャシー能力は「FFだからどうだって?」と言いたくなるほど乗って楽しい。その意味でクルマそのものの価値は優劣付けがたい。

 しかしユーザーがクルマを手に入れてからのカーライフをただ成り行き任せにしないという点において、ダイハツの取り組みとホンダの取り組みには天と地ほどの隔たりがあると言わざるを得ない。

 一例を挙げよう。ダイハツはトヨタのGRチームと組んで、トヨタブランドで販売するGRコペンをデビューさせた。何しろトヨタの販売店で売るのだから、台数は大いに増える。台数増加も重要だが、この戦略の意味するものはそれだけじゃなく、トヨタやGRと付き合いのあるチューニングブランドを巻き込んだことで、様々なカスタムパーツがアフターマーケットに用意されるところにある。

 それらのブランドが発売した部品群は兄弟車であるダイハツのコペンにも使えるのだ。ここの部品を変えたらどうなるだろうというカスタマイズは、クルマの楽しみ方のひとつの伝統的ジャンルでもあるし、新車購入から数年を経たクルマへの情熱や愛情を再燃させる大きなきっかけにもなる。そしてクルマのことをより深く理解していくためのルートのひとつでもあるのだ。

 なおかつ、こういう部品があるか無いかはセカンドカーマーケットの賑わいに大きな影響を与える。そういうビジネスの波及効果の大きさが結局生産終了判断へと結び着く分岐路になっているのだと思う。

 もうスポーツカーは作るだけではダメだ。例えばGR86とBRZでは、クルマの発売に合わせて、多くのチューニングメーカーからコンプリートカーが発売された。言うまでもないが、彼らには事前に図面が渡され、場合によっては試作車を貸し出し、法律にしっかり準拠した適法コンプリートカーを作ることに、メーカー自らが積極的に手を貸している。そういう多くの仲間の存在がスポーツカーマーケットを支えているし、そういうある種のソサエティがスポーツカー文化を育んでいくものだ。

 もはやスポーツカーを作るということは単にクルマを作るということではない。GRではミニサーキットのイベント告知などにも取り組んでいる。そのクルマを買ってもらったら、メーカーの仕事は終了、後はユーザーの責任というスタンスではない。乗る場所、メインテナンス、カスタマイズ、そしてもっと広い意味でのスポーツカーに乗る満足と充実。費やしたお金に見合うだけの人生の充実。そういうものを全部ひっくるめて提供することなしに、2020年代のスポーツカービジネスは成立しないようになってきたのだ。

今回のまとめ

・スポーツカーは高性能であってもヒットするとは限らない
・コスト意識に加え長期的な販売戦略が重要
・クルマだけでなく、所有する喜びといったソフト面の提供も大切

執筆者プロフィール:池田直渡(いけだ なおと)

自動車ジャーナリストの池田直渡氏

自動車ジャーナリストの池田直渡氏

1965年神奈川県生まれ。1988年企画室ネコ(現ネコ・パブリッシング)入社。取次営業、自動車雑誌(『カー・マガジン』『オートメンテナンス』『オートカー・ジャパン』)の編集、イベント事業などを担当。2006年に退社後スパイス コミニケーションズでビジネスニュースサイト「PRONWEB Watch」編集長に就任。2008年に退社。以後、編集プロダクション、グラニテを設立し、クルマのメカニズムと開発思想や社会情勢の結びつきに着目して執筆活動を行う。

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池田直渡(いけだ なおと)

ライタープロフィール

池田直渡(いけだ なおと)

1965年神奈川県生まれ。1988年企画室ネコ(現ネコ・パブリッシング)入社。取次営業、自動車雑誌(『カー・マガジン』『オートメンテナンス』『オートカー・ジャパン』)の編集、イベント事業などを担当。2006年に退社後スパイス コミニケーションズでビジネスニュースサイト「PRONWEB Watch」編集長に就任。2008年に退社。以後、編集プロダクション、グラニテを設立し、クルマのメカニズムと開発思想や社会情勢の結びつきに着目して執筆活動を行う。

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1965年神奈川県生まれ。1988年企画室ネコ(現ネコ・パブリッシング)入社。取次営業、自動車雑誌(『カー・マガジン』『オートメンテナンス』『オートカー・ジャパン』)の編集、イベント事業などを担当。2006年に退社後スパイス コミニケーションズでビジネスニュースサイト「PRONWEB Watch」編集長に就任。2008年に退社。以後、編集プロダクション、グラニテを設立し、クルマのメカニズムと開発思想や社会情勢の結びつきに着目して執筆活動を行う。

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