車の最新技術
更新日:2021.11.22 / 掲載日:2021.05.07

ニッポン出遅れ論を挽回する【池田直渡の5分でわかるクルマ経済 第5回】

文●池田直渡 写真●ユニット・コンパス、トヨタ

 このところ、ネット界隈を賑わしているのは「ニッポン出遅れ論」で、困ったことに専門家でも何でもない人がしたり顔で「日本は終わった」みたいな話をする。

 じつはその背景には種々の構造的問題があり、ただただ日本の自動車メーカーがサボタージュしていたという理解は間違いである。今回はその辺りを解説してみよう。

なぜテスラは日本車に先立ち「OTA(オーバー・ジ・エアー)」アップデートが可能だったか?

テスラは早くから「OTA」による機能向上を売りとしていたが、それは制度のグレーゾーンをついた方策だった

テスラは早くから「OTA(オーバー・ジ・エアー)」による機能向上を売りとしていたが、それは制度のグレーゾーンをついた方策だった

 最も分かり易い例となるのはOTA(オーバー・ジ・エアー)だ。これは自動車のソフトウェアを無線ネット接続でアップデートすることを示す。皆さんの手元にあるスマホでお馴染みのアレである。

 この先駆者とされてきたのがテスラで、「車両の購入後に機能がどんどんアップグレードされたり、有償でオプショナルな機能が利用できる」など、まさにIT的手法がクルマに取り入れられ、その新鮮さに賞賛の声が上がると同時に、そういう技術革新に付いて行かれない日本のメーカーへの批判の声も多く上がった。「日本は出遅れている」ことの根拠とされることが多いのだ。

 しかし、これはあまりフェアな評価とは言えない。日本では安全は極めて重要視される。生産者は己のプライドを賭けてより高度な安全性を目指すし、監督官庁は厳しい審査でユーザーを保護しようとする。例えば型式認定制度などはその最たるもので、仕様の狙いや意味や構造を事細かくチェックされ、国交省の技官に納得をさせなくては認可が与えられない。

 当然、一度型式認定を取得したクルマに対して、後日アップデートを行うなんていうことはそうした安全姿勢から見ればアウトで、国交省の立場で言えば、届け出てもいなければ、審査を受けてもいない技術を搭載するなど言語道断という話になる。日本のメーカーはOTAによるアップデートはやりたくても規制に引っかかってできなかったのである。

 では何故テスラはそれが出来たか? それは要するに制度のグレーゾーンがあったからだ。最新技術に対していちいち法律で基準を作成していては間に合わないので、官庁は行政指導によって監督下の企業を指導する。問題はこれがあくまでも指導や勧告であり、法的な強制力を持たない点だ。建前上、行政指導を受け入れるか受け入れないかは、指導を受けた側の任意ということになっている。

 しかし長い慣行として、企業側からすれば、行政指導は実質的に法律に準ずる扱いをされてきた。つまり日本企業にとって、行政指導は絶対なのだ。テスラからしてみれば、「任意だったらこちらの自由」という判断で、それは一概に間違っているとも言えない。建前はその通りだからだ。こうした構造によって、OTAの可不可は、長らくダブルスタンダードになってきたのである。

「OTA(オーバー・ジ・エアー)」アップデートの解禁で「購入後も進化するクルマ」に

日本でも正式に解禁された「OTA(オーバー・ジ・エアー)」の概念図

日本でも正式に解禁された「OTA(オーバー・ジ・エアー)」の概念図。まさにスマホのように販売後にも機能アップデートが可能となった

 テスラに押し切られて事実上禁止されていたはずのアップデートが公然と行われていることを、日本の自動車メーカーは注視していたし、むしろ彼らからの「それ俺らもやって良いの?」という無言の圧力は国交省もずっと感じていたはずである。さらに国交省の言うことを聞いた国内メーカーが、批判を浴び続けることは、国交省としてもいたたまれないものがあったと思われる。言い方によっては「日本の技術進化を阻害しているのは国交省」ということになるからだ。

 流石の官庁も、そうした流れに逆らえず、自分たちが脚を引っ張っていると思われたくなかったらしい。徐々にその姿勢を変えて、ここ数年はむしろ悪役になることを避けたい姿勢が強かった模様だ。

 そうした点で、自動車メーカーと国交省の利害が一致した。2020年年11月に道路運送車両法の一部が改正され、晴れて法的に「使用過程時の車両のソフトウェアアップデートによる性能変更や機能追加が可能」になった。グレーゾーンの排除のために、法改正で明確化させたと思われる。

「OTA」は、影に潜む危険性に配慮しながら推進すべき

マツダは既存モデルのアップデート第1弾を2021年2月に発表。MAZDA3の制御を改善した

マツダは既存モデルのアップデート第1弾を2021年2月に発表。MAZDA3の制御を改善した

 その成果の第一歩となるのが、2月19日に発表されたマツダの制御プログラムアップデートである。以下にリリースの一部を引用する。

 “マツダ株式会社(以下、マツダ)は、既存モデルにお乗りいただいているお客さまを対象に、保有車両の商品性向上を目的とした制御プログラムなどの最新化サービス「MAZDA SPIRIT UPGRADE(マツダ スピリット アップグレード)」を、開始いたします。

 この第1弾として「MAZDA3」「MAZDA CX-30」の初期型モデルを対象に、以下の制御プログラムの最新化サービスを、本日より実施いたします。”

 内容としては「e-SKYACTIV X搭載車のエンジンとAT(オートマチックトランスミッション)の制御プログラム更新」「クルージング&トラフィック・サポートの制御プログラムによる作動上限の高速対応」「マツダ・レーダー・クルーズコントロールの制御プログラムの更新による加減速制御の修正」の3つで、それぞれ製造期間が指定されている。全体的には初期モデルの制御改善である。

 筆者は基本的にこの変革を支持するのだが、一方でこれまでの厳格な審査が無意味であったとも思わない。実際テスラはすでにアップデートの不具合で多機能液晶パネルの不具合などを起こしており、バックカメラなどを含む安全機能も巻き込んだ問題となっている。

 そういう意味では、ユーザーが自由に自宅でOTAが出来ることのメリットにはデメリットも潜んでいる。アップデートのエラーが起きた時、それに気付かない恐れがあるからだ。マツダではこのOTAをディーラーで作業する方法を選択している。一般的にアップデートプログラムには、ダイアグノーシス(自己診断機能)が組み込まれているが、アップデートの頻度が数ヶ月に一回程度のものであるなら、ディーラー持ち込みで、しっかり作動点検を受けた方が安心なのは言うまでもない。

 こうした先進性と利便性の向上と、それに対する信頼性と安全性の確保は、時に対立する。緩和できる規制は緩和すべきだが、一方でいかなる時も規制緩和が正義というわけではない。医者の免許が要らなくなったらそれは相当に怖いだろう。

 いずれにせよ。時代は変わった。日本の官庁も企業も過剰な安全性を求めすぎて無闇にコスト増になったり、進化が遅くなることは改善すべきであるが、一方で安全は大事であることにもまたバランス良く配慮するべきだと思う。

  • トヨタは2021年4月にMIRAIとLSの改良を発表。ソフトウェアアップデート機能を搭載した

    トヨタは2021年4月にMIRAIとLSの改良を発表。ソフトウェアアップデート機能を搭載した

  • ソフトウェアアップデートのイメージ画像。制御ソフトや高精度地図ソフトがつねにアップデートされる

    ソフトウェアアップデートのイメージ画像。制御ソフトや高精度地図ソフトがつねにアップデートされる

今回のまとめ

・テスラが他社に先駆け「OTA」を行っていたのはグレーゾーンだった
・2020年11月には法整備が完了し、「OTA」が解禁された
・初のケースとなったマツダは、安全性を考慮し販売店で実施
・「OTA」推進は、利便性と安全性のバランスを考慮する必要がある

執筆者プロフィール:池田直渡(いけだ なおと)

自動車ジャーナリストの池田直渡氏

自動車ジャーナリストの池田直渡氏

1965年神奈川県生まれ。1988年企画室ネコ(現ネコ・パブリッシング)入社。取次営業、自動車雑誌(『カー・マガジン』『オートメンテナンス』『オートカー・ジャパン』)の編集、イベント事業などを担当。2006年に退社後スパイス コミニケーションズでビジネスニュースサイト「PRONWEB Watch」編集長に就任。2008年に退社。以後、編集プロダクション、グラニテを設立し、クルマのメカニズムと開発思想や社会情勢の結びつきに着目して執筆活動を行う。

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池田直渡(いけだ なおと)

ライタープロフィール

池田直渡(いけだ なおと)

1965年神奈川県生まれ。1988年企画室ネコ(現ネコ・パブリッシング)入社。取次営業、自動車雑誌(『カー・マガジン』『オートメンテナンス』『オートカー・ジャパン』)の編集、イベント事業などを担当。2006年に退社後スパイス コミニケーションズでビジネスニュースサイト「PRONWEB Watch」編集長に就任。2008年に退社。以後、編集プロダクション、グラニテを設立し、クルマのメカニズムと開発思想や社会情勢の結びつきに着目して執筆活動を行う。

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1965年神奈川県生まれ。1988年企画室ネコ(現ネコ・パブリッシング)入社。取次営業、自動車雑誌(『カー・マガジン』『オートメンテナンス』『オートカー・ジャパン』)の編集、イベント事業などを担当。2006年に退社後スパイス コミニケーションズでビジネスニュースサイト「PRONWEB Watch」編集長に就任。2008年に退社。以後、編集プロダクション、グラニテを設立し、クルマのメカニズムと開発思想や社会情勢の結びつきに着目して執筆活動を行う。

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