車の最新技術
更新日:2026.09.18 / 掲載日:2026.09.18

自動運転は本当に遅れているのか?【池田直渡の5分でわかるクルマ経済】

 日本の自動運転は遅れている。そんな話をよく聞く。自動運転の話題になれば、テスラや中国メーカーの名前が並び、日本メーカーは周回遅れであるかのように語られる。しかし筆者にはどうにも腑に落ちない。というのも、日本メーカーの高機能版ADASをちゃんと使ったことのある人が、世の中にはあまりにも少ないからだ。実は多くの日本メーカーは、普及版と高機能版の2つのADASを持っている。その高機能版の方は使ったことがある人が極めて少ない。

 テスラオーナーからは時々「テスラは所有して使い込まなければ本当の価値はわからない。ろくに経験もしないで評価するな」と言われる。それはまあ一理ある。では逆に聞きたい。そう言う人たちの何人がスバルのアイサイトXや日産のプロパイロット2.0、トヨタのAdvanced Driveといった日本メーカーの高機能版ADASをちゃんと使ったことがあるのだろうか。おそらく相当に少ない。対して自動車評論家でテスラを運転したことがない人はまずいないだろう。いたとしたら、むしろ本人があまり人に言いたくない種類の話だと思う。

スバルのアイサイトXは自動運転レベル2にあたる運転支援技術。自動車専用道での渋滞時ハンズオフや料金所手前での減速など実践的なサポート機能を搭載している

 もちろんADASはややこしい。アイサイトXもプロパイロット2.0もAdvanced Driveも、登場してからずっと同じ機能だったわけではない。技術は日進月歩で進むし、時にはメーカー自身が勇み足を反省して作動範囲を狭めることもある。同じ名前なのに年式や車種で機能が違ったり、逆に普及版のシステムが似たことをできるようになったりする。われわれのように日常的に新車に触れていても、「あれ、これは発表時にはこうだったはずだが」と戸惑うことがある。ただ大きく括れば、日本メーカーの高機能型ADASの共通した機能としては、高速道路で条件が揃えばハンズオフまで可能な相当に高度な運転支援システムが備わっている。

 そこで一度、自動運転に何を求めているのかを考え直してみたい。筆者がクルマに運転を任せたい場面は、何より高速道路の長距離巡航である。何時間も同じような速度で走り続ける単調な運転や渋滞は疲れる。そこをクルマがかなり引き受けてくれるならありがたい。反対に、狭い路地や複雑な交差点、山道まで何が何でもハンズオフにしてほしいとは思わない。むしろ状況によっては自分で運転した方が楽だし安心である。「いつでもどこでも全部クルマに任せられる」ことと、「人間が任せたいところをちゃんと任せられる」ことは同じではない。

 もう一つ、自動運転によって事故が減るという話がある。それは大いに期待したい。ただし事故を減らすために、必ずしも人間を運転から完全に追い出す必要はない。ここで重要になるのがガーディアンという考え方である。人間が運転している間にもAIはバックグラウンドで運転を続け、自分ならどう操作するかを常時判断している。危険が迫って初めて眠りから起こされるのではない。最初から人間と並行して状況を理解していて、必要な瞬間だけ操作を引き取る。さらに車載カメラやレーダーだけで全部を見る必要もない。カメラなどを取り付けたスマートポールなど道路側のセンサー、対向車や交差道路を走るクルマから得られる画像情報まで共有できれば、自車からは建物の陰になって見えない歩行者や自転車を別の場所から見ることもできる。一台のクルマを超人的な存在にするのではなく、交通環境全体で死角を減らしていけばいい。

スマートポールの一例。街灯に携帯基地局や防犯カメラ、センサーなどを組み込んだスマートポールなど「外部の目」と車路連携し、交通環境全体で死角をカバーする構想もある(JTOWER社資料より抜粋)

 それでも完全自動運転にしようとすると、別の問題が出てくる。それは人間の悪意である。交通事故を防ぐ自動運転車は、人間をひかないように作られる。当然である。では夜、一人で運転している女性のクルマの前に、悪意を持った暴漢が突然立ち塞がったらどうするのか。完全自動運転車なら止まる。それを知っていて悪人がハックする。人間なら「これは歩行者の飛び出しではない。自分に危害を加えようとしている」と判断して距離を取ったり、後退したり、その場から逃げたりもできる。自動運転車の前へ出れば必ず止まると社会全体が知った時、その性質を利用する「当たり屋」や「強盗」、あるいは欧州で見られる活動家の「意図的な道路封鎖」が現れない保証はない。というより、必ず起きると思った方がいい。交通ルールを守って動く人間を相手にする能力と、システムの挙動を理解して悪用しようとする人間を相手にする能力は別物である。事故に強いシステムが、そのまま悪意にも強いとは限らない。

 ではそれだけの難問を解いてまで完全自動運転を実現すると、何が新しく手に入るのだろう。話を整理すれば、高速道路を楽に走ることなら、すでに高機能版ADASでかなりのところまで来ている。事故を減らすこともガーディアン型の支援を進化させれば相当な効果が期待できる。その先にあるのは、「眠っていてもいい」「酒を飲んでもいい」「免許を持っていなくても移動できる」という世界である。もちろん魅力的な夢ではある。しかし人間が最後のバックアップを引き受けるシステムと、人間が何もしなくていいシステムでは求められる信頼性がまるで違う。フォーナイン(99.99%)で済んでいたものをファイブナイン(99.999%)にしようとすると、センサーを増やし、演算系や電源、操舵、制動を冗長化し、ありとあらゆる例外に備えなくてはならない。仮に人間が担保できる安全性がフォーナインでそれにガーディアンのフォーナインが加われば、両者の失敗が独立という前提で計算すれば、エイトナインということになる。そしてフォーナインからファイブナインにするための1桁を、システム単体で詰めるとコストは急激に上がっていく。

ドライバーが運転の主体となる「自動運転レベル2」区分であっても、車両の認知・制御機能を高めることで自動車専用道から市街地まで運転操作の大部分をサポートすることが可能。これらは「レベル2++(プラスプラス)」と呼ばれ、日本メーカーも2028年から導入の見込み

 現在、日本メーカーのADASはそれぞれ機能の違いはあるものの、十万円単位から高くても数十万円程度のオプションで相当に広い範囲をカバーしている。それに対して、人間が安全を監視しなくてもいい完全自動運転を当面数十万円で商品化できるとは考えにくい。技術は進歩するから、現在なら途方もないコストがかかるものもいずれ数百万円へ下がり、さらに安くなっていくだろう。しかし個人が「ちょっと付けてみよう」と思える100万円以下まで落ちる道のりはまだ相当に遠い。そこに商品としての問題が出てくる。100万円のオプションですら買う人がどれだけいるのか。まして数百万円ならなおさらである。

自動運転レベル4以上では運転の主体が運転手ではなく自動運転システムになり、現状ではタクシー事業との親和性を見込むことができる。だが、自家用車に搭載する場合のコスト負担がどの程度になるのか、また責任の所在についても議論の途中だ

 しかも「酒を飲んでも帰れる」「疲れたから運転したくない」というだけなら、われわれにはすでにタクシーがある。ふと思った時にタクシーを使うことすら惜しいと思う人が、その何百倍か何千倍ものコストを先払いして完全自動運転機能を自家用車に積むだろうか。完全自動運転の競争相手は、他社の自動運転技術だけではない。数十万円でかなりの便益を手にできるADASであり、必要な時だけ料金を払えばいいタクシーでもあるのだ。

 もちろん完全自動運転という夢を追いかける研究開発を否定するつもりはない。その努力によってセンサーもAIも進歩し、コストも下がり、その成果はADASやガーディアンにも還元されるだろう。ただ商品はお金を出して買うものである。高速道路の長距離移動をかなり任せられ、事故も大きく減らせるところまで手頃な価格で来ているのなら、その先の「眠れる」「飲める」「免許不要」のために、われわれはいくら払う覚悟があるのか。夢を追うのは自由だ。しかし自分の財布に合わない夢は、いつまでも夢なのである。

文●池田直渡 写真●テスラ、スバル、日産

この記事の画像を見る

この記事はいかがでしたか?

気に入らない気に入った

池田直渡(いけだ なおと)

ライタープロフィール

池田直渡(いけだ なおと)

1965年神奈川県生まれ。1988年企画室ネコ(現ネコ・パブリッシング)入社。取次営業、自動車雑誌(『カー・マガジン』『オートメンテナンス』『オートカー・ジャパン』)の編集、イベント事業などを担当。2006年に退社後スパイス コミニケーションズでビジネスニュースサイト「PRONWEB Watch」編集長に就任。2008年に退社。以後、編集プロダクション、グラニテを設立し、クルマのメカニズムと開発思想や社会情勢の結びつきに着目して執筆活動を行う。

この人の記事を読む

1965年神奈川県生まれ。1988年企画室ネコ(現ネコ・パブリッシング)入社。取次営業、自動車雑誌(『カー・マガジン』『オートメンテナンス』『オートカー・ジャパン』)の編集、イベント事業などを担当。2006年に退社後スパイス コミニケーションズでビジネスニュースサイト「PRONWEB Watch」編集長に就任。2008年に退社。以後、編集プロダクション、グラニテを設立し、クルマのメカニズムと開発思想や社会情勢の結びつきに着目して執筆活動を行う。

この人の記事を読む

img_backTop ページトップに戻る

ȥURL򥳥ԡޤ