車の最新技術
更新日:2026.09.07 / 掲載日:2026.09.07
e SKYのテクノロジーに見るスズキの技術と哲学【石井昌道の自動車テクノロジー最前線】

BEVの航続距離を伸ばすもっとも単純な方法は、大容量バッテリーを積むことだ。だが当然ながらバッテリーを増やせば重くなり、コストも上昇する。重量増によって電費が悪化するというジレンマもある。では、軽自動車を得意とするスズキがBEVを造ったらどうなるのか。その答えが、2026年秋に正式発表される予定の「e SKY」だ。

スズキ初の軽乗用BEVで、開発コンセプトは「Easy to Switch」。ガソリン車から乗り換えても違和感なく使えることを重視している。通勤や買い物、送迎といった軽自動車の日常用途を考えれば、巨大なバッテリーを搭載する必要はないという発想だ。

駆動用バッテリーの容量は26kWhで、LFP(リン酸鉄リチウムイオン)を採用。WLTCモードの一充電走行距離310km、電費97Wh/kmを実現するという。100 Wh/kmを切るという数字はかなりインパクトがある。ちなみに日産サクラ・三菱eKクロスEVは124Wh/km、ホンダN-ONE e:は105Wh/km。「少ない電気でたくさん走る」という発想で開発されている。

プラットフォームは軽BEV専用に新開発された「HEARTECT e」。床下にバッテリーを効率よく配置し、低重心化するとともにボディ剛性も高めている。駆動系のポイントは、モーター、インバーター、減速機を一体化した3-in-1構造のeAxleで、これも自社開発。スズキがこれまで培ってきたモーター技術やトランスミッションの小型化技術を生かし、eAxleそのものを小型・高効率化。さらには、空力やタイヤ、各部の損失低減などを1つずつ積み上げていくことで「少ない電気でたくさん走る」を実現。これといった飛び道具はなく、地道な改善の積み重ねなのだ。
興味深いのは開発初期には300kmに届かないと考えていたという話だ。ところが開発の過程で「ここも改善できる」「まだここにも余地がある」と造り込んでいった結果、26kWhという比較的小さなバッテリーで310kmまで到達したという。まさにスズキの企業理念である「小・少・軽・短・美」、つまり小さく、軽く、効率を徹底的に追求するクルマ造りのBEV版なのである。

車両重量は1030kg。BEVとしては軽量に仕上げられている。さらに重量物であるバッテリーを床下に搭載することで低重心化され、バッテリーパックはボディ剛性にも寄与する。実際にプロトタイプを走らせると、スズキのエンジン軽に比べてボディがしっかりしていることが印象的だった。低重心の恩恵もあり、落ち着いた走りになっている。

そして注目はモーター制御で、じつに素直な印象を受けた。モーターはアクセル操作に対して瞬時にトルクを立ち上げられる。それはBEVのメリットではあるものの、日常の足となる軽自動車ではアクセルを少し踏んだだけでドンと飛び出すような味付けはかえって扱いづらい。そこでe SKYは、軽く踏めば優しく、深く踏めば力強く加速するように造り込まれている。重要なのは、単純にレスポンスを鈍らせているわけではないことだ。レスポンスを遅らせれば飛び出し感は抑えられるが、アクセル操作と実際の加速との間に時間差が生じてしまう。e SKYでは反応そのものは素直にしながら、トルクの立ち上げ方を緻密に制御している。BEVらしいダイレクト感がありながら、ガソリン軽から乗り換えても戸惑いにくい特性だ。
BEVは冬期の電費の落ち込みが大きいのがウィークポイントとされているが、ここにも力が入れられていた。冷媒の熱を車室内の空気へ直接伝えるダイレクトヒートポンプを採用。e SKYではPTCヒーター(空気加熱電気ヒーター)との使い分けや、足元への配風まで含めて効率を追求し、電費低下を抑えている。軽自動車は短距離の通勤や買い物に使われることが多い。寒冷地ではガソリン車の場合、ようやく暖房が効いてきた頃には目的地に着いてしまうこともある。ところがe SKYならば短時間で暖かい風を出せるので、ウィークポイントと思われていた暖房が、使い方によってはメリットにもなる。
e SKYを見ているとBEVの技術競争は必ずしも、大容量バッテリー、長い航続距離、大出力モーターだけではないことがわかる。必要な性能を見極め、車体を軽くし、損失を1つずつ減らし、実際にユーザーが使う環境まで考えてエネルギーを節約する。26kWhで310kmを実現した背景には「小・少・軽・短・美」がある。スズキのクルマ造りとBEVは、じつはかなり相性がいいのかもしれない。
文●石井昌道 写真●スズキ