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更新日:2026.08.07 / 掲載日:2026.08.07

トヨタを支える年間2000台のクルマ【池田直渡の5分でわかるクルマ経済】

文●池田直渡 写真●トヨタ

 トヨタ自動車は、この5月に、新型ハイラックスを発売した。リリースを見ると、日本仕様は、力強さと先進性を融合した新しいデザインを採用し、2.8Lディーゼルエンジンや安全・コネクティッド機能を進化させたフルモデルチェンジだと言う。

新型ハイラックスは2025年11月に世界初披露された。マルチパスウェイ戦略に基づき、ディーゼルやBEV、FCEVなど多彩なパワートレインを搭載し、現地のニーズに合わせて販売される

 しかし、このニュースを見てもなかなか興味津々にはならないだろう。「へぇ、ハイラックスが新しくなったんだ」で終わってしまう人がほとんどではないか。実際、日本市場におけるハイラックスは決して販売台数の多いモデルではない。2017年に先代モデルが13年ぶりの国内復活を果たした際も、トヨタが掲げた年間販売目標はわずか2000台だった。「年間2000台? 少なっ!」と思うのが普通だ。そもそもタイ生産の輸入モデルであることが、国内マーケットへの期待の低さを示している。まあ実際、日本国内だけを見れば、その感覚は間違っていない。

 しかし、その「少ない」という印象こそが、このクルマを読み違える最大の落とし穴なのである。日本だけで見ればそうだとしても、世界へ座標軸を移すと景色は一変する。そもそもハイラックスは、日本でこそニッチな商品かも知れないが、世界ではトヨタの屋台骨を支える存在だからだ。

 それを理解するには、「IMV」という名前を知る必要がある。ドラマチックな話しなので、ちょっと説明したい。IMVとは「Innovative International Multi-purpose Vehicle」の略称で、トヨタが2004年にスタートさせた世界戦略プロジェクトである。IMVとはハイラックスだけではなくSUVやミニバンを含む車群の総称である。そのIMVシリーズを世界140カ国以上へ供給することを前提に、車両の最終組み立てだけでなく、部品も含めたグローバル最適地生産・供給体制を構築するという壮大な構想だ。

IMVは2002年にピックアップトラック/多目的車および世界規模での供給体制を目指すプロジェクトとして発表された。10年後の2012年には販売累計500万台を達成している(写真はIMV-I)

 タイ、インドネシア、南アフリカ、アルゼンチンを主要生産拠点とし、エンジンやトランスミッションはもちろん、全ての部品を国ごとに役割分担して生産する。トヨタ自身も当時「Made in ○○」ブランドではなく、品質管理はトヨタが請け負う「Made by Toyota」のコンセプトに基づく画期的な取り組みと位置付けていた。ここで重要なのは、単純に「海外で安く作る」という話ではないことだ。

 現在の自動車は約3万点の部品から構成される。それらをすべて「同じ場所で作らない」ことに重大な意味があるのだ。鋳造技術に優れた国、精密加工が得意な国、電子部品の技術がある国、そして最終組み立てに適した国。それぞれの工程には最適な生産国があり、その国ごとに人件費水準も異なる。技術水準と人件費のバランスを見ながら品質とコストを両立できる国を部品ごとに選択する。それが1990年代以降の国際分業であり、自動車産業のサプライチェーンなのである。

 1980年代末から90年代にかけて、「ボーダレスの時代」という言葉が盛んに使われた。EUが誕生し、国境を越えた分業が進み、アメリカではNAFTA(現在のUSMCA)が作られた。日本はASEAN諸国と協力し、その思想をIMVという形で実現した。

 筆者は以前、この連載でトランプ政権の関税政策について解説した際、「USMCAを壊すことは自傷行為になりかねない」と書いた。理由は単純である。現在のサプライチェーンは、非課税貿易圏を前提として数十年かけて最適化された巨大で精密な仕組みだからだ。今さら「全部アメリカで作ればいい」と言われても、それだけで競争力が維持できるほど自動車産業は単純ではない。IMVは、その国際分業が成功した代表例である。

 現在、IMVシリーズはトヨタの利益の約3割を生み出している。ハイラックスは、その巨大な商品群の代表選手なのだ。歴史的経緯と価値はわかった。では、現在のIMVが置かれている環境はどうだろう。

 近年、中国メーカーはASEAN市場へ大量のBEVを投入し、日本メーカーのシェア低下がしばしば報じられている。その数字だけを見ると、「日本メーカー敗北」という物語を描きたくなる気持ちも分からなくはない。しかし現実ははるかに複雑だ。実のところ、ASEANで日本メーカーが利益を上げている主力商品は、1tピックアップトラックである。トヨタならハイラックス、三菱ならトライトン、いすゞならD-MAX。これらは単なるレジャーカーではなく、物流や建設、農業、漁業まで支える生活インフラでもある。

タイで販売されているハイラックス チャンプ。IMVシリーズの開発にあたっては当時アジア本部長だった豊田章男氏(現会長)が指揮を執り、地域ニーズを汲み取りながら現地エンジニアと開発を行った

 例えばタイでは、冷凍・冷蔵設備を搭載したピックアップが海産物の高速輸送に使われている。朝、養殖場や漁港などを出発し、冷凍・冷蔵トラックで、即時空港へ運び、その日のうちに海外へ送り出す。実際銀座や築地の料亭や寿司屋で使われているネタの一部はこうして運ばれてきているのだ。そしてこうした高稼働用途、それも走行用だけでなく冷凍・冷蔵機も電力を消費する条件下ではBEVは実用上厳しいのが現実だ。もちろん今後技術は進歩するだろう。しかし現在の市場で見れば、こうした用途を支えているのは依然として内燃機関車なのである。

 そう考えると、今回の新型ハイラックスも違った姿が見えてくる。トヨタによれば、今回のモデルチェンジでは、デザインを大きく刷新するとともに、1GDディーゼルエンジンを採用し、オンロード性能や安全性、快適性も向上させた。プラットフォームもIMVシリーズで鍛え上げられたラダーフレームをさらに熟成している。

IMVシリーズが採用するラダーフレーム。ピックアップトラックだけでなく、SUVやミニバンなどにも使われてきた。新型ハイラックスでは、剛性バランスの追求によってオンロードを含めた扱いやすさを実現させたという

 もちろん環境規制への対応が刷新の大きな理由だろう。しかし筆者はもうひとつ背景があると考えている。実はIMVシリーズそのものが進化しているのだ。近年、IMVにはハイラックス チャンプの名で販売されるIMV 0が加わり、さらにその下には将来アフリカなどを見据えたIMV Originという構想もある。つまり、よりエントリー側の商品が充実したことで、旧来のハイラックス自身は従前より上級市場を担当する存在へと役割が変わりつつある。 だからデザインも、質感も、先進装備も必要になる。

 さらに5月に登場したランドクルーザーFJもIMVプラットフォームが採用されている。そうなれば、IMVはもはや「途上国向けプラットフォーム」という定義ではなくなる。モータリゼーションが始まったばかりの地域から、先進国のロワープレミアム市場までを一つのアーキテクチャーで支える、極めて懐の深いプラットフォームへ進化したことになる。

2026年5月に発売されたランドクルーザーFJは、ランドクルーザーシリーズ伝統の悪路走破性能と機動性を実現しながらコンパクトさ軽快さを両立させている

 日本では年間数千台しか売れないハイラックス。しかし世界へ目を向ければ、その背後には20年以上かけて築き上げられた国際分業の仕組みがあり、ASEAN戦略があり、これから訪れるアフリカのモータリゼーションまで見据えた長期戦略がある。

 今回のニュースは、一見すると新型ハイラックスの発表というだけの話しに見えるのだが、しかし、その裏側にはトヨタが20年以上かけて築いてきた世界戦略がある。IMVとは、その戦略を読み解くための格好の教材なのである。

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池田直渡(いけだ なおと)

ライタープロフィール

池田直渡(いけだ なおと)

1965年神奈川県生まれ。1988年企画室ネコ(現ネコ・パブリッシング)入社。取次営業、自動車雑誌(『カー・マガジン』『オートメンテナンス』『オートカー・ジャパン』)の編集、イベント事業などを担当。2006年に退社後スパイス コミニケーションズでビジネスニュースサイト「PRONWEB Watch」編集長に就任。2008年に退社。以後、編集プロダクション、グラニテを設立し、クルマのメカニズムと開発思想や社会情勢の結びつきに着目して執筆活動を行う。

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1965年神奈川県生まれ。1988年企画室ネコ(現ネコ・パブリッシング)入社。取次営業、自動車雑誌(『カー・マガジン』『オートメンテナンス』『オートカー・ジャパン』)の編集、イベント事業などを担当。2006年に退社後スパイス コミニケーションズでビジネスニュースサイト「PRONWEB Watch」編集長に就任。2008年に退社。以後、編集プロダクション、グラニテを設立し、クルマのメカニズムと開発思想や社会情勢の結びつきに着目して執筆活動を行う。

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