車の最新技術
更新日:2025.09.05 / 掲載日:2025.09.05
国内でも動き出したバイオ燃料プロジェクト【池田直渡の5分でわかるクルマ経済】

文●池田直渡 写真●トヨタ、豊田中央研究所
今更のようだが、日本の自動車メーカーのカーボンニュートラル戦略はマルチパスウェイである。
スズキ初のグローバル戦略EV、eビターラはトヨタやダイハツにも供給され、それぞれのブランドでBセグメントSUVとして販売される。残念ながら、当面の間EVは量産効果が上がるほどの台数は売れないという現実の中で、アライアンス内でリスクを分散しつつ、着実にEVをリリースしていく取り組みである。
こうした継続的なEVのプロジェクトと並行して、内燃機関に向けた次世代燃料への取り組みも動き始めている。それがカーボンニュートラル燃料(CNF)だ。一口にCNFと言っても多くの種類がある。燃料なので当然「燃やす」わけだが、それは化学反応として見れば「酸化」である。酸素と化合しやすい元素のほとんどは炭素や、炭化水素のような炭素と他の元素の結合体だ。
これらは燃やすと当然の帰結としてCO2が発生する。一般論として燃料となりうるもので炭素を持たないものは水素くらいしかない。水素が酸化時に発生させるのはH2O(水)だけなので、最も理想的だと言われている。
だが一方で「炭化水素はCO2を発生するので使えない」ということにはならない。植物やプランクトンは、光合成の過程で、水と大気中のCO2と太陽光を使ってグルコース(ブドウ糖)を生成し、このグルコースから実や根に貯蔵するデンプンや細胞壁の原料のセルロースが作られる。どちらも炭素と水素が結合した炭水化物である。
これらは、植物やプランクトンが大気中のCO2を吸収して作られる有機化合物なので、燃焼(酸化)によって再びCO2を大気に放出しても、聖書が説く通り「カエサルのものはカエサルへ」となるだけで、CO2の総量が増えるわけではない。大気圏内の循環過程で形を変えているだけで、総量は変わらないのだ。
これまでのCO2問題の原因は、地下という圏外から、閉じて循環している地上の大気内に持ち込まれる化石燃料由来のCO2にあった。化石燃料とは植物やプランクトンが光合成によって植物内に吸収固定したCO2が地中に埋まって、長い年月をかけて変質したもの。そういう「固定」と大気圏からの隔離が大規模に行われたのは3億数千万年も前のこと。この隔離以前の大気の組成には現在の5倍もの量のCO2を含有していたと考えられている。
ということは化石燃料をどんどん使えば、現在地下の「あの世」に隔離されているCO2が、大気圏の循環に引き戻され、CO2濃度は太古の組成に逆戻りしてしまう。5倍のCO2濃度の大気では人類は生きていかれない。
この図式から俯瞰すれば、2020年代初頭に言われていた「2035年までに内燃機関禁止」が目指していた所は、諸々の状況が整理された結果「2035年までに化石燃料の使用を禁止(もしくは十分に減らす)でも目的は叶えられることになる。

ではそうした次世代のCNFとして、現在最も実現に近づいているものは? と問われればバイオマス系のCNFだろう。おそらくバイオマスという単語は耳にしたことがあるだろうが、ストレートに言えば「生物由来の何か」ということ。バイオマスとひと口で言っても、今や第一世代と第二世代に分類されており、例えば米、麦、大豆、とうもろこしなどの重要な食料になるも第一世代と、農業廃棄物(例えばとうもろこしの実を収穫したあとの茎や葉など)や、フードロスなどの「非可食性」の第二世代に分類される。
これは「世界には飢餓もあるのに、富裕国が食料を燃料に加工するのはけしからん」という正論があり、それでもバイオマスに頼らざるを得ない現状の打開案として非可食という分類がつくられたものである。
ただしこの辺りはかなり曖昧なグラデーションで、サトウキビなどの様に食料と言えば食料だが、カロリーベースでサトウキビで生命を繋いでいる人はいないものをどう扱うかとか、米や麦が育つ耕作地で非可食作物を作るのは食料競合と見做さないのかなど、未整理の要素がたくさんある。
さて、トヨタはこの次世代燃料の新たな実証実験に入っている。ポイントは2つある。まずはどういう作物を選び、それを効率よく栽培するか。そして原材料(植物)からどれだけ効率よく燃料を作り出すかである。これはどちらもコストに直結する問題で、コストはすなわち普及の鍵そのものになってくるわけだ。

トヨタはソルガム(モロコシ)を選択した。ソルガムはいわゆる雑穀であり、稗とか粟とならびコーリャンとも呼ばれている。アフリカ原産のイネ科の一年草だ。主な用途は鳥の餌を始めとする家畜飼料に使われている。雑穀米などの一部として人が食用にする場合もあるが、稀である。概ね非可食植物と言っても良いだろう。しかも荒地に強く稲作畑作に向かない土地でも生育できる。
トヨタは自社で実験農圃を作り、ここで品種改良を行いながら、単位面積あたり収穫量の増強を研究中である。例えば写真のソルガムは出穂を遅らせて、より丈高く育つように改良を加えたもの。通常の品種の1.5倍まで大きくなる。
今回のトヨタの技術が優れている点は、植物の実や根のデンプンからだけではなく、木質(セルロース)を効率よく分解し、「糖化→発酵→蒸留」というプロセスを経て燃料化することに成功したことだ。いくつかのポイントがあるが、ひとつは前処理において希硫酸蒸気によって、固く分解しにくいヘミセルロースとリグニンの結合を切り分けることに成功したこと。それに加えて発酵効率を大幅に高めたトヨタ中央研究所の「トヨタ酵母」の貢献は大きい。従来のグルコースを発酵させる酵母と異なり、ヘミセルロースも発酵させることで効率を改善している。

このプラントはトヨタだけでなく、スズキ、マツダ、スバル、ダイハツのOEM各社の他にエネオスや豊田通商も加わった、「次世代グリーンCO2燃料技術研究組合:raBit」が運営している。今後は、前述のソルガムだけではなく、さまざまな農業残渣を使った原料の多様化に取り組んで行くと言う。
マルチソリューションの重要なパーツとなるCNFの国内生産が少しずつ進んでいるのだ。
