車の最新技術
更新日:2025.07.18 / 掲載日:2025.07.18

SDVにお金を払う価値【池田直渡の5分でわかるクルマ経済】

文⚫︎池田直渡 写真⚫︎トヨタ、ホンダ

 ちょっと厳しい言い方かもしれないが、EVブームを牽引していた人たちが、新しいネタとして吹聴しているのが、SDV。つまりソフトウェアデファインドビークルだと思う。

 理屈の組み立てはこうだ。まずEVに席巻されて内燃機関は絶滅する。EVの世界での自動車メーカーは、水平分業化が進み、サプライヤーから買ってきた部品をちょいちょいと組み立てるだけになる。だからもうハードウェアには競争領域がなくなって、重要なのはソフトウエアである。多分Windows系のBTO(Bild to Order)、つまりDELLあたりのビジネスを念頭に置いたビジネストレンドの見通しであった。

 内燃機関が簡単になくなりそうもなくなった今、本当はそれは根底から見直すべきだし、ハードウェアの競争力に関しては、シャシーのエンジニアリングを軽く見過ぎているのだが、逆に破壊的革命(ディストラプション)がやってくると触れて回った見通しを撤回したくないのだとすれば、SDVが唯一の拠り所になっている。

ホンダは2025年4月に新たなソフトウェア開発の拠点として「Honda Software Studio Osaka」を開設。ソフトウェア領域での競争力を強化している

 という見立ては、それなりに理があると思ってはいるが、一方で自動車を巡るソフトウエアの現状が問題を抱えているのも事実である。自動車のソフトウェアは、元々、例えばエンジン専用の組み込みソフトウェアとしてスタートした。言ってみればそのエンジンのための専用部品の様なもの。しかしクルマのありとあらゆる部分が電子制御化された結果、エンジンとトランスミッションとブレーキその他の様なコンポーネント間の協調制御が重要になってきた。こうなるとそれぞれが独自設計の専用ソフトウェアであることによる相性問題が色々発生する。

 単純に言ってしまえばソフトウェアの仕様差問題である。そもそも書かれている言語が違ったり、通信のプロトコルが違ったりという問題。一例を挙げればブレーキをバイワイヤーにした場合、他のソフトウエアと不整合がないかどうかを個別に検証する必要があった。そういうバグのチェックに要する膨大な工数が、OSの規格に則っていればいちいちチェックしないで済む様になることは、開発の時間とコストを下げられる。

 だったら、標準のOSを作って、その基準に準拠した個別のアプリケーション間の相性問題を無くそうという動きが出てくる。最初のOS開発には莫大なコストがかかるが、その後圧倒的に有利になる。だから早くやったもの勝ちというのはあながち嘘ではないのだ。

 ということで、自動車の開発コストを下げるためには、カーOS的なものは必要なのだが、しかし一方で、SDVになったことによるユーザーメリットの話になると急にトーンダウンしてしまう。それはつまり顧客に価格転嫁できないことを意味している。本来は、付加価値が上がる機能向上を果たすべきなのだ。

トヨタの新型RAV4は、トヨタ初のカーOSである「Arene(アリーン)」を搭載しSDVに対応する

 単純な話、スマホにできることはスマホを積めば済む話だ。例えばナビや社内エンターテインメントなどは、ほぼそれで解決してしまう。普通クルマよりはスマホの方が買い替えサイクルが短いから、最新アップデートもスマホ任せの方が問題が少ない。15年前のクルマに乗っている人はたくさんいるが、15年前のスマホ、例えばiPone 4やXperia SO-01BやGALAXY S SC-02Bを使っている人はほぼいない。そもそもとっくにサポート切れである。

 では、SDVに前のめりな姿勢を表明している各社はどう嬉しさを提示しているのかと言えば、音楽、動画、ゲーム、カラオケなどのカーエンターテインメントか、その場でグルグル回る超信地旋回程度である。あまり実用的とは言えない。

 少なくともエンタメはスマホで十分としか言いようがない。そもそも動画やゲームは法律上も走行中のドライバーは楽しめない。仮に停車中の話だとしても、膨大なスマホ配信ゲームや配信サービスの数と戦えるほどのコンテンツがカーメーカー独自のカーOS向けにリリースされるとは考えにくい。

 ということで、ある程度現実的な線で考えるとすれば、ユーザーメリットとなりうるのは、車両の制御に関するアップデートである。例えばエンジンやトランスミッションのマネジメントで燃費が伸びる可能性はある。クルマの機能をアップデートさせることには意味があるだろう。

 実際、自動車という製品は新型車デビュー時には、未完成な部分があることはよく知られている。その一例がリコールであったり、マイナーチェンジでの機能追加である。こういうものがソフトウェアアップデートで全部解決できればそれに越したことはないのだが、現実問題ハードウェアのアップデートなしに、ソフトだけで全てを刷新するのは難しい。本来ハードとソフトは両輪であり、だからこそ元々は組み込みだったのである。

 なので、筆者はここのところ、自動車メーカー各社に対して、ソフト&ハードのアップデートサービスを推奨してまわっているのだ。昨今クルマの価格は、衝突安全とADASの高度化でどんどん値上がりしている。そろそろ庶民には手に届かなくなりつつある。そこを救済しているのが、残価設定ローンである。大抵のクルマは3年後に残価50%程度は残るので、あくまでも3年ローンに限れば、半額分のローンで済むのである。

 筆者が提案しているのは、例えば年間15万円。つまり3年で45万円くらいのサブスク費用で、ソフト&ハードのアップデートを保証する。初めて聞けばそりゃ高いと思うだろうが、そこは、サブスク費用がだいたい帳消しになるくらいに、残価を上げてあげればいい。つまりアップデートをオプションでつけると、その分残価が上がるから相殺されて費用負担がなくなるという方法である。

例えば450万円のクルマなら、通常残価設定50%前提だったクルマが、アップデート済みの残価保証が60%になるなら、サブスク代はチャラ。いってみればマイナーチェンジ前のクルマがマイナーチェンジ後のクルマと同等になる。そうなるとディーラー側もより程度の良い、現行車並みの性能のクルマが中古車として扱えるのは大きなメリットである。

トヨタはKINTOを通じて車両販売後のハードウェアのアップデート事業に取り組んでいる

 トヨタは今期の決算で、バリューチェーン販売が新車販売を上まわる予測を出している今、ブランド価値向上と、ユーザーにとっての機能アップデートの楽しみ、そしてバリューチェーンでの売り上げ増加という三方良しの商売に見える。

 しかも多分、部品調達や製品の仕様の履歴をキチンととっていかないと、ハードウェアアップデートをやってみせるのは難しい。中国のメーカーにそれができているとは思えない。つまりソフト&ハードの同時アップデートは、日本の強みにもつながるのではないだろうか。

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池田直渡(いけだ なおと)

ライタープロフィール

池田直渡(いけだ なおと)

1965年神奈川県生まれ。1988年企画室ネコ(現ネコ・パブリッシング)入社。取次営業、自動車雑誌(『カー・マガジン』『オートメンテナンス』『オートカー・ジャパン』)の編集、イベント事業などを担当。2006年に退社後スパイス コミニケーションズでビジネスニュースサイト「PRONWEB Watch」編集長に就任。2008年に退社。以後、編集プロダクション、グラニテを設立し、クルマのメカニズムと開発思想や社会情勢の結びつきに着目して執筆活動を行う。

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1965年神奈川県生まれ。1988年企画室ネコ(現ネコ・パブリッシング)入社。取次営業、自動車雑誌(『カー・マガジン』『オートメンテナンス』『オートカー・ジャパン』)の編集、イベント事業などを担当。2006年に退社後スパイス コミニケーションズでビジネスニュースサイト「PRONWEB Watch」編集長に就任。2008年に退社。以後、編集プロダクション、グラニテを設立し、クルマのメカニズムと開発思想や社会情勢の結びつきに着目して執筆活動を行う。

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