車の最新技術
更新日:2025.02.07 / 掲載日:2025.02.07

SDVの狼が来るぞ!【池田直渡の5分でわかるクルマ経済】

文●池田直渡 写真●ソニー・ホンダモビリティ

 ここしばらく、意識高い系の人たちが「SDVの破壊的イノベーションがやってくる」と大騒ぎしている。まあキツい言い方をすれば、いま鐘や太鼓でSDV祭りを盛り上げている人たちは、筆者の観察範囲では、大抵が2年前にはEVで鼻息が荒かった人たち。ガラケー・スマホ論を上から目線で断定的かつ声高に触れて回った挙句、昨今の大幅なペースダウンの結果を見ても、過去発言を総括もせず、訂正も詫びもせず、しれっとSDVに話題をそらして再び新しい商いに勤しんでいる。

 「EV、自動運転、SDVの破壊的イノベーション論」の中心にいるのは「いまバスに乗らないと地獄へ落ちますよ」と脅してビジネスを進めるタイプの人たちである。中にはコンサルティング会社と結託していると噂される人もいる。

2025年1月のCES2025で市販モデルが発表されたアフィーラ1はSDVを開発思想に盛り込んだモデル

 大袈裟に盛り上げて、従来型産業の急速な没落を唱えるのは、化学調味料や合成保存料の否定論と結構近似している。現実の濃度を無視してわざわざ「短期大量」摂取を条件にして、「命に関わります」と持っていく。そりゃ水だって1日6リットルが致死量と言われており、量を過ぎればなんだって極端な結果に至る。だから毎度破壊的イノベーションを前提にしないと成立しないのだ。

 では、本当のところどうなのか。EVの時と全くおんなじである。「SDVなんてやって来ない」とは言わないが、筆者の見立てでは別にそれは破壊的イノベーションというほどの規模でも速さでもなさそうに思う。

 結論を先に言えば、自動車メーカーにとっては、業務を効率化させ、コストダウンを進めるためのそれなりのビッグマイナーチェンジではあると思う。けれども、クルマを使うユーザーにとってはほぼ関係ない話になるし、ほとんど何も変わらないだろう。

 今に始まったことではないが、自動車にはソフトウエアが必須。1970年代に電子制御インジェクションが始まって以来、あっちもこっちもどんどん電制化が進んで行った。燃料供給、変速機、ブレーキ、パワステどれもサプライヤーが違う。当然それらに付帯する組み込みの制御ソフトも全く関連性を持たずに開発が進む。

 一回そうやってスタートしたものを必要に応じて相互連携を取っていく。例えばエンジン制御と変速制御は相互に相手にデータを出してやらなければ統合制御ができない。こうして、複雑怪奇に増築されたダンジョンの様なソフトウエア群が出来上がっているわけだ。

アフィーラ1では、オープンソース的発想により多くの外部ソフトエア技術者が関われる仕組みを取り入れた

 あちこちに散らばった無秩序な制御ユニットと個別の制御ソフトは、システムのアップグレードを阻む。いわゆる相性問題が発生して、特定の条件でバグが出たりするので、その検証に手間がかかって仕方がない。なので、おそらく、コントロールユニットをいくつかに統合することになるだろう。この統合ユニットは、ハッキングリスクや、精度とレスポンスレベルなど求められる性能ごとに、最小でも2つ、多ければ5つほどに分割されるはずだ。例えばバス(各回路がデータを交換するための共通の経路)の要求仕様別に分かれるはず。巷で言われている様な全部をひとつにまとめた1チップ化はコスト面でもリスク面でも多分あまりおすすめできない。

 で、そういう物理環境のスペックが決まったら、ソフトウエア群は統合されてOS化されるはずである。その方が動作が安定するし、アップデートなどの開発費も下がる。だからSDVが純粋に自動車メーカーの工数ダウン、つまりコストダウンのために採用されることはほぼ間違いない。不勉強な人たちがOTAこそがSDVにおける画期的な差であるかの様に触れて回るが、国内主要メーカーはすでに販売中のモデルに展開を始めている技術である。念の為に書いておくがOTAはもはや当たり前なので差別ポイントではない。

 だから、作り手のコストダウンおよび管理のしやすさの都合上SDV化されるのは至極当然だし、そうなっていくだろう。ただし、SDV化はフルモデルチェンジの時にしかできないので、全部の車両が入れ替わるにはどんなに早くても5年以上は必要になる。モデルチェンジサイクルの長いクルマもあるのでおそらくは10年掛りくらいが妥当な線だと思っている。

SDVによるユーザーベネフィットはどのようなものになるのか。手探り状態が続いている

 そして一番の問題は、ユーザーのメリットである。なんだかクルマのインターフェイスが一変して、劇的な変化をもたらすかの様に言われているのだが、世界中のメーカーが提唱する「これぞSDV」というコンセプトモデルを見ても、どうやら超信地旋回(その場ターン)とカラオケ(エンタメとしての、ゲームや動画鑑賞なども含む)、OTAでシートヒーターが作動する程度のものしか見たことがない。果たしてこれが日本の全自動車メーカーを一斉に葬り去る様な革命的イノベーションかと問われれて首肯する人がいるのだろうか。

 超信地旋回は路面の傷みやタイヤの摩耗を考えれば、実用的とは言えない。少なくともそういう負荷に関してならむしろ自動ドーナツターン(ドリフトによる360°ターン)の方がマシだと思えるくらいである。カラオケは何も車載までしなくてもスマホにアプリがいくらでもある。それをカーオーディオにBluetooth接続するだけで十分だろう。利便性が高いアプリはすでにたいていがスマホで実現されており、クルマとスマホが接続されていて連携さえすれば、アンドロイドオートなりアップルカープレイなりを介して音声コマンドでスマホの機能をそのまま使える。それを上回る機能を求めるなら、車載のハードウエアをダイレクトにスマホに繋げるしかない。

 例えば、車載カメラの映像やLiDARなどのセンサー系データである。それらを利用したリモコンパーキングなどには多少の可能性はあるだろうが、果たしてそれがキラープロダクト足り得るだろうか。ドライバーがインカー状態での自動駐車ならすでに実装済みである。

 シートヒーターなどの機能追加は、結局ヒーターがシートに組み込まれていなければOTAでは対処できない。その費用はユーザーがサブスクしてくれるまでメーカーが持つのだろうか?

 「全てを過去のものにする決定的な差」だと騒ぐ割には、具体的なユーザーメリットは全く示されない。突如SDV時代の到来が叫ばれ始めたのは2023年。そろそろどこかから1つくらい明確なユーザーメリットが出てこないなら、それは眉唾と言われてしまうだろう。筆者はひとつの判定ラインとして、月額5000円くらい払っても欲しい機能だと想定している。

 さて、次々と日本企業が滅びる警告が上がる。リスクを知らせる警報は本当なのか、それともいつもの狼が来る図なのか。もう一度よく見極める必要がありそうだ。

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池田直渡(いけだ なおと)

ライタープロフィール

池田直渡(いけだ なおと)

1965年神奈川県生まれ。1988年企画室ネコ(現ネコ・パブリッシング)入社。取次営業、自動車雑誌(『カー・マガジン』『オートメンテナンス』『オートカー・ジャパン』)の編集、イベント事業などを担当。2006年に退社後スパイス コミニケーションズでビジネスニュースサイト「PRONWEB Watch」編集長に就任。2008年に退社。以後、編集プロダクション、グラニテを設立し、クルマのメカニズムと開発思想や社会情勢の結びつきに着目して執筆活動を行う。

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1965年神奈川県生まれ。1988年企画室ネコ(現ネコ・パブリッシング)入社。取次営業、自動車雑誌(『カー・マガジン』『オートメンテナンス』『オートカー・ジャパン』)の編集、イベント事業などを担当。2006年に退社後スパイス コミニケーションズでビジネスニュースサイト「PRONWEB Watch」編集長に就任。2008年に退社。以後、編集プロダクション、グラニテを設立し、クルマのメカニズムと開発思想や社会情勢の結びつきに着目して執筆活動を行う。

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