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更新日:2024.12.11 / 掲載日:2024.12.11

ホンダ全個体電池の最前線を見た【石井昌道の自動車テクノロジー最前線】

文●石井昌道 写真●ホンダ

 ホンダは独自に研究開発を進めている全固体電池の量産化へ向けたパイロットラインを公開した。HRC(ホンダ・レーシング・コーポレーション)の拠点でもある栃木県さくら市の本田技術研究所の敷地内に建設されたパイロットラインは敷地面積約12,900㎡、延床面積約27,400㎡、投資額約430億円。電極材の秤量・混練、塗工、ロールプレス、セルの組み立て、化成、モジュールの組み立てまで検証が可能な設備で、品質、コスト、供給安定性なども検証し、2020年代後半の量産開始を目指している。

 パイロットプラントとはいえ規模は大きく、量産規模を想定した開発環境となっているのが特徴で、本気度の高さがうかがえるところだ。

本田技術研究所の敷地内に建設された全個体電池のパイロットライン

 現在のBEVなど電動車に使われているリチウムイオンバッテリーは電解質に液体を用いているが、これを固体に置き換えるのが全固体電池。液体に比べて化学的に安定しているため、これまで使えなかった高容量の電極材が使えるようになる。負極材は、液体では黒鉛が一般的だったが、高容量の金属リチウムが採用される。液体で金属リチウムを使うと充放電の際にリチウムがデンドライト化(樹枝のような結晶が発生する)して短絡を引き起こしてしまうので使えなかった。ここが全固体電池の大きなメリットだ。

ホンダが全個体電池を電気自動車時代のゲームチェンジャーと考える理由(ホンダ発表資料より)

 正極材で一般的な3元系のNMC(ニッケル・マンガン・コバルト)などは地政学的リスクを含んでいるが、それ以外を選択できるのも全固体電池のメリットとなる。液体ではないため可燃性ガスの放出が極めて少ないため安全性も高い。80℃程度の高温でも安定しているため急速充電のポテンシャルも高めることができるという。

 従来の液体リチウムイオンバッテリーと比較して、2020年代後半にはサイズ50%低減(同サイズならば航続距離が2倍になる)、重量35%低減、コスト25%低減の実現を目指していて、継続的に開発を続けることで2040年までにサイズ60%低減、重量45%低減、コスト40%低減が目標。これまで全固体電池は高コストというイメージがあったが、正極材の変換や材料を最小化することなどでコストを下げられるのだという。

 ホンダの全個体電池の特徴として正極層に割れ耐性が高い単粒子活物質を使うことがあげられ、固体電解質と密着させる緻密化工程において、生産性に優れたロールプレス方式が採用されている。全固体電池の量産では、液体の注入ではなくプレス工程へと置き換わり、電極界面の密着性のコントロールがもっとも難しいと言われていたが、生産性も含めてロールプレス方式が最適だと判断されたわけだ。

固体電解質層の緻密化工程では生産性に優れるロールプレスを採用している

 パイロットラインの製造プロセスは液体リチウムイオンバッテリーの製造プロセスをベースに集約化・連続化・高速化をコンセプトとして取り組み、低コスト化の実現を目指している。

 たとえば電極材を均一に混ぜる混練工程は、従来では一定量ごとにまとめて混練を行う方法だったが、大量生産のためには複数台の機材が必要となるため、設備や工程の管理も複雑になる。そこでパイロットラインでは材料投入と混練工程を連続的に行う方法を取り入れて工程を削減し、生産効率を従来の3倍に高めることを狙っているという。その他、塗工における工程集約、組立工程を連続のロールtoロールで高速搬送、低露点環境の最小化などに取り組んでいる。

 パイロットラインを見学させてもらったが、驚くのは正極塗工の乾燥設備がやたらと長いことだ。100m以上はありそうで、そこを往復する。高速化と両立するにはラインを長くして乾燥する時間を稼ぐためだ。

正極。絶縁層塗工工程の乾燥設備

 全固体電池には硫化物系と酸化物系があるが、自動車用は大容量に向いている硫化物系で水と反応すると硫化水素が発生して危険なので、室内はドライクリーンルームとなっていて露点温度は−60℃で管理されている。見学時には防塵服、ヘアキャップ、ヘルメットを着用して、万が一硫化水素が発生したときのための防毒マスクを携帯するという物々しい格好をする必要があった。

 今後のバッテリーの戦略は、液体リチウムイオンバッテリーを起点として外部調達と自前生産を組み合わせて安定調達・競争力を確保しつつ、進化を目指していくという。

 全固体電池はハードルの高い技術だが、それだけメリットも大きく、ホンダとしては真のゲームチェンジャーとして捉えている。だからこそ、その勝ち技を手の内化することが必要で、大規模なパイロットラインにも取り組んでいるのだ。

ホンダが開発中の全個体電池
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石井昌道(いしい まさみち)

ライタープロフィール

石井昌道(いしい まさみち)

自動車専門誌の編集部員を経てモータージャーナリストへ。国産車、輸入車、それぞれをメインとする雑誌の編集に携わってきたため知識は幅広く、現在もジャンルを問わない執筆活動を展開。また、ワンメイク・レース等への参戦も豊富。ドライビング・テクニックとともに、クルマの楽しさを学んできた。最近ではメディアの仕事のかたわら、エコドライブの研究、および一般ドライバーへ広く普及させるため精力的に活動中。

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自動車専門誌の編集部員を経てモータージャーナリストへ。国産車、輸入車、それぞれをメインとする雑誌の編集に携わってきたため知識は幅広く、現在もジャンルを問わない執筆活動を展開。また、ワンメイク・レース等への参戦も豊富。ドライビング・テクニックとともに、クルマの楽しさを学んできた。最近ではメディアの仕事のかたわら、エコドライブの研究、および一般ドライバーへ広く普及させるため精力的に活動中。

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