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更新日:2023.01.30 / 掲載日:2023.01.30

【アルピーヌ A110R】「R」独自のメカニズムを解説【石井昌道】

文●石井昌道 写真●アルピーヌ、石井昌道

 2022年のパリ・モーターショーで発表され、日本でも注文を受け付けたアルピーヌA110R。日本向けの初期のローンチロットはわずか18台+フェルナンド・アロンソ・バージョン1台で、すでに受注停止となってしまったが、2023年後半にはまた注文を受け付ける予定になっているようだ。

 2017年に発表、2018年から日本でも販売されているA110は、当初はピュアとリネージュという装備違いの2グレード展開から始まり、2020年にはパワーアップしたエンジンと強化したシャシーをもつ高性能バージョンのA110Sを追加。2022年にはマイナーチェンジが施され、スタンダードなA110、スタンダードなシャシーと高性能エンジンを組み合わせグランドツアラーとしての性格を強めたA110GT、シャシー、エンジンともに高性能なA110Sへとグレード体系が改められた。マイナーチェンジ前はトランスミッションのトルク容量が限界だったので、高性能エンジンは最大トルクはそのままに回転アップでパワーを稼いでいたが、マイナーチェンジ後はトランスミッション内部の強化を受けてトルクも向上している。

 新たに加わったA110Rはもっともハイパフォーマンスなバージョンで、Rはラジカル=過激なという意味。これまでのA110はデイリースポーツカーとしての立ち位置も大切にしていたが、A110Rは公道も走れるサーキット・バージョンなのだ。

 パフォーマンスの一つの指標である0−100km/h加速は、A110が4.5秒、A110SとA110GTが4.2秒のところA110Rは3.9秒。エンジンはA110S/A110GTとおなじ300PSなので、タイムアップはおもに軽量化によってなされている。車両重量はA110Sよりも34kg軽い1082kg(欧州仕様)。

A110Rの特別装備をイラスト化したもの。空力性能のチューニングと軽量化が図られている

 ボンネットはカーボンファイバー製で2.9kgの軽量化が図られている。空力強化のためにエアインテークおよびアウトレットも設けられているが、面白いのはこれによってフロントウインドーにあたる風が弱まるため高速域でワイパーの作動が楽になる効果もあるということだ。

 ホイールもカーボンファイバー製で12.5kgの軽量化。サプライヤーはフランスのDUQUEINEでエアバスの航空機やレース用ホイールなども手がけている。ホイールには前後ともカバーが付けられているが、フロントはブレーキ冷却を重視して開放面積が大きく、リアは空力重視で覆われる面積が大きいという、前後が異なるデザインとなっている。

 リアウインドウはガラスではなくカーボンファイバー製になっている(重量は不明)。そのためルームミラー越しに後方を見ることはできず、ドアミラーだけで後方視界を確認することになる。

A110R用の軽量シート(写真右)

 シートはシングルシェルで5kgの軽量化。A110Sと同じSabelt製だが、構造がシンプル。シート表面にパッドが貼り付けられているので座り心地は意外なほどいい。助手席は前後スライドもしない固定式。6点式セーフティハーネスが標準で、一般的な3点式シートベルトは装備しない。

 ちなみに日本のカタログ表記の車両重量は四捨五入の10kg単位になるのでA110Rの車両重量は1090kgとなる。

 A110Rの一つの特徴はBWTアルピーヌF1チームとコラボしたことだが、エアロダイナミクス開発がおもなところ。A110を基準にするとA110Sのエアロキットはフロントが+60kg、リアが+81kgのダウンフォースが得られているが、A110Rはフロントが+30kg、リアが+110kgとなっている。前後合わせたダウンフォース量はA110SもA110Rもほぼ同一だが、A110Rはリアに多くを配分している。また、A110SはA110に対してドラッグ(抵抗)が5%増加しているが、A110Rは改善を施してA110と同様に引き下げ、最高速度が285Km/hまで伸びる。シャシーセッティングも含め総合的な判断でこのバランスになっているという。ディフューザーも再設計され、後端に向かうにつれて幅が広くなる構造として流速を高め、ダウンフォースを強化している。

 リアウイング自体はA110Sエアロキットと同じものだが、スワンネックマウントとすることでより高く、後方に配置して効果を高めた。また、効果が高いためアプローチアングルを小さくすることが可能でドラッグを減らしている。リアウイングは上面よりも下面のほうが重要なため、下面には余計なものをつけずに上面でマウントできるのがスワンネックマウントの利点でもある。

 A110R専用のカーボンファイバー製サイドスカートを採用。横に張り出しているためフロア面積を広げる効果があり乱流を軽減。後端は空気の流れをコントロールする形状でリアホイールにエアカーテンを施す効果ももたらしている。

A110Rに採用されるZF製ショックアブソーバー

 シャシーは前後ともにスプリングレートを10%ほど高め、スタビライザーはフロント10%、リア25%のレートアップ。ショックアブソーバーはZF製で20段階の減衰力調整(伸び/縮みは非独立)、車高調整が可能なモータースポーツで用いられるタイプ。公道ではA110Sに対して10mmダウンまでとされ、サーキットではさらに10mmダウンが可能となっている。

 タイヤはミシュラン・パイロットスポーツ・カップ2というセミスリックタイプ。いまでは多くのハイパフォーマンスカーで採用され、リプレイスとしても人気のタイヤだが、もとはA110Rのプロジェクトに合わせてミシュランとアルピーヌで共同開発したものだそうだ。パイロットスポーツ4に対してグリップが15%向上し、サーキットで平均的に0.5秒/kmのタイムアップが可能であり、スポーツ走行での耐久性も高くなっている。

 ブレーキ自体はA110Sと同様だが、フロントサスペンションのアッパーアームに取り付けられたスクープと車体下部のダクトによって風が導かれ、ブレーキ冷却性能が20%向上。バンパーのエアインテーク形状が工夫され風をコントロールしてもいる。

 その他、エキゾーストシステムも専用開発がなされ、エキゾーストバルブは廃止してより調和のとれた迫力のあるサウンドとなった。また、排気管が2重構造となり、デュフューザーなど周囲への熱害を抑える工夫もされている。

 様々なパフォーマンスアップの手段がとられたA110Rは、さぞ過激でガチガチに硬い乗り味だろうと想像していたが、走らせてみるとアルピーヌらしいしなやかな動きは継承されていた。ロールレートはA110が3.3°/G、A110Sが2.7°/G、A110Rが2.3°/Gと確実に減っていて、サーキット走行でも安定した姿勢だが、突っ張った感触はなく、じわりと着実にタイヤが路面を捉える。高速域での安定感はエアロダイナミクスの効果だろう。

 一般道でも乗り心地は望外と言えるほどに良く、いやな硬さはない。カーボンファイバー製ホイールによって、バネ下が超軽量なので上下動がスムーズなのが大いに効果を発揮しているようだ。

 最強のパフォーマンスを誇るA110Rは、サーキットで真価を発揮するが、そこまでの移動やデイリーユースでも苦にならないのが硬度であり、A110やA110Sを気に入っているユーザーでも、乗ればその魅力に取り憑かれてしまうだろう。

 車両価格は1500万円と高価だが、その内容、素晴らしい乗り味を体験すればむしろリーズナブルに思える。

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石井昌道(いしい まさみち)

ライタープロフィール

石井昌道(いしい まさみち)

自動車専門誌の編集部員を経てモータージャーナリストへ。国産車、輸入車、それぞれをメインとする雑誌の編集に携わってきたため知識は幅広く、現在もジャンルを問わない執筆活動を展開。また、ワンメイク・レース等への参戦も豊富。ドライビング・テクニックとともに、クルマの楽しさを学んできた。最近ではメディアの仕事のかたわら、エコドライブの研究、および一般ドライバーへ広く普及させるため精力的に活動中。

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自動車専門誌の編集部員を経てモータージャーナリストへ。国産車、輸入車、それぞれをメインとする雑誌の編集に携わってきたため知識は幅広く、現在もジャンルを問わない執筆活動を展開。また、ワンメイク・レース等への参戦も豊富。ドライビング・テクニックとともに、クルマの楽しさを学んできた。最近ではメディアの仕事のかたわら、エコドライブの研究、および一般ドライバーへ広く普及させるため精力的に活動中。

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